第十四幕:寄り添う虹と距離を取る心

民宿風水でお世話になってから、初めて聴く音で目が覚める・・・。


時崎「ん? 雨・・・か・・・」


民宿風水での生活も、今日で一週間を終える事になる。一週間前、このような事になるとは思わなかった。不思議なふたつの虹・・・今まで追いかけてきたどんな虹とも違う。そして、ふたつの虹は、いつでも姿を見せてくれる。見せてはくれるのだが、七夏ちゃん本人にはそれは---


トントン・・・と、扉から音がした。


七夏「柚樹さん! 起きてますか!?」


七夏ちゃんだ。俺が起きるのが遅いからか、起こしに来てくれたようだ。


時崎「七夏ちゃん! どうぞ!」


俺が返事をすると、七夏ちゃんは扉を開けて、姿を見せる。


七夏「おはようございます☆」

時崎「おはよう! 七夏ちゃん!」

七夏「はい☆ 昨夜は、夜更かしさんですか!?」

時崎「あ、ああ。ちょっと調べ事があってね」

七夏「くすっ☆ 今日は雨が降ってますから、お洗濯物は、お部屋で干しますね☆」

時崎「ありがとう。雨、午後には上がるみたいだよ」

七夏「そうなのですか?」

時崎「昨日の天気予報の情報だけど」

七夏「明後日は晴れるかなぁ・・・」

時崎「明後日!? 何かあるの?」

七夏「はい☆ ここちゃーと海に遊びに行く予定です♪」

時崎「あ、そう話してたよね! 晴れるといいね!」

七夏「はい♪」

時崎「七夏ちゃん、今日は、時間あるのかな?」

七夏「えっと、宿題があります。今日はいつもより進めておきたくて」

時崎「何か手伝える事があったら、協力するから」

七夏「ありがとうです☆ 本当は土曜と日曜は、宿題もお休みなのですけど、明後日と次の日の分も進めておこうかなって」

時崎「なるほど」


前にも思った事だけど、七夏ちゃんは、とても計画的だ。となると、七夏ちゃんの言動も、ある程度は計画的なのかも知れない。無計画な俺とは対称的だが、無計画でなければ七夏ちゃんとこうしてお話しすることも無かったと思うと、少し複雑な気分だ。


七夏「柚樹さん!」

時崎「え!?」

七夏「朝食、出来てますから、居間に来てくださいね♪」

時崎「ありがとう」

七夏「それでは、失礼いたします」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


時崎「凪咲さん、おはようございます!」

凪咲「おはようございます! 朝食、出来てますからどうぞ!」

時崎「ありがとうございます!」


居間で、朝食を頂く・・・凪咲さんと七夏ちゃんは、先に朝食を頂いていたようだ。俺も早起きを心掛けなくては・・・。


テレビで今日の天気を確認する。やはり、午前中は雨のようだ。週間天気予報では、明日以降、しばらく晴れのようだ。


時崎「七夏ちゃん!」

七夏「はーい☆」


七夏ちゃんが台所から姿を見せた。


時崎「明後日は、晴れみたいだよ!」

七夏「良かった♪ 柚樹さん、ありがとうです☆」

時崎「お礼を言われるほどの事では」

七夏「くすっ☆ それじゃ、柚樹さん。何かあったら、声をかけてくださいね☆」

時崎「ありがとう、七夏ちゃんも・・・ね!」

七夏「はい☆ それじゃ、柚樹さん! また後で☆」

時崎「ああ」


七夏ちゃんは、自分の部屋で宿題のようだ。俺は、何か出来る事がないかな・・・。午前中は雨みたいだから、外出しての撮影は難しいな・・・。台所に居る凪咲さんに声を掛ける。


時崎「凪咲さん!」

凪咲「あら!? 柚樹君! 何かしら!?」

時崎「えっと、何か手伝える事って無いですか!?」

凪咲「え!?」

時崎「午前中は雨で、外での撮影も難しいので・・・」

凪咲「ありがとうございます。今は特には・・・」

時崎「そうですか・・・何か出来る事があったら、何でも手伝いますので!」

凪咲「柚樹君、そんなに気になさらなくてもいいわ!」

時崎「でも・・・」

凪咲「何かあったら、お願いしますから、その時は、お力を貸してくれるかしら?」

時崎「は、はい!」


今は特に手伝える事が無い・・・か。このまま、だらだらとテレビを見るのも・・・ん? テレビの側にあるPS・・・テレビゲーム機が目に留まる。 そう言えば、デジタルケーブルに変えたのが、随分前の事のように思えた。あの時、七夏ちゃんの様子が少しおかしかった事を思い出す。何か俺の言葉が伝わっていなかったような・・・なんだったんだろ? 更に記憶が甦って来た。


<<天美「じゃ、あたしに勝てたら、いいのあげるよ♪」>>

<<時崎「え? いいのって?」>>

<<天美「それは、あたしに勝ってからのお楽しみって事で!」>>


時崎「そう言えば・・・この音楽ゲーム、天美さんが話してた『いいの』って何だろ?」


・・・特にする事も無いので、これ、挑戦してみるかな・・・。俺はPSの音楽ゲームを起動した。映し出されたタイトル画面を見ると、以前の記憶がより色鮮やかになってくる。


時崎「とりあえず、説明書を確認しておこうかな」


説明書を見ていると、テレビの方から音楽が鳴り始めた。ゲームのデモが始まったようだ。俺は思い出すかのように、画面を眺める。しばらくすると、ハイスコア画面が表示され、1位には「KOKONA」という文字があった。この場所を俺が陣取れば、天美さんに勝ったという事になると言える。天美さんの『いいの』が気になリ始める・・・なぜなら、天美さんは俺よりも七夏ちゃんの事を知っている。天美さんの事を知る事は、七夏ちゃんを知る事に繋がると思うから。


・・・一時間経過・・・


時崎「これは、なかなか・・・」


・・・二時間経過・・・


時崎「なんとか、3位になった・・・もう少しだ!」


・・・3位以下は全て俺の名前を刻み込めたが、既に結構手が痛い・・・。こんな事をしていて良いのだろうか? その時---


七夏「柚樹さん!?」


七夏ちゃんが、顔を見せた。


時崎「七夏ちゃん!!」

七夏「えっと、それ・・・この前の?」

時崎「ああ。ごめんね。七夏ちゃん宿題してるのに・・・あ、宿題で何か分からない事とか?」

七夏「いえ。少し休憩です。喉も渇いてきましたので☆」

時崎「お茶でいいかな?」

七夏「あ、いいですよ。自分で煎れますから♪ 柚樹さんの分も用意しますね☆」

時崎「色々、申し訳ない・・・」


七夏ちゃんの事を知る事に繋がると思って頑張ってみたけど、このままゲームを続けていて、本当に良いのだろうか・・・。


七夏「柚樹さん、どうぞです♪」

時崎「ありがとう。七夏ちゃん」

七夏「柚樹さん、好きなのですか?」

時崎「え!?」

七夏「えっと、ゲーム・・・」

時崎「あ、ゲームか・・・まあ、それなり・・・かな? どおして?」

七夏「えっと、ここちゃーが、とってもゲーム好きなのですけど、私、あんまり得意じゃなくて・・・ここちゃーと一緒に楽しめたらなーって」

時崎「俺も、天美さんとゲームで渡り合える気がしないと思ってた所で・・・」

七夏「くすっ☆」

時崎「で、天美さんに勝てたら『いいの』くれるって話してた事を思い出して・・・」

七夏「あ、そう言えば、ここちゃーそんな事、話してました」

時崎「七夏ちゃんも、覚えてたんだ」

七夏「・・・それで柚樹さん・・・」

時崎「まあ・・・ね」

七夏「柚樹さん、ここちゃーの事が気になるのですか?」

時崎「え!?」


七夏ちゃんは、涼しい顔でそう話してきた。餅を焼いている様子は無い。それが、なんとなく寂しく思えたのは、今までの寄り添ってきてくれているかのような振る舞いを、涼しい顔で否定されたような気がしたからだ。


七夏「・・・・・」


七夏ちゃんは、涼しい顔のまま、瞳を閉じて、お茶をゆっくりと飲んでいる・・・。


時崎「天美さんの事が気になるのは確かだよ」

七夏「え!?」


七夏ちゃんが少し驚いたような顔を見せる。さっきまでの涼しい顔は何処へ・・・これは、続きを急ぐ必要がありそうだ。


時崎「天美さんを知る事は、七夏ちゃんを知る事になるからね!」

七夏「あっ!」


七夏ちゃんは、複雑な顔をしているが、俺は続ける。


時崎「もう少し、だと思う」

七夏「え!?」

時崎「得点・・・」

七夏「あっ! 私、応援しますから、頑張ってくださいね☆」

時崎「え? あ、ありがとう」


・・・それから、数回、七夏ちゃんの応援もあってか、何とか、天美さん超えを達成した。


時崎「や、やった! K点超えたぞ!」

七夏「柚樹さん、凄いです!」

時崎「七夏ちゃんの応援のおかげだよ!」

七夏「くすっ☆ 私、見てただけです☆」

時崎「後は、天美さんが確認してくれるといいんだけど・・・」

七夏「私、ここちゃーに電話で話してみます♪」

時崎「いやいや。七夏ちゃん! わざわざこんな事で電話しなくても・・・」

七夏「あ、えっと、明後日の事で、お話する事がありますので、その時に・・・」

時崎「なるほど・・・そういう事か」

七夏「ところで、柚樹さん?」

時崎「何?」

七夏「さっきお話してた『けーてん』って何かなって?」

時崎「K点の事か・・・単純に天美さんの『KOKONA』の頭文字だけど」

七夏「K点・・・そうだったのですね!」

時崎「ごめん。通じてたと思ってた」

七夏「くすっ☆」

凪咲「柚樹君。あら、七夏も一緒なの!?」

時崎「あ、凪咲さん! 何か手伝える事、ありますか?」

凪咲「ありがとう、柚樹君。これから、お昼の準備をしますから、何かあったら声をかけてもいいかしら?」

時崎「はい! もちろんです! あ、ここも片付けますね」

凪咲「そのままでもいいわ。ごゆっくりなさっててくださいね」

時崎「すみません」

七夏「柚樹さん、それじゃ、私もお昼の準備を始めますね☆」

時崎「ありがとう。七夏ちゃん」


・・・民宿風水で宿泊費を免除してもらう事になったのに、今までと同じように過ごしてしまっている・・・。待っているだけでは、このままになってしまいそうだ。なんとか、自分から手伝える事を見つけないと・・・。手伝える事が見つからないのなら、七夏ちゃんや、凪咲さんが喜んでくれる事を考えなければ・・・。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


凪咲さん、七夏ちゃんと頂く昼食中も、色々考えていると、どうしても口数が少なくなってしまう。


七夏「柚樹さん? どうかしましたか?」

時崎「え!?」

七夏「難しい顔・・・しているみたいですから・・・」

時崎「え!? ごめん」

凪咲「雨・・・降っていると、お出掛けも難しいからかしら?」

時崎「まあ、それもありますけど・・・。ここは居心地が良いですから・・・って、これは、前にも話したかな?」

凪咲「はい♪ ありがとうございます!」


・・・七夏ちゃんの事をもっと知りたい。そう思って、今日は天美さんの記録に挑んだけど、七夏ちゃん本人は、あまり俺自身の事を訊いて来ない。この理由はなんとなく分かる。七夏ちゃんは民宿育ちだから、お客様の個人的な事を、あまり自分からは聞かないようにしているようだ。だから、俺もそんな七夏ちゃんの事をあまり訊きたくても訊けないままとなっている。でも、七夏ちゃんは、訊いてこない分、行動で表す事がある。寄り添ってくるような言動がそれだ。七夏ちゃんは、訊きたい事があると、それを相手に気付かせ、相手から話してもらえるように振舞う事が過去に何度かあった。俺が七夏ちゃんに訊きたい事も、同じように、七夏ちゃんから話して貰える様にならなければ、七夏ちゃんの気持ちを知る事は難しいだろう。


七夏「それじゃ、私、宿題を進めますので」

時崎「ありがとう。頑張って!!」

七夏「はい☆ ありがとうです♪」


・・・七夏ちゃんは、今日はずっと宿題を進めるのかも知れない・・・。民宿風水で、何か出来る事はないか・・・とりあえず、部屋に戻って、考える事にする。MyPadで今まで撮影した七夏ちゃんの画像を眺めていると、その時の出来事が甦ってくる。


時崎「あ、そう言えば!」


「セブンリーフのフォトスタンド」用に、七夏ちゃんの写真を渡す事・・・その写真のプリント依頼を忘れていた。雨が上がったら、写真屋さんに依頼にゆこうと思う。それと、凪咲さんから頼まれているアルバムの件、撮影した写真を、そのままプリントして渡すだけでは味気ない。せっかくだから、民宿風水での日常を、アルバムとして纏めてみるのはどうだろうか? その方が、自然な七夏ちゃんを撮影できる事になりそうだ。

俺は、今まで撮影してきた七夏ちゃんの写真画像を、レイアウトデザインソフトで、時系列に並べてみる。これを編集/装飾して、賑やかなアルバムにしてみるのはどうだろうか。その方が七夏ちゃんや凪咲さんも喜んでくれると思う。このレイアウトデザインソフトで作ったアルバムデータは、そのままデジタル入稿で、本物のアルバムに製本できるのが売りなのだけど、今までそれを行った事は無いから、これに挑戦してみようかと考える。

七夏ちゃんの写真をトリミングして、レイアウトしてゆく・・・ちょっとしたアクセントに「小物」や「ふきだし」も配置できるが、ふきだしは、七夏ちゃんの協力が必要になりそうだ。


七夏ちゃんの写真と別の背景を合成しようとすると、単純なトリミングではなく、輪郭を切り抜く作業となる。これが中々骨の折れる作業になる為、時間の事を考えると、選ぶ写真は厳選する必要がある。俺は、七夏ちゃんお勧めの場所で撮影した七夏ちゃんの写真から、凪咲さんが喜んでくれて、今回の写真撮影の「かけ橋」となった七夏ちゃんの笑顔の写真・・・この一枚を選んでみようと思う。


時崎「これは・・・なかなか大変な作業だ・・・」


大変な作業だけど、七夏ちゃんとずっと目が合っているような気がして・・・それが応援してくれているように思えて楽しい。時間の経過を忘れて切り抜き作業に没頭した。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


切り抜き作業に集中していると、急にMyPadの画面が見えにくくなった。その理由は、窓から日の光が差してきたからで、雨は上がったようだ。


時崎「ん・・・ちょっと疲れたな・・・」


・・・ずっと、同じ姿勢で作業をしていたので、肩と首に痛みを覚える。雨も上がったみたいだから、写真屋さんへ出かける事にする。


時崎「凪咲さん!」

凪咲「あら。柚樹君。雨は上がったみたいね」

時崎「俺、これから出掛けますけど、何かお使いとかありますか?」

凪咲「ありがとうございます。では、お願いしてもいいかしら?」

時崎「はい!」


俺は凪咲さんから買い物メモを受け取る。


凪咲「本当は、七夏に頼もうと思っていたのですけど・・・」

時崎「七夏ちゃんは、今日、ずっと宿題進めているみたいですから・・・」

凪咲「そうなの?」

時崎「はい。七夏ちゃん、明後日、天美さんと海へお出掛けするらしいので」

凪咲「あ、その事なのですけど、柚樹君にお願いしてもいいかしら?」

時崎「え!?」

凪咲「七夏に付き添ってもらえないかしら?」

時崎「いいんですか!?」

凪咲「はい。やはり、高校生になったとはいえ、女の子だけで海って言うのは、ちょっと心配もあって・・・」

時崎「俺は、構わないですけど、七夏ちゃんたちがどう言うか・・・」

凪咲「ありがとうございます! 七夏には、私から話しておきますので」

時崎「分かりました。七夏ちゃんの笑顔も撮影しますので!」

凪咲「まあ! ありがとうございます!」

時崎「それでは、出かけてきます!」

凪咲「はい。あっ!」

時崎「え!?」

凪咲「お買い物で分からなかったら、無理しなくていいですから」

時崎「はい。その時は、電話で連絡します・・・って、電話番号は・・・」


・・・今まで、民宿風水の電話番号を知らない事に色々な意味で驚く・・・


凪咲さんから電話番号を聞いて、携帯端末に登録した。


時崎「それじゃ。行ってきます!」

凪咲「はい。お気をつけて!」


俺は、写真屋さんで、七夏ちゃんの写真のプリント依頼を行った。レイアウトデザインソフトでのデジタル入稿が可能かどうかも確認した所、完成サンプル品を見せてもらえた。やはり、実際にアルバムになると、デジタルデータとは違って存在感と、温かみが増すように思える。俺が作ろうとしているアルバムも、こんな形で凪咲さんに渡せるといいなと、改めて思った。アルバムを賑やかにするには、七夏ちゃんの協力も必要だ。けど、七夏ちゃんと一緒にアルバムを作ると、七夏ちゃんを驚かせる事は出来ない・・・。俺は、七夏ちゃん用にも、別の形でアルバムを作ろうと計画する事にした。七夏ちゃん用のアルバムは普通のアルバムではなく、何かもっと印象に残るようなアルバムに出来ないだろうか?


凪咲さんから頼まれたお買い物は「玉子」「牛乳」といった、馴染みの食材だったので、特に迷う事はなかった。俺は買い物を済ませて、民宿風水へと戻る。


時崎「ただいまー」


留守って事はないと思うが・・・返事がない。俺は台所へと移動し、買ってきた食材を冷蔵庫に入れておく。


時崎「ん? これは・・・今日は、あさりの味噌汁かな?」


そこにはボールの上にザルをかぶせて水が張ってあり、あさりと包丁が一緒に入っていた。どうやら、あさりに砂吐きをさせているようだが、包丁を入れっぱなしとは、物騒だなと思ったりしていると---


七夏「あ、柚樹さん。おかえりなさいです☆ どうかしました!?」

時崎「七夏ちゃん、これは!?」

七夏「あ、今夜のお夕食は、あさりのおすましもありますので☆」

時崎「そうじゃなくて、この包丁、置きっぱなしは、危険だなと思って」

七夏「えっと、あさりさんの砂吐きの時は、いつもこうしてます♪」

時崎「そうなの?」

七夏「はい☆ お母さんが作る時もそうしてます☆」

時崎「という事は、包丁をしまい忘れてた訳ではないのか・・・」

七夏「くすっ☆ 知らなかった場合は、そう思ってしまいますよね」

時崎「で、包丁を入れると、どんな効果があるの?」

七夏「えっと、あさりさんの砂吐きが捗ると聞いてます」

時崎「確かに、あさりを食べた時にジャリってなると、少しイラッ! とするかも?」

七夏「そ、そうならないように気をつけます・・・なったら、すみません」

時崎「あ、いやいや、それはそれで、いい思い出になるよ!」

七夏「くすっ☆」

時崎「凪咲さんは?」

七夏「えっと、お母さんは、お風呂場で、お洗濯を取り込んでると思います☆ 今日は雨だったので」

時崎「なるほど・・・凪咲さんからのお買い物は、冷蔵庫に入れておいたから」

七夏「はい☆ ありがとうです♪」


夕食の時間まで、まだ少しある。凪咲さんに、お買い物の事を話しておこうと思い、風呂場へ移動する。


時崎「凪咲さん!」

凪咲「あ、柚樹君! お帰りなさいませ!」

時崎「ただいまです」

凪咲「ごめんなさいね。気が付かなくて」

時崎「いえ。お買い物は、冷蔵庫に入れて、七夏ちゃんにも伝えてますから」

凪咲「ありがとうございます!」

時崎「あと、お買い物メモ、レシートと、おつりです」

凪咲「はい」

時崎「他に何か手伝える事は無いですか?」

凪咲「ありがとうございます。では、ここにあるのを、和室に運んでくれるかしら?」

時崎「分かりました。場所は・・・」

凪咲「押入れの前にお願いします」

時崎「はい!」


凪咲さんに頼まれた物を運ぶ。お布団のシーツやタオル、浴衣だろうか・・・。


時崎「凪咲さん、他には・・・」

凪咲「ありがとう。後は大丈夫ですから、七夏のお手伝いがあれば、お願いできるかしら?」

時崎「はい!」


俺は、七夏ちゃんの居る台所へと戻る。


七夏「あ、柚樹さん♪ お夕飯、もう少し待ってくださいね☆」

時崎「ありがとう。七夏ちゃん!」

七夏「昨日は、『あおさのお味噌汁』でしたので、今日は『おすまし』にしますね☆ おすましの方が、あさりの香りと風味をしっかりと楽しめます♪


七夏ちゃんは先ほどのあさりで、「おすまし」を作っているようだ。お玉から小皿へと、ダシを移して味見をしている。


七夏「えーっと・・・」


その様子を見ていた俺と目が合う。翠碧色になったその瞳に少し動揺する。


時崎「あ、ゴメン・・・じろじろと見てしまって・・・」

七夏「いえ・・・。あ、柚樹さん!」

時崎「え!?」

七夏「良かったら、味見してくれませんか!?」

時崎「いいの?」

七夏「はい☆」


そう話すと、七夏ちゃんは、お玉から小皿へとダシを移して、俺の方に差し出してきた。これは、今、七夏ちゃんが味見をしていた時に使っていた小皿だ・・・つまり・・・これは・・・所謂・・・更に動揺が大きくなってきた。


七夏「??? どうかしました?」

時崎「あ・・・いや・・・なんでも・・・」


七夏ちゃんの翠碧色の瞳を間近にすると、視線を逸らしてしまいそうになるが、差し出してきた小皿に視線を移し、手を伸ばす。


七夏「はい☆ どうぞ♪」

時崎「ありがとう」

七夏「どう・・・かな?」

時崎「いい味・・・だけど、ちょっと薄味かな?」

七夏「味・・・薄いですか?」

時崎「まあ、ほんの少しだけ・・・」

七夏「では、もう少し味を強めにしますね♪」

時崎「七夏ちゃんの、好みの味で構わないよ」

七夏「ありがとうございます! 私も少し味が弱いかなって、思ってましたので」

時崎「そうなの?」

七夏「はい☆ この本の通りに作ってみたのですけど・・・」

時崎「なるほど、分量は間違って無いけど、結果が思っていたのと違うという事か・・・」


俺は、小皿を七夏ちゃんに渡す。七夏ちゃんは、調味料を計量スプーンにとり、加える。そして、何やらノートにメモを取っているようだ。その後、お玉から小皿へと、ダシを移して再び味見をする・・・先ほど俺が渡した小皿だと思うと、顔が熱くなってきた。


七夏「えっと・・・このくらいかな・・・柚樹さん?」


そう話すと、七夏ちゃんは、お玉から小皿へダシを移して、俺の方に差し出してきた。この小皿は、七夏ちゃん→俺→七夏ちゃん・・・と、既に一往復達成している・・・だけど、熱くなった俺の顔をよそに、涼しそうな表情で小皿を差し出してくる七夏ちゃん・・・七夏ちゃんは、気にならないのだろうか?


七夏「??? どうかしました?」

時崎「あ・・・いや・・・なんでも・・・」


先ほどと同じような会話・・・。だけど、熱くなった顔に気持ちが持ってゆかれているからなのか、先程よりも何故か心の動揺は少なくなっている気がする。


七夏「はい☆ どうぞ♪」

時崎「ありがとう」

七夏「どう・・・かな?」

時崎「いい味・・・美味しいよ! 七夏ちゃん!」

七夏「良かった♪」


七夏ちゃんは、先ほどと同じように何かをノートに記しているようだ。


時崎「何を書いているの?」

七夏「えっと、お料理の記録です♪」

時崎「毎回、記録してるの?」

七夏「えっと、お手本に書かれている事と違う事をした場合、記録してます☆ 同じ材料でも季節によって味が変わりますから」

時崎「なるほどねー。そこまで考えた事が無かったよ」

七夏「くすっ☆ これは、お母さんの受け売りです☆」

時崎「それでも、さすがというべきだよ」

七夏「他には、柚樹さんが美味しいって話してくれた事も記録しています♪」

時崎「え!?」

七夏「えっと、私だけの判断ではなくて、客観的に判断できるように・・・って・・・その・・・柚樹さんの好みも、覚えておきたいなって・・・」


七夏ちゃんの顔が少し赤くなっているような気がした。このままでは二人とも熱膨張で蒸発してしまいそうだ。俺は気持ちを切り替える。


時崎「七夏ちゃん! 今日の夕食、楽しみにしてるよ!」

七夏「え!? はい☆」


俺は居間へと移動した。このままここに居ると、息が詰まりそうになりそうで、つい距離を取ってしまう・・・。七夏ちゃんとの程よい距離感が分からないままだ。虹は近づき過ぎると見えなくなる・・・一度見えなくなると、虹の方から歩み寄ってくれないと、見つけるのは難しい。俺は、虹がもっとも輝いて見える距離を探し続けていた。


第十四幕 完 


----------


次回予告


虹が見える所に居たい・・・一緒の時を過ごせる喜びは、いつしか幸せへと変わる。


次回、翠碧色の虹、第十五幕


「ふたつの虹と一緒に」


無関心な事でも、大切な存在の関心事であれば「無」ではなくなってゆくのだと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る