第二十幕:ふたつの虹の大切な夢
風景写真を撮影していたら、女の人から声を掛けられた。
女の人「すみません。今、撮りました?」
時崎「え!?」
女の人「そのカメラ、見せてもらえますか?」
時崎「はい」
俺は、風景写真を撮影していたのだが、女の人が、自分を撮影されたと思い、声を掛けてきたようだ。風景の中にその女の人が映っていた。
女の人「すみません。勝手に撮影されるのは、困ります」
時崎「風景を撮影したつもりだったんですけど、不愉快な思いをさせてしまってすみません」
女の人「そうでしたか・・・」
時崎「この写真、消しますので」
女の人「はい。勝手に撮影しないように、気をつけてください」
時崎「はい。すみません」
俺は、その写真のデータを、女の人の見ている前で消した。女の人はそれを確認して、その場を去ってゆく。俺は風景を撮影していたつもりだったのだが、この場合、必要以上に言い訳すると余計にややこしくなる・・・それに、実際、女の人が写っていたのは事実だから、女の人の言う事も最もだと思う。突然写真を撮影されると不安になる人も居るという事だ。気をつけなければ・・・改めて、その風景のみを撮影しなおす・・・。
ピピッ!
時崎「ん・・・」
時計の音が何時か分からないけど「00分」を告げる・・・わずかな音に目が覚める・・・。
時崎「夢・・・か・・・」
以前に実際にあった事だが、あまり気分の良い夢とは言えない・・・なんでこんな夢を見たのだろうか・・・。時計を見る・・・時刻は5時01分・・・。夢の内容は、その時の心理状態と関係があるという・・・昨日、高月さんが話していた七夏ちゃんの不安要素・・・この引っ掛かりが、俺の見た夢にも影響しているのだろうか?
写真を撮られて、気分が悪くなる人が居るのは確かだ。七夏ちゃんも「以前」はそうだったと思っていたけど、もしかすると・・・。七夏ちゃんが写真を撮られる事を嫌だと思っていて、俺が人物の撮影を拒んでいたとすると、何も問題は無い・・・。だけど、俺は七夏ちゃんや、天美さん、高月さんの写真は撮りたいと思うようになっている・・・この事が問題とならないようにしなければならない。
時崎「もうすぐ日の出か・・・」
俺は、今の気分を紛らわす為、日の出を撮影しようと思い、風水の庭に向かう・・・昨日、みんなで花火を行った事を思い出す。あの時の七夏ちゃんは普段どおり楽しそうだった・・・でも、高月さんが話していた「七夏ちゃんの不安」も本当の事だと思う。
東の空が明るくなってきた。俺は、三脚を固定し、写真機で「今日の太陽」をお迎えする。数分後、太陽が少し顔を見せる・・・辺りが急に明るくなり「今日と言う一日」の始まりを実感する。日の光は、俺のもやもやとした気持ちを洗い流してくれるように思えた。
時崎「もっと、絞らないと眩しすぎるか・・・」
写真機の絞り/露出を調整する・・・急に明るく眩しくなった太陽に写真機と目が追いつかない・・・。この感覚・・・どこかで・・・天美さん!?
天美さんが居ると、急に明るく楽しくなる事と、今の太陽とが重なった。
時崎「天美さんって、太陽みたいな女の子だな・・・」
心桜「あたしが何!?」
時崎「え!? うぉあっ!」
心桜「おはよ! お兄さん!」
時崎「ああ・・・お、おはよう・・・びっくりした!」
・・・いつの間にか天美さんが居た事に驚いた。太陽に照らされた天美さんは、いつも以上に輝いて見えた。
心桜「お兄さん、今日は早いね!」
時崎「あ、天美さん、いつから居たの?」
心桜「ん? たった今だよ! お兄さん、写真機にかぶりついてて全然気付かないんだから・・・隙だらけだねっ!」
時崎「すまない・・・朝日を撮ろうと思ってね」
心桜「そなんだ。今日ってなんか特別な日なの?」
時崎「いや・・・特には・・・ここで朝日を撮影してなかったなってだけで」
心桜「ま、特別な日でなくても、朝日はいつもと変わらず綺麗だからねっ!」
時崎「それには同意するよ」
心桜「あはは・・・あれ?」
時崎「どうしたの?」
心桜「昨日の花火の燃えカスがまだ落ちてる・・・」
時崎「本当だ。拾っておこう」
心桜「ん~」
太陽に照らされて背伸びをする天美さんは、キラキラと輝いてとても魅力的だ。
時崎「天美さん!」
心桜「ん?」
時崎「そのままで、一枚いいかな?」
心桜「どぞー♪」
時崎「ありがとう!」
俺は背伸びをする天美さんを撮影した。
心桜「ありがと! お兄さんっ!」
時崎「こっちこそ!」
心桜「そうじゃなくてさっ!」
時崎「え!?」
心桜「あたしの事、太陽みたいだって思ってくれて!」
時崎「あっ・・・」
心桜「それじゃ! またねっ!」
天美さんはそう言うと、風水へと掛けてゆく・・・。太陽みたいな女の子・・・聞かれていたか・・・そう思うと、急に恥ずかしくなってきた・・・。天美さんがすぐ風水に戻ったのは・・・恐らく天美さんなりの・・・改めて自然な気遣いができる人なのだと思う。そんな天美さんと、より明るく輝いている太陽を重ねながら、撮影を続けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
七夏「あ、柚樹さん☆」
時崎「おはよう! 七夏ちゃん!」
七夏「はい☆ おはようございます☆」
・・・今日の七夏ちゃんも、普段と変わらず、元気そうで安心する。七夏ちゃんはお花に水をあげている・・・いつもの事なのだけど、まだ普段の七夏ちゃんをそれほど多く記録はしていなかった。
時崎「七夏ちゃん、一枚いいかな?」
七夏「え!? あっ! はい☆」
時崎「ありがとう!」
旅行やイベントでの思い出も大切だけど、普段の七夏ちゃんの様子も大切に想いたい。
笹夜「おはようございます♪」
時崎「おはようございます! 高月さん!」
笹夜「七夏ちゃんと撮影・・・かしら?」
時崎「え!? まあ、そのなんというか成り行きで・・・」
笹夜「~♪」
時崎「高月さんも、一枚いいですか?」
笹夜「え!? 今・・・ですか!?」
時崎「はい。是非!」
笹夜「今、起きたばかりで・・・髪も整ってなくて・・・その・・・」
時崎「無理なら、断ってください」
高月さんは、少し考えた後、七夏ちゃんの方を見て・・・
笹夜「時崎さん・・・写真、お願いします♪」
時崎「え!? いいの?」
笹夜「・・・はい♪ お願いします♪」
時崎「ありがとう! 高月さん!」
・・・高月さんは、何かを気にしている様子・・・それは恐らく・・・高月さんがここで写真撮影を拒めば、七夏ちゃんに影響があると思ったのだろうか・・・。
笹夜「それでは、失礼いたします♪」
七夏「朝食、用意しますね☆」
時崎「ありがとう! 七夏ちゃん!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
凪咲「おはようございます」
心桜「おはようございます! あれ? 今日は洋食なんだ」
七夏「くすっ☆ ここちゃー昨日、洋食の事をお話してましたから☆」
心桜「あはは! わざわざありがとー! つっちゃー」
凪咲「ごはんもありますので、よろしければどうぞ!」
心桜「あたし、今日はパンにする!」
七夏「はい☆」
笹夜「おはようございます♪」
心桜「笹夜先輩! 今朝は洋食みたいだから沢山食べれますよねっ!」
笹夜「え!?」
七夏「ここちゃー、笹夜先輩は特に和食が苦手な訳ではないと思います」
笹夜「ありがとう。七夏ちゃん♪」
時崎「ここでの洋食は初めてかも・・・いただきます!」
七夏「くすっ☆」
朝食を頂いている間も、俺は七夏ちゃんの様子を気にしていたけど、特に今までと変わった様子は無い。このまま、特に変わる事がなければ良いのかも知れないけど、何か引っ掛かりがあってすっきりとしない。もう少し様子を見てみようと思う。
心桜「あっと言う間だったね~」
七夏「はい☆」
笹夜「とっても楽しかったです♪」
心桜「次は花火大会の時だねっ!」
七夏「くすっ☆」
花火大会・・・か。また三人で集まる予定でもあるのかな? いずれにしても、この三人と一緒に過ごす一時を大切にしたい。
朝食を頂いた後、自室に戻り、デジタルアルバム作成作業に入る・・・。午前中は三人ともお部屋でのんびり過ごしているのだろうか?
しばらく、アルバム制作に集中していると、トントンと扉が鳴った。
七夏「柚樹さん!」
時崎「七夏ちゃん!」
扉を開けると、七夏ちゃんと天美さんが居た。
心桜「お兄さん!」
時崎「あ、天美さん。どうしたの?」
心桜「あたし、今日はこれで帰るから!」
時崎「え!? もう帰るの?」
心桜「うん。笹夜先輩を駅まで送ってから帰るよ!」
時崎「そうなんだ。駅なら俺も一緒していいかな?」
心桜「ん? もちろんいいよ!」
時崎「七夏ちゃんも一緒にどうかな?」
七夏「えっと、ごめんなさい。ちょっと済ませておきたい事があって・・・」
時崎「そう・・・」
七夏「柚樹さん、ここちゃーと笹夜先輩のこと、よろしくお願いします☆」
時崎「え!? あ、ああ。分かったよ」
七夏ちゃんの用事を聞いて手伝っても良かったのかも知れないけど、天美さんと高月さんの見送りを頼まれたので、それに従う・・・駅の撮影も行っておきたかったので、二人を見送った後に撮影を行おうと思う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
笹夜「お世話になりました♪」
凪咲「こちらこそ、ありがとうございました」
心桜「また、花火大会の時は、よろしくお願いします!」
凪咲「ええ。是非!」
七夏「柚樹さん! ここちゃーと、笹夜先輩のこと、よろしくです☆」
時崎「了解!」
心桜「それじゃ!」
笹夜「失礼いたします」
凪咲「また、いらしてくださいませ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
心桜「んー・・・まだちょっと、肩がヒリヒリするよ~」
笹夜「心桜さん、日焼け止め、使います?」
心桜「ありがとうございます! でも、それって日焼け前に使う方が・・・」
笹夜「さらに日焼けしないように・・・です♪」
心桜「そっか。でも今は服着てるから大丈夫!」
笹夜「心桜さんも、日傘を使えばいいと思うわ♪」
心桜「あはは・・・あたしに日傘は似合わないと思います」
笹夜「そうかしら?」
心桜「それに、身動き取りにくくなるし」
笹夜「なるほど♪心桜さんらしい♪」
心桜「お兄さん!」
時崎「え!?」
心桜「どしたの? さっきから黙ってるけど?」
天美さんのフォローが入る。
時崎「ありがとう。天美さん!」
心桜「ん?」
時崎「高月さんも!」
笹夜「え!?」
時崎「この三日間、とても楽しかったよ!」
笹夜「・・・はい♪」
心桜「そう言えば、お兄さんと、笹夜先輩って、まだ会って三日なんだよね~」
時崎「そう言われれば・・・まだ、ほぼ初対面って事か・・・」
笹夜「そう・・・ですね。色々と失礼があってすみません」
時崎「いや。こっちこそ・・・」
心桜「花火大会の時までお兄さんがこの街に居れば、また会えると思うよ!」
笹夜「時崎さんは、ご旅行ですよね・・・いつまでこの街に?」
時崎「旅行自体は、当初一週間の予定だったけど、予定を変更して延長・・・かな」
心桜「そうなんだ?」
時崎「凪咲さんのご支援もあって・・・」
・・・俺は、これまでの経緯を天美さんと高月さんに説明した。
心桜「なるほど・・・そういう事か!」
笹夜「七夏ちゃんのアルバム作り・・・素敵です♪」
心桜「そういう事なら、あたしたちも協力しない訳には!」
笹夜「ええ♪ そうですね♪」
時崎「ありがとう! 天美さん、高月さん」
・・・二人が協力してくれると、心強い。
心桜「つっちゃーの笑顔・・・」
笹夜「凪咲さんの夢・・・いえ、願いなら・・・」
心桜「そだね! おっと、駅に着いた!」
時崎「ここで一枚いいかな?」
心桜「もちろん!」
笹夜「・・・はい♪」
駅を背に、二人を撮影した。
高月さんは、駅から列車でひと駅・・・隣街に住んでいるらしい。一駅で隣町といっても駅と駅の区間が長いので、それなりの距離がある事は知っている。
七夏ちゃんのお話によると3ヶ月くらい前に高月さんと知り合ったという事は、4月に学年が上がった頃という事になる。その頃に、七夏ちゃんの「ふたつの虹」や高月さんの「髪に映る虹」の事が話されていた可能性はある。自然とその事を知る方法は無いだろうか・・・。
心桜「おっ! 笹夜先輩! 列車来たよ!」
笹夜「はい♪ ありがとう。心桜さん♪」
高月さんは、改札の前でこちらに振り返る。長い黒髪がその後を追うようにふわりと広がる・・・その瞬間を撮影して記録したかったが、常に写真機を構えているなんて無理だ。
笹夜「時崎さん! 色々とありがとうございました♪」
時崎「高月さん! お気をつけて! また・・・」
笹夜「・・・はい♪ また・・・」
心桜「それじゃ、笹夜先輩! また連絡します!」
笹夜「ええ♪ 心桜さん! 七夏ちゃんと凪咲さんにもよろしくお願いします♪」
心桜「うん♪ もちろん!」
笹夜「それでは、失礼いたします♪」
高月さんは、列車内へ・・・。
俺と天美さんは、列車が見えなくなるまで見送った。
心桜「さーて、んじゃ! あたしも帰るとしますか! お兄さんは?」
時崎「俺は、ちょっとこの駅を撮影してから、風水に戻るつもりだけど」
心桜「そっか。駅を撮影するって、大掛かりなの?」
時崎「いや、数枚撮影するだけ・・・」
心桜「あはは! んじゃ、あたしがこの駅の撮影ポイントを教えてあげるよ!」
時崎「え!? 撮影ポイント!?」
心桜「うん。 つっちゃー・・・というより、つっちゃーのお父さんから聞いたんだけどね!」
時崎「それはありがたい! 是非お願いするよ!」
心桜「んじゃ、あたしに付いて来て!」
天美さんの後を付いて行く・・・駅から少し離れた場所にある線路を跨ぐ歩道橋へと案内された。
時崎「ここは・・・」
心桜「この歩道橋を上って、駅の方を見る!」
時崎「なるほど!」
俺は天美さんについてゆき、歩道橋を上る。
時崎「これは、確かに!」
心桜「ね♪」
その場所は、駅全体を見渡せ、背後には深い緑の山と、海がキラキラと輝いていた。
心桜「ここは夕日も綺麗だし、撮り鉄の人もよく居るよ! 今日は居ないみたいだけど」
時崎「分かる気がする!」
心桜「っね!」」
時崎「天美さん!」
心桜「ん?」
時崎「ここで、一枚いいかな?」
心桜「うん、いいよ!」
俺は、この景色と天美さんを撮影した。
時崎「ありがとう、ありがとう。天美さん!」
心桜「ん? なんで二回言ったの?」
時崎「一回目は、この場所へご案内のお礼。二回目は撮影のお礼!」
心桜「あははっ! なかなか面白いね! それっ!」
時崎「そ、そう?」
心桜「ありがとうは、何回言われても嬉しいからねっ!」
何枚か、この風景も撮影しておく・・・そんな俺を天美さんは黙って待ってくれていた。
時崎「天美さん、ありがとう!」
心桜「撮影はもういいの?」
時崎「ああ、天美さんのおかげで良い写真が撮れたよ!」
心桜「そっか! んじゃ、あたしは帰るから!」
時崎「送ってゆくよ」
心桜「え!? いいよ別にっ!」
時崎「このまま、風水に帰るだけだから・・・」
心桜「お兄さん、暇なの?」
時崎「ま、旅行中は・・・念の為」
心桜「あははっ!」
時崎「さっきも話したけど、七夏ちゃんのアルバム作りに、天美さんや高月さんの写真も沢山撮りたいからね」
心桜「そういう事なら、ま、よしとしますかっ!」
時崎「ありがとう、天美さん」
心桜「いえいえ!」
俺は、天美さんを家まで送る・・・というよりも、単に付いて行くだけのような気がするけど・・・まあいいか。そう言えば、天美さんと二人きりになるのはこれが初めてだ。
心桜「そう言えば、お兄さん!」
時崎「え!?」
心桜「つっちゃーから聞いたんだけど、風水で出会ったんじゃないんだってね!」
時崎「あ、ああ。バス停で・・・正確には出逢ったというよりも、気付いたら隣に七夏ちゃんが座って居た・・・かな?」
心桜「お兄さん、バス停で寝てたんだってね?」
時崎「そう・・・なるね」
心桜「つっちゃーさ、お兄さんの寝顔『ちょっと可愛いな☆』って話してたよ!」
時崎「なっ!」
心桜「あははっ!」
時崎「でも、あの時の俺、初対面の七夏ちゃんに失礼な事をしたからなぁ・・・」
心桜「え!? 失礼な事って?」
時崎「そもそも、俺がこの街に来た本来の目的は『ブロッケンの虹』を撮影する事だったんだよ」
心桜「ブロッケンの虹・・・確かに、この街ではちょっと有名かな・・・」
天美さんは、ブロッケンの虹の事を知っているようだ。
時崎「そんな訳で、俺は七夏ちゃんに虹の事とか嬉しそうに話してしまったんだよ・・・」
心桜「でも、お兄さんは、つっちゃーの事、知らなかったんだから仕方がないよ」
時崎「それは、七夏ちゃんもそう話してくれて救われる思いだったよ」
心桜「そっか・・・お兄さんさぁ・・・」
時崎「え!?」
天美さんから、衝撃的な言葉が飛び出してきた。その言葉が突然すぎた為、反応が遅れる。
心桜「どしたの? お兄さん? そんなに驚いて?」
時崎「い、いや・・・あ、天美さん!?」
心桜「ん? つっちゃーの瞳を見て、何も思わなかったの?」
・・・聞き間違いではない・・・何も思わない訳が無い。七夏ちゃんの「ふたつの虹」の事だ。この出逢いが無ければ、こうして天美さんと話をする事も無かったはずだ・・・。
時崎「・・・・・思ったよ・・・・・とても不思議な『ふたつの虹』だと思った・・・」
心桜「ふたつの虹!?」
時崎「七夏ちゃんの不思議な瞳の事・・・」
心桜「なるほど・・・ふたつの虹か・・・」
時崎「あの時の俺は、七夏ちゃんの『ふたつの虹』の撮影をお願いしてしまったんだ」
心桜「そうらしいね・・・」
時崎「本当に、俺は失礼だと思ったよ・・・だけど、七夏ちゃんは撮影を許可してくれた・・・今考えても、それが何故なのかは分からない」
心桜「そうなんだ。お兄さんなら、そのうち分かる時が来ると思うよ!」
時崎「そう・・・なのか?」
心桜「ま、それは、これからのお兄さん次第かな?」
天美さんは、七夏ちゃんが何故、あの時、俺の失礼な撮影依頼を許可してくれたのか、その理由を知っているのかも知れない。けど、天美さんの「お兄さん次第」という言葉・・・これは、その理由は自分で探って確かめろという事なのだと理解した。
時崎「ありがとう! 頑張ってみるよ!」
心桜「うんうん! 『ふたつの虹』・・・あたし気に入ったよ!」
時崎「ありがとう! 七夏ちゃんと付き合いの長い天美さんのご支援は心強いよ!」
心桜「あははっ! 確かに、つっちゃーとはそれなりに長い事一緒だからねー」
時崎「七夏ちゃんから聞いたけど、天美さんが七夏ちゃんを助けたんだってね!」
心桜「そっか。お兄さんつっちゃーから聞いてたんだ」
時崎「ああ」
天美さんが、立ち止まり、すぐ横のガードレールに座りながら、話し始める・・・俺も、その隣に並ぶ形で座った・・・
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あたしがつっちゃー・・・水風さんと出会ったのは小学3年生の時、クラスメイトになったっていう事。最初は、瞳の色が変わるという事が珍しくて、他の子達がつっちゃーを取り囲んでいたかな。あたしは気にはなったけど、近づかなかった。つっちゃーは、いわゆる「もてはやされる女の子」だったけど、瞳の事を言われるつっちゃーは、愛想笑いしているようで、本音は別の所にあるように思えたんだ。そんなつっちゃーのツレナイ態度に、次第に周りの人は話しかけなくなり、一ヶ月もしないうちに、ほぼ孤立していたかな。瞳の色が変わると言っても、慣れてしまえば、なんとも思われないという事。つっちゃーも、それを望んでいるように見えたかな。つっちゃーは、いつも一人で本を読んでいる事が多く、話しかけにくいイメージだったかな。その時のあたしは、つっちゃーに話しかけても、ツレナイ態度を取られるだけだと勝手に思ってたから、特に話しかける事は無かったんだ。
だけどある日、学校の野外授業で、街の絵を描く事になって、つっちゃーは、あたしの前で絵を描き始めたんだ。なんとなく空を見上げると、いつの間にか、大きな虹が現れていたっけ。あたしは、しばらくその虹を、ぼんやりと眺めていたんだけど、ふと、目の前のつっちゃーの絵を見ると、虹は緑色に描かれていたんだ。あたしは、これから他の色を足すのかなって思っていたんだけど、絵の中の緑色の線が少し太くなっただけで、他の色が足される事は無かった。虹としては、それで完成なのかなと思った時、他の男の子が、つっちゃーの絵を見て「なんだその虹、おい、水風の虹が変だぞ」と、からかい始めたんだ。周りの子も、その絵を見ようと寄ってきたんだけど、人が集まってきたのを拒むように、つっちゃーは絵を抱き抱え込む。後姿でも、これは辛そうだと言う事くらいあたしでも分かるので、あたしも自分の絵の中に緑色の虹をビシッと描いて、
心桜「あたしも、こう見えるんだけどっ!」
水風「え!?」
まあ、結果的に2人とも「変な虹の絵だ」と言われたんだけど、からかってきた男の子の絵が、あたしよりも下手だったので、反撃してやった。
心桜「そう言うあんたの絵は、どーなのよ? あははっ! あたしよりも下手・・・水風さんの方が、絵としてのセンスあるよ!」
あたしが他に寄って来ていた人の絵も見ようとすると、他の人は自然と去って行く・・・。
水風「天美さん。ありがとう・・・です」
心桜「いやいや。あーいうの、ちょっと許せなくてね」
あたしは、虹は七色に見えていたんだけど、この時はつっちゃーと同じ色に見えるという事にしておいたんだ。つっちゃーは、自分と同じ人がいるという事に安心した様子で、その時の笑顔は今まで見てきた愛想笑いとは、明らかに違っていたなぁ。それ以降、あたしとつっちゃーはよく話すようになったかな。だけど、あたしは、つっちゃーに嘘をついている自分が許せなくて、本当の事を話した。でも、つっちゃーは既にその事を見抜いていたようで、それでも「嬉しかった」と言ってくれた事。最初、つっちゃーはツレナイ印象だと思っていた事も謝ったら、それは気付いていなかったらしく、少しショックだったみたい・・・。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
時崎「なるほど・・・いい思い出を、ありがとう!」
心桜「よっ! ・・・っと!」
天美さんは、座っていたガードレールから「ぴょんっ!」と跳び離れて、こちらへ振り返った。さっき高月さんが振り返った姿と重なる。天美さんも高月さんに負けない魅力があると思った。そのまま天美さんは再び歩き出したので、俺も歩みを合わせる。
時崎「・・・七夏ちゃんに、本当の虹を見せてあげたいと思っているんだけど・・・」
心桜「つっちゃーの瞳、写真では、ちゃんと写らないみたいだからね」
時崎「それは、別にいいんだよ・・・」
心桜「え!?」
時崎「俺は、七夏ちゃんに本当の虹の色を分かってもらえれば・・・それが、七夏ちゃんの瞳・・・ふたつの虹であってもいいというだけの事で・・・」
心桜「お兄さん・・・」
時崎「七夏ちゃんの『ふたつの虹』は十分に魅力的だと分かっている。その事を七夏ちゃんにも伝えられて分かってもらえれば・・・と思ってる」
心桜「・・・つっちゃーと似てるところがあるよねっ!」
時崎「そ、そうかな?」
心桜「うんうん! どおりでつっちゃーが・・・おっと!」
時崎「え!?」
心桜「お兄さん、ありがと!」
家の表札を見ると「天美」とあった。天美さんは、家のポストの中を確認して、広告を手に取っていた。
時崎「ああ。こっちこそ、色々とありがとう!」
心桜「いえいえ。お礼に、いい事教えてあげるよ!」
時崎「え!? いい事!?」
心桜「っそ! つっちゃーの好きな食べ物!」
時崎「ココアとか!?」
心桜「おっ! お兄さん! つっちゃーがココア好きなのは知ってたんだ!」
時崎「ま、まあ・・・」
心桜「でも、それ飲み物だよ!」
時崎「あ、そう言われれば・・・」
心桜「つっちゃーさ・・・」
そう言うと、天美さんは、こちらへ駆け寄ってきて・・・
心桜「ブルーベリーのタルトに目が無いよっ!」
・・・そう、囁いた。天美さんと二人だけなのに、何故、囁かれたのかは分からないが、それだけ天美さんが七夏ちゃんの事を大切に想っているという事なのだろう。
時崎「なるほど・・・それは知らなかったよ! ありがとう!」
心桜「それじゃ! お兄さん! またねっ!」
時崎「ああ」
俺は、天美さんから得た、七夏ちゃんの「ブルーベリーのタルトに目が無い」が、どのくらいなのかという事を確かめたくなったので、早速商店街へ探しにゆく事にした。少しお腹も減ったので、喫茶店で軽く食事を頂く・・・。そう言えば七夏ちゃんが前に話していた事を思い出す・・・確かにココアはメニューに無いようだ・・・何故なのだろう? デザートにブルーベリーのパフェは、あるみたいだけど、これは注文して持って帰ることは出来ないな・・・。
軽く食事を済ませ、七夏ちゃんの好きな食べ物・・・ブルーベリーのタルトを探す。一般的にはケーキ屋さんにゆけばあると思っていたが、そこでは見つからなかった。だけど、ケーキ屋さんの近くにあったスーパーマーケットのスイーツコーナーで、なんとか見つける事が出来た・・・出来たのだけど・・・。
時崎「これは! 結構高い!」
さっきケーキ屋さんで見たショートケーキの平均的な値段の2倍以上している・・・ちょっと迷ったけど、七夏ちゃんの喜ぶ姿を見たいという思いに後押しされた俺は、ブルーベリーのタルトをひとつ買い、風水へと急ぐのだった。
第二十幕 完
----------
次回予告
夢はいくつあっても構わない。大切な存在の大切な夢・・・できる事なら全て叶えてあげたいと思う。
次回、翠碧色の虹、第二十一幕
「ふたつの虹のふたつの夢」
大切な存在を大切に想うのは、俺だけではない・・・いや、それは、俺以上に大切に想っているはずだ。
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