2 夏帆とヨッシー

「一目惚れ、ねえ。んなこと言われても困るんだけど」


 つい5分ほど前に夏帆と初体面を果たした、他校の男子学生君と私と告白相手でバス停まで歩いていた。話を聞く限り、帰宅途中に夏帆を校門前で見つけ、そこで好きになった。何度か顔を見かけるたびに夢中になって、気持ちを伝えるに至ったらしい……随分と怪しいけれど、本当に夏帆の事が好きなのかな?


「あの……ダメですか、僕じゃ」

「ダメとかっていうかさぁ……普通ちょっとくらい間を縮めてからするもんじゃないの? ねえ沙合さあ

「まあ、夏帆の言い分も間違ってはないかな」


 苦笑いで返答したけれど、それどころじゃないくらい私は困惑している。だって、今の夏帆を好きだなんて思う人がいると思っていなかったから。こんなまるでヤンキーのどこがいいんだろう。

 すっかり自信なくしちゃって落ち込んでいるけれど、私は彼を励ましたほうがいいのかな。それとも、きっぱり別れを誘うしかないのかな。


「ってか、名前。告るくらいなら教えろよな」

「あ、えと、出河吉伊でがわよしいです」


「よし、ヨッシー」


 ちょ、ちょっと。夏帆、幾らなんでも初対面に馴れ馴れしすぎる。ヨッシーって……恐竜か。ほら貝の吹き荒れる恋愛バトルに乗り込んだ暴走恐竜……的な?いや、そんなわけない絶対名前で決めた。こいつアホだ。ほら、出河君も困惑しちゃってるし……

 こういうことは何度かあったが、自分の存在を空気にできたらこの上なく幸せなのにと思う。こんなやつと付き合っている間は、絶対避けられないだろうけど。


「付き合うのは無理だが、友達ならなってやる」


 ん?一瞬私の頭が固まった。何々夏帆、優しい一面もあるじゃない。そりゃそうよね。こんな炎天下にわざわざ一人の女性に告白しに来る男子を、簡単に返しちゃ悪いわよね。

 よかった。

 本当によかったまともな倫理観持ってて。


「そのかわりジュース買ってこいや!」


 あ、ダメだ。こいつはやっぱりこいつだ。


「……分かりました!」


 いや、行くんかーい。出河くんもといヨッシー行くんかーい。


「炭酸入りな! もちろん自腹! 私と仲良くするってのはそういうことなんだよ。

 ほら、隣のこいつもおんなじことさせてるからさ」

「えぇ、私!?」


 口を耳につけて、懇願をしてきた。お願いだー友達だろーバス乗ったら金ないのー。ふざけるなお前は。

 おま、出河君ただのぱしりにされてるじゃないの。こんな熱中に走って買い出しって、しかもたった1本のジュースのために……こいつ、堕ちるとこまで堕ちてやがる。ここは、私が正してやらなくちゃ。


「ヨッシー、こいつのこと信じちゃだめよ」

「え?」

「ちょ、ヨッシー! こいつの言うこと耳傾けなくていいからさ。ほら、行けよ!

 早く!」

「わ、分かりました!」


「ああ、ヨッシー! ヨッシー!」


 こいつ悪魔だ。

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