第二十六幕:虹をつないで

写真屋さんから民宿風水に戻る。結構帰りが遅くなってしまった。


七夏「柚樹さん☆ おかえりなさいです☆」

凪咲「柚樹君、お帰りなさいませ」

時崎「ただいま! 七夏ちゃん! 凪咲さん!」


七夏ちゃんは、MyPadを手にしていた。持ち歩ける端末ではあるが、七夏ちゃんがMyPadを持ち歩いている姿を今まであまり見た事がない。今日の蒸気機関車イベントにもMyPadは持ってきていなかったみたいだし、外で気軽に使うという感覚はないのかも知れないな。


時崎「どうしたの? MyPadで何か分からない事でもあった?」

七夏「えっと、今日は、いつも見てる小説のページに繋がらなくなっちゃって・・・」

時崎「え!? あっ! そうか!」


七夏ちゃんのMyPadはWiFiモデルの為、外のネットワークへのアクセスは、俺の携帯端末を経由する「テザリング」の設定になっている為だ。

今日、俺は午後からも蒸気機関車イベント会場に居た為、七夏ちゃんのMyPadとは接続が絶たれていた事になる。

七夏ちゃんの家にもネットワークルーターの設置が必要かも知れないな・・・けど、それを俺が決める事は出来ない。


時崎「今も繋がらない?」

七夏「え!? えっと、ちょっと待ってくださいね」

時崎「どうかな?」

七夏「あっ! 小説のページ、見れました☆」

時崎「良かった」

七夏「どおしてさっきまで見れなかったのかな?」

時崎「まあ、原因はいくつかあるけど、外のネットワーク側が混雑してたりすると、一時的に繋がらなくなったりするよ」

七夏「そうなのですね☆」


七夏ちゃんのMyPadは、俺の携帯端末を経由して外のネットワークに繋がるようになっているという事を今は言わない事にした。七夏ちゃんの性格から、その事を知ると使うのを遠慮してしまうかも知れないから。七夏ちゃんや凪咲さんのお世話になっているわけだから、このような形であってもお返しはしておきたい。


直弥「ただいま!」

凪咲「お帰りなさい、あなた。今日はお疲れ様!」

時崎「あ、お疲れ様です!」

直弥「時崎君! 今日はありがとう!」

時崎「いえ! こちらこそ!」

七夏「お父さん! お帰りなさいです☆」

直弥「ただいま、七夏!」

七夏「!? お父さん、どしたの?」

凪咲「今日は疲れたのよね」

直弥「それもあるんだが・・・少し残念な事もあってね」

凪咲「残念な事!?」

直弥「C11イベント限定モデルが売り切れていたんだ。無理かなーと思ってはいたんだが、やはり無いとなると残念だなと思って」

凪咲「もう~」


凪咲さんは少し苦笑している。


直弥「いや、凪咲! 今回のC11イベント限定モデルは、僕が初めて凪咲と七夏を『運転士』としてだな---」

凪咲「はい! 分かってますから!」

直弥「今日は、C11が買って帰れれば完璧だったのに!」

七夏「お父さんっ! もう~」


七夏ちゃんまで凪咲さんと同じように苦笑している・・・微笑ましい。俺は思った。


時崎「あの・・・」

七夏「どしたの? 柚樹さん?」

時崎「C11って、これだったりしますか?」

直弥「!!!」

七夏「ひゃっ☆」

凪咲「まあ!」


俺は、蒸気機関車イベント会場で見かけた「C11蒸気機関車の鉄道模型」を取り出して見せた。


直弥「と、とと時崎君っ!!!」

時崎「はっ! はい!」

直弥「ど、どうして君がっ!」

時崎「えっと、イベント会場で見かけて、七夏ちゃんのお父さんが運転している蒸気機関車の模型だと、店員さんに勧められて・・・」

直弥「素晴らしい!」

七夏「柚樹さん! 凄いです☆」

凪咲「あなた! よかったわね!」

直弥「ああ! 風水でC11と再会出来ただけでも!」

時崎「よかったら、これ、お譲りします!」

直弥「ほっ! 本当かね?」

凪咲「あなたっ!」


俺の申し出に対して、凪咲さんがすぐにブレーキをかけてきた。


時崎「凪咲さん! いつもお世話になってますから!」

凪咲「本当にいいのかしら?」

時崎「はい!」

七夏「でも、柚樹さん。その模型さん、結構高価ですよね」

時崎「ま、まあそれなりに買うのに勇気は必要だったけど」

直弥「その『勇気ごと』僕が買うよ!」

時崎「え!?」

直弥「元々、買おうと思ってたからね」

時崎「いえ、さすがにお金を頂こうとは・・・」

直弥「いやいや、タダで貰おうとは思ってないよ」


しばらく、俺と直弥さんとの「譲り合い」が続く・・・この千日手にストップをかけたのは、凪咲さんだった。


凪咲「しょうがないわねー。では、私も買うわ!」

七夏「私も♪」

時崎「え!?」

直弥「え!?」

凪咲「記念なのよね!」

七夏「みんなで一緒に買うの♪」


七夏ちゃんの言葉で、ようやく理解出来た。


時崎「なるほど! そういう事なら、喜んで!」

直弥「ありがとう! 時崎君!」


こうして、風水に来た「C11」は皆んなで4等分して買う事になった。七夏ちゃんの家族の一員のようになれた感覚がこそばゆくも嬉しい。


七夏「柚樹さん! ありがとうです! お父さん、とっても喜んでます☆」

時崎「良かったよ。それに、この機関車は七夏ちゃんの家に居る方がいいと思う」

七夏「どおして?」

時崎「本当にほしいと思ってくれる人の所にある方が、模型も幸せだと思うから」

七夏「・・・・・」

時崎「それに、俺は線路を持ってないから、走らせる事が出来ないし」

七夏「くすっ☆」

直弥「時崎君! 早速、走らせてもいいのかな?」

時崎「はい! もちろん! どうぞ!」

直弥「ありがとう!」


C11蒸気機関車の模型を直弥さんに渡すと、直弥さんはそのまま自分の部屋に向かってしまった。


凪咲「もう~、柚樹君、ごめんなさいね」

時崎「いえいえ!」

凪咲「ほんと、鉄道の事になると・・・ね」


俺は思った・・・機関車が繋ぐのは、客車だけではなく、人と人もそうなんだなと。七夏ちゃんみたいな倒置法的考えになっている事に気付き、少し嬉しくなった。


時崎「そういうこと・・・か」

七夏「え!?」

時崎「あ、いや、なんでもないっ!」

七夏「くすっ☆」


MyPadを抱きかかえている七夏ちゃん。俺はこれからも七夏ちゃんと繋がりを持っていたいと思う。


凪咲「柚樹君、よかったら、流してきてくださいませ!」

時崎「流す・・・あ、お風呂! ありがとうございます!」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夕食前に、湯船に浸かる。今日一日結構歩き回ったので、足が一番喜んでくれているように思う。風水でお世話になって12日、この街に来て二週間経過している。当初一週間の予定だったから、大きく予定は変わっている。この街・・・いや、七夏ちゃんともっと一緒に過ごしたいと思うけど、自分の本来の生活の事を考えると、今の時点で折り返し地点に来ているのではないかと思う。俺がこの街で、七夏ちゃんや凪咲さんにしてあげられる事を、しっかりと計画しなければならないな。


お風呂で流した後、いつものように七夏ちゃんが冷たい飲み物を用意してくれた。


時崎「いつもありがとう。七夏ちゃん!」

七夏「え!?」

時崎「え!?」

七夏「あ、えっと、夕食も出来てますからどうぞです☆」

時崎「ありがとう」


アルバム制作の件があるので、夕食を少し急いで頂く。


凪咲「ナオは?」

七夏「お父さん、まだお部屋に居ます」

凪咲「しょうがないわね~」

七夏「くすっ☆」

凪咲「お風呂で流してくるように、伝えてくれるかしら?」

七夏「はいっ☆」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


時崎「ごちそうさまでした」

凪咲「あら、柚樹君、今日はもういいのかしら?」

時崎「はい。ちょっと行いたい事がありますので!」

凪咲「あまり、ご無理はなさらないでくださいね」

時崎「え!?」


凪咲さんは、アルバム制作の事を気にしてくれているようだ。


凪咲「今日は、色々とあって、お疲れみたいですから」

時崎「ありがとうございます!」


部屋に戻って、早速、アルバム制作の続きを行う。お風呂に浸かりながら考えたのだが、デジタルアルバムを製本するのに3日は必要な事を考えると、ある程度の所で線を引き、先に製本アルバムを依頼して、写真を追加できるページを多く用意してもらった方が良さそうだ。イメージとしては7割デジタルで、3割はアナログというハイブリットのようなアルバムになりそうだ。或いは、デジタルとアナログを別々に分けるという方法も考えられるけど、七夏ちゃんへのアルバムの制作も考えると、凪咲さんへのアルバムはハイブリットの方が良さそうかな。今日はあまり時間が無かったから、明日、改めてこの辺りの事を相談しに写真屋さんへ出かけようと思う。

アルバム制作作業を行っていると、いつもよりも早く瞼が重たくなってきている事に気付く。


<<凪咲「あまり、ご無理はなさらないでくださいね」>>


凪咲さんの言葉を思い出す。凪咲さんも、七夏ちゃんも、人の心を繊細に捉える事が出来ている。俺が疲れていると、心配をかけてしまうことになるな。それに、疲れた状態の作業は返って効率も悪くなるので、今日は早めにお休みする事にしようと思った。


敷かれているお布団に潜り込む。俺がお風呂か夕食を頂いている時に、お布団を準備してくれる七夏ちゃん・・・凪咲さんかも知れないけど。いずれにしても二人に感謝しつつ、重くなった瞼に従った。


時崎「おやすみ。七夏ちゃん、凪咲さん、直弥さん」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


小鳥の声が耳に届く。昨日は早めに休んだ為、その分早く目が覚めた。この後、蝉の合唱が始まる事になる。カーテンを開けて窓の外を見ると、まだ薄暗い。二度寝しても問題ない時間だが、このまま起きる事にした。以前に日の出を撮影した事を思い出す。突然後ろに居た天美さんに驚かされた事があったな。

洗面所で顔を洗う。まだ誰も起きていないみたいなので、あまり大きな音を立てないように気を使う。


??「おはようございます」

時崎「え!? あ、おはようございます! 凪咲さん!」

凪咲「昨夜はよく眠れたかしら?」

時崎「はい。早めにお休みしましたので。ありがとうございます!」

凪咲「いえいえ。本日もよろしくお願いいたします」

時崎「はい! こちらこそ!」


凪咲さんとの会話は、時々「リセット」されているような気がする。まあ、民宿風水の女将さんというお仕事柄なのだと理解はできている。親しき仲にも・・・という言葉があるように、凪咲さんはどこかで線を引いているようだ。

部屋に戻って、昨日の続き、アルバム制作を再開する。七夏ちゃんへの「とびだすアルバム」はどうしようかと思う。昨日見た「C11蒸気機関車」が飛び出してくるというのはどうだろうか? 迫力はあるのだが、女の子に渡すアルバムに黒い蒸気機関車はどうなのだろうか・・・いや、七夏ちゃんならきっと喜んではくれるだろうけど、もっと可愛いイメージで作れないだろうか? 虹が飛び出してくるというのは、止めておこうと思う。そもそも「とびだす」という事に拘らなくても良いのかも知れないな。以前にトリミングしていた七夏ちゃんの写真、その瞳を見ながらメモしておいた「もうひとつのアイデア」ひとつに絞ろうか、飛び出す要素を残すかで迷っている。


一階から物音が聞こえ始めた。恐らく、凪咲さんと直弥さんだと思う。次いで、トントンと扉が鳴った。


七夏「柚樹さん! 起きてますか?」

時崎「七夏ちゃん! どうぞ!」

七夏「おはようございます☆」

時崎「おはよう! 七夏ちゃん!」

七夏「昨夜は早くお休みだったみたいですね☆」

時崎「ああ、ごめん。何か用事でもあったかな?」

七夏「えっと、これ・・・」

時崎「これは、C11機関車?」

七夏「はい☆ お父さんが柚樹さんにって☆」


どういう事だろう? 昨夜、このC11機関車の模型を直弥さんに手渡したけど、それを七夏ちゃんが持ってきた理由が分からない。


時崎「どおして?」

七夏「えっと、お父さん、これからお仕事ですので、この模型さんは柚樹さんにって話してました☆」


七夏ちゃんの説明を聞いてようやく理解できた。直弥さんが風水に居ない間、この模型を皆でバトンのように繋いでゆくという事らしい。


時崎「なるほど!」

七夏「皆で一緒に買った模型さんですので♪」

時崎「そういう事ね! ありがとう! 七夏ちゃん!」

七夏「はいっ☆」


C11機関車の模型を受け取る。七夏ちゃんはとても嬉しそうだ。


時崎「俺はいつ、七夏ちゃんに渡せばいいのかな?」

七夏「いつでも大丈夫です☆」

時崎「じゃ、午後にでも持ってゆくよ!」

七夏「私が会いに来てもいいのかな?」

時崎「え!?」

七夏「えっと、模型さん・・・」

時崎「ああ、勿論構わないよ」

七夏「くすっ☆」


七夏ちゃんの倒置法・・・まだ慣れないな。どうすれば良いのだろうか?


七夏「柚樹さん、朝食も出来てますからどうぞです☆」

時崎「ありがとう!」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


七夏ちゃんと一緒に朝食を頂く。これがいつもの事のようになっているのが嬉しい。


時崎「七夏ちゃん、今日は午前中は宿題かな?」

七夏「はいっ☆」

時崎「俺は、この後、ちょっと出かけてくるよ!」

七夏「はい☆ 柚樹さん、午後には戻れますか?」

時崎「ああ。どうしたの?」

七夏「えっと、今日ね、午後からここちゃーと笹夜先輩が来てくれます☆」

時崎「え!? 天美さんと高月さんが?」

七夏「はい☆」

時崎「そうか・・・じゃあ、アルバムの件は別の日でもいいよ?」

七夏「え!?」

時崎「七夏ちゃん、お友達と遊ぶなら、その方が良いかと思って」

七夏「くすっ☆ ありがとうです☆ でも、今日は柚樹さんのアルバムの事で来てくれますので☆」

時崎「え!? そうなの?」

七夏「はい☆」

時崎「ありがとう! 助かるよ!」

七夏「よかったです☆ それまでに、私に出来る事があれば話してくださいね」

時崎「了解!」


朝食を終え、凪咲さんに何か手伝える事がないか訊いてみたけど、特に今は何もないようだ。ここ最近、すぐに自分の部屋に戻っていたので少しの間、居間でのんびり過ごす事にした。


七夏「柚樹さん、今日はのんびりさんですね☆」


早速、七夏ちゃんが声を掛けてきてくれる。いつもと違う事をすると、何か新しい事に気付けるかも知れないな。


時崎「少しだけ・・・ここに来た頃の事とか考えてた」

七夏「くすっ☆ 私は、お部屋に居ますから、何かあったらお声を掛けてくださいね☆」

時崎「ありがとう! 七夏ちゃん!」


新しい出来事はなかったけど、少し懐かしく思える出来事がそこにはあった。


部屋に戻って、写真屋さんへ出かける準備をする。七夏ちゃん、午前中は宿題をすると話していた。宿題の邪魔をしては悪いので、出掛ける前に声を掛けるかどうか少し迷ったけど、何か買い物とかあるかも知れない。


トントンと扉を軽く鳴らす。


時崎「七夏ちゃん! 今、いいかな?」

七夏「え!? ゆ、柚樹さん? ちょっと待ってくださいっ!」


七夏ちゃん、少し慌てている様子だけど、大丈夫なのだろうか?

しばらく待つと、扉が開いた。


七夏「ごめんなさい!」


七夏ちゃんを見て慌てていた理由が分かった。浴衣姿から私服に着替えていたようだ。


時崎「ごめん。着替えていたんだね」

七夏「はい・・・えっと、何かご用ですか?」

時崎「今から、出かけてくるけど、お使いとかあればと思って」

七夏「ありがとうです☆ 私は大丈夫です☆」

時崎「そう」

七夏「えっと、お母さんに訊いてもらえると助かります☆」

時崎「ああ。この後、訊くつもり」

七夏「くすっ☆ お気を付けて☆」

時崎「ありがとう!」


凪咲さんにも、何か買ってくるものが無いかを訊いてみたけど、特に何も無いようだ。俺は、写真屋さんへ急いだ。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


写真屋さんで、七夏ちゃんへのアルバム用に考えている事を実現できそうか相談してみる。


店員「いらっしゃいませ!」

時崎「おはようございます」

店員「あ、いつもありがとうございます!」

時崎「え!? あ、いえ。こちらこそ」


何度も写真屋さんに来ているので、店員さんも顔を覚えてくれたみたいだ。まあ、昨日も来てたからかも知れないけど、いずれにしても、店員さんと親しくなっておくと、色々と相談もしやすくなると思う。


店員「お客様は、いつも現像をご依頼なさってくださり、感謝しております」

時崎「写真の現像は数日かかるものなのですか?」

店員「申し訳ございません。現在は専門の業者様に依頼しておりますので。当店での現像サービスも検討しましたが、現在は、家庭用のプリンターをご利用なさるお客様が多くなりまして・・・」

時崎「現像の方が長期保存に適していますよね?」

店員「はい。デジタルデータもプリンターの印刷より、現像の方が色あせにくくなります」

時崎「なるほど。ありがとうございます。以前にお話くださいましたアルバムの製本についてですが---」


俺は、店員さんにデジタルアルバムの製本化の正式な依頼と、後から写真を追加できるページを多めに用意してもらうようにお願いした。


店員「はい。かしこまりました。デザインと色は如何いたしましょう?」

時崎「今すぐ決めなければならないでしょうか?」

店員「いえ、実際にご注文くださる時でも大丈夫です。デザインのサンプルをご紹介しておきますね」

時崎「ありがとうございます」


製本アルバムのサンプルが載ったパンフレットを頂いた。後で七夏ちゃんにも見てもらう方が良いと思う。


時崎「あと、相談なのですけど、透明なセロファンに印刷をする事は難しいでしょうか?」

店員「セロファンですか?」

時崎「はい。これなんですけど」


俺は、以前に購入していた透明なセロファンを店員に見せる。


店員「この素材への印刷は難しいですね」

時崎「やっぱり難しいですか?」

店員「透明で似た素材、OHPシートなら如何でしょうか?」

時崎「OHPシート! なるほど!」

店員「こちらのOHPシートでしたら、当店でも印刷に対応していますので」


店員さんが持ってきてくれた透明なOHPシートは、セロファンよりもしっかりとしていて、俺が考えている事が十分実現できそうだ。


時崎「では、印刷をお願いしてよろしいでしょうか?」

店員「ありがとうございます。ただ、透明の素材にインクを乗せますので白色の再現は特色となり、追加費用が発生いたします」

時崎「依頼するデータは、このような黒色の長円グラデーション図形のみですので」


俺は、MyPadから予め作成しておいた透明なセロファンに印刷を行いたい素材データを店員さんに見せた。


店員「かしこまりました。暫くお待ちくださいませ」


店員さんは、OHPシートをプリンターにセットし、OHP用の印刷設定を行ってくれた。


店員「お待たせいたしました。こちらのプリンターに接続して、印刷くださいませ」

時崎「ありがとうございます!」


OHPシートに黒い長円の図形が並んで印刷されてゆく。この印刷された図形が何なのか訊かれる事はなかったけど、店員さんは不思議そうな顔をしていた。


店員「如何でしょうか?」

時崎「十分! 良い出来です!」

店員「ありがとうございます」

時崎「後は、こちらの素材を光沢紙で印刷をお願いできますか?」

店員「光沢紙ですね。こちらから、印刷する光沢紙をお選びくださいませ」

時崎「ありがとうございます」


もうひとつの素材は、比較的しっかりとした、表面材質がサラッと滑りやすい感触の光沢紙を選んで、印刷依頼を行った。


時崎「無理を言ってすみません。今後も、こんな依頼をするかも知れません」

店員「いえ、当店で出来る事があれば、いつでもご用命くださいませ」

時崎「ありがとうございます」

店員「以前にご依頼くださった現像も、今日の夕方か明日には出来上がっていると思います」

時崎「はい。ありがとうございます」

店員「お急ぎでしたら、ご自宅へ連絡いたしましょうか?」

時崎「では、こちらの番号へお願いできますか?」

店員「はい」


俺は、店員さんに携帯電話の番号を伝えた。


時崎「製本アルバムの件でも、よろしくお願いいたします」

店員「かしこまりました」


写真屋さんを後にする頃には結構な時間が経過していた。けど、凪咲さんと七夏ちゃんへのアルバム制作で、具体的な事や素材も印刷できたので手ごたえはあった。少し急いで風水へ戻る。


時崎「ただいま」

凪咲「おかえりなさい。柚樹君、どうかしたのかしら?」

時崎「え!?」

凪咲「少し、慌てているみたいですので」

時崎「もうすぐ午後になるので、少し急いでました。七夏ちゃんに午前中には帰ると話してましたので」

凪咲「そうなの。七夏は自分のお部屋に居ますので。お昼、もう少し待っててくださいね」

時崎「はい。ありがとうございます」


自分の部屋に戻る。机の上に置かれた「C11蒸気機関車の模型」が目に留まる。模型自体は精密に出来ているが、透明な保護ケースに入っているので気軽に持ち運びはできる。


時崎「午後にこれを七夏ちゃんへ渡すんだったな」


俺は「C11蒸気機関車の模型」を手にして、七夏ちゃんの部屋に尋ねた。


七夏「あ、柚樹さん!」

時崎「な、七夏ちゃん!」


丁度、七夏ちゃんも自分のお部屋から姿を見せた。


七夏「お帰りなさい」

時崎「た、ただいま」

七夏「くすっ☆ ほぼ同時でした☆」

時崎「そうだね。七夏ちゃん、これ!」

七夏「あ、模型さん!」


俺は、七夏ちゃんに模型を手渡した。七夏ちゃんはそれを両手で包み込むように受け取る。


時崎「な、七夏ちゃん!?」

七夏「くすっ☆」


模型と一緒に俺の手も優しく包んでくれる七夏ちゃん。一緒に「おむすび」を作った時の事を思い出し、俺の手は少し震えはじめて次の言葉が上手く出てこない。突然現われる虹のように、突然優しく手を差し伸べてくれる「ふたつの虹」。これがどのような意味を持っているのかを考えるが、焦る気持ちの方が勝っていて上手くまとまらない。


時崎「ど、どうしたの? 七夏ちゃん!?」

七夏「えっと、私、お昼のお手伝いがありますので」

時崎「え!? あ、ああ」


七夏ちゃんは模型を部屋に置いて、そのまま一階へ降りてゆく。分からない・・・けど、七夏ちゃんの温もりだけは、はっきりと手に残っている。

素直な七夏ちゃんに対して、思うように言葉が出てこない自分・・・いつになったら、見えてくるようになるのかという不安もあるが、これもいつか自然に繋がってほしいと思うのだった。


第二十六幕 完


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第二十六幕をお読みくださり、ありがとうございました!

「次へ」ボタンで、次回予告です!


次回予告


虹を優しく見守る存在。俺もそんな虹と、より強い繋がりを持てる存在になれればと願う。


次回、翠碧色の虹、第二十七幕


「虹の華をつないで」


楽しく弾む「ふたつの虹」を見守る中、俺は、虹が落とす影の事を思い出した。

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