花火大会2


 田畑に教えてもらった丘は本当にカップルと数人の小さい子供が走り回っているだけの穴場だった。

 薄暗い所でイチャイチャしているカップルが視界に入ると目のやり場に困る。


「せ、先輩。あの丘の端っこ辺りが見やすそうですよ!」


「そうね……残念」


 俺は先輩が何か呟いたのは聞こえなかったが、とにかく暗がりにカップルが視界に入るのは避けたかった。

 選んだ丘の端っこは下に公園が広がっており、そこでは小さい子供達が元気に走り回っている。これなら安心──って、俺は何を心配しているんだ! 松宮先輩は彼女でも何でもないんだから、何かがあるわけが無い!

 家から持ってきたビニールシートを草むらの上に敷き、俺はコンビニで買ってきた飲み物を先輩に渡す。夜店も見たかったが、田畑がこっちの方が花火が良く見えるしいいって言ってたからそうした。

 一緒に居る人が雪なら間違いなく花火よりも夜店だろうけど。


「あれ、田畑どこ行ったんだ……?」


 場所取りまでは近くにいた気がしたのだが、下の公園にいる子供を見ている間に見失ってしまったらしい。

 ダブルデートって言われたけど、そんなにホイホイ田畑から離れていいんだろうか? よくわかんねえ。

 ああ、でもデートだからあっちもあっちで楽しく過ごしたいよな、2人きりの方がいいのかな。


「ねぇ、雨宮くん」


「は、はい!?」


 無言のまま色々考えていたものだから、松宮先輩に突然甘い声で呼ばれて俺は変な声で返事してしまった。

 先輩もそれに気づいたのかクスクス笑っている。ほんっと、笑顔も可愛い先輩……。

 そりゃあこれだけ綺麗で頭も良くてテニス部のエースで運動神経も抜群。モテるよな。そんなモテる人がなんで俺と一緒に居てくれるんだろう。


「雨宮くん、彼女っている?」


「い、いえ。いませんけど……」


「そっか。良かった。私にもまだチャンスがあるんだね」


 先輩の顔が異常に近い。花火大会が始まるまであと3分。


「私ね、雨宮くんが田畑くんの試合に応援来てる姿を見てからずっと一目惚れだったの。あの試合には私の後輩の羽球部の子が出てて、それで行ったんだけど」


 ああ、思い出した。確か田畑が小学5年から始めていた羽球部。あいつ中学ではずば抜けた運動神経で名前をここ一帯で有名にしてたっけ。

 何で田畑が突然電撃引退したのか理由は覚えていないけど、中体連の途中までは無敗記録保持者だ。

 俺も田畑とは中学からの親友だから、あいつが試合に出るって言うと雪を連れてよく体育館まで自転車で応援に行ってたな。


「田畑の出てる試合は全部観に行ってますよ、あいつ見た目チャラいけどマジで強かったし。高校でも羽球やるかと思ってたのに何で辞めたんだろう」


「私もあの田畑くんが来るって聞いた時はスカウトに行ったくらいよ。羽球とテニスは違うけど……彼のセンスとキャラは是非うちの部活に欲しかったし……!」


 田畑について熱く語る先輩。もしかして、松宮先輩は俺じゃなくて田畑が好きなのではないか? 直接田畑に色々聞くのが恥ずかしいとかで俺にこうやってゆっくり聞く時間が欲しかったとか……?

 そう消化した瞬間、俺は一気に心が軽くなった。親友の事が好きな先輩との恋ならいくらでも応援したい。


「もう一度、田畑に羽球やるように説得してみますよ。すげーファンも多かったし!」


「あ、う、うん……ありがとう。でもね、本題はそこじゃなくて……」


「やっぱり田畑は麻衣ちゃんの事で悶々悩むくらいなら部活に打ち込むべきなんですよ。俺と違って運動神経抜群だし」


「そうなんだけど、そうじゃなくて……」


 先輩が困ったように話を変えようとしていたみたいだが、俺は親友が褒められた事が嬉しすぎて全く気づいていなかった。

 結局田畑の話をしているうちに3分後の花火大会が始まり、俺達は黙ってそこで花火を見ていた。


 花火大会の途中休憩の時に一度丘から降りて下の公園にあるトイレへ向かった。

 そこに見覚えのある顔が揃っている。機嫌の悪い麻衣ちゃんに雪。そして小さくなっている田畑……これはかなりヤバい光景だ。


「これは、どういう事なの?」


「いや、あのな。テニス部の松宮先輩が高校生活最後の花火大会を俺と弘樹と一緒に見たいって言ってくれたからですねぇ」


「じゃあ何で最初から嘘ついたの」


「麻衣はどうせ本当の事言っても邪魔しに来ただろ、前もそうだしよ」


「だからって、嘘つかれた私と雪ちゃんの気持ちがわかんないのかなあ……!」


 ヤバい下はかなりの修羅場だ。雪もなんだか下を向いてしょんぼりしている。

 幸い松宮先輩は上でまだ花火を見ているはずだし、俺はそそくさと上に戻り、先輩に妹との地獄絵図しか見えないので帰りますと申し訳無い言葉を告げた。

 先輩は酷く残念そうな顔をしていたが、何か吹っ切ったみたいに俺を快く送り出してくれた。


「おーい雪〜」


「あ、ひろちゃん!」


 俺は何事も無かったように地獄絵図の現場に飛び込み雪を呼んだ。

 田畑は恨めしそうにこちらを見ていたが、そもそも俺は被害者だ。

 別にこの現場から雪だけ連れ出して帰れば後は麻衣ちゃんと田畑の問題だけになる。


「ひろちゃん、花火見た?」


「うん、もう見終わったから、屋台行こうか」


「わぁーい! 焼きそば食べたい!」


 やっぱり色気より食い気。

 雪は嬉しそうに俺の腕にしがみつくとぴょんぴょん跳ねていた。また下駄が壊れるんじゃないかと心配してしまう。


「雪も前から成長したんだから、もう下駄が壊れたっておぶって帰らないからな」


「ぶ〜。そんなことしないもん」


 不貞腐れた雪の手を取り屋台へと向かう。前は人混みに揉まれたが、今は花火大会の途中なので人も大分まばらになっていた。


 休憩タイムが開けて第2部が始まる。一際大きな音に俺は雪とほぼ同時に振り返った。


「わぁ〜! やっぱり柳はおっきい〜。ひろちゃんと今年も観に来れて良かった」


「……そうだな。ごめんな、先輩との約束を優先させちゃって」


「麻衣ちゃんが連れてきてくれたけど、麻衣ちゃんもおにいちゃんと一緒に見たいって言ってたもん。来年も、先輩が一緒でもいいから連れて行ってね!」


「……」


「ひろちゃん?」


 俺はバカだった。両親が殆ど仕事をしているから、雪にとって俺が親代わりみたいなもんだ。

 嘘をついてまで雪を1人にする必要は無かったじゃないか。

 例えば雪に沢山友達がいて、毎日学校が終わって遊びに出かけて帰って来ないならあんなにブラコンにはならなかっただろう。


「ごめんな雪。来年は──また屋台巡って花火もいい場所取りしような?」


「うん! ひろちゃんと一緒ならどこでもいいよ〜!」


 頭の中は食べ物でいっぱいなのか、あちこちの屋台に俺を引っ張っていき、望み通り焼きそばを平らげて折角可愛くきつけしてもらった浴衣を汚していた。

 やっぱり背伸びして綺麗な先輩と無理してお話するよりも雪と一緒の方が楽だ。

 こんな考えだから全然彼女が出来ないんだろうな俺も……田畑も。

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