第十幕:虹へ未来の贈り物

自分の部屋で少し考え事をしているのだが、どうも落ち着かない・・・俺は、気分転換に居間へと移動する。テレビでも見ようかと思い・・・PSとソフトに目が留まる・・・昨日も確認したが、やはりソフトのラインナップが結構マニアックだ・・・七夏ちゃんの趣味とは思えない・・・ましてや、凪咲さんの趣味・・・とは、もっと思えない・・・という事は!?


??「ただいま」


玄関から声がした。


凪咲「あら、あなた!? お帰りなさい」


台所から、凪咲さんが顔を見せる。居間に居た俺も慌てて挨拶を・・・。


時崎「あ、えっと・・・」

??「いらっしゃいませ。水風みずかぜ直弥なおやと申します」

時崎「あ、と、時崎ときさき柚樹ゆたと申します」

直弥「ごゆっくりどうぞ」

時崎「あ、ありがとうございます」


声が聞こえたのか、二階に居た七夏ちゃんも、姿を見せた。


七夏「あれ? お父さん!? お帰りなさいです☆」

直弥「ただいま。七夏」


「水風」という名前から、すぐに民宿風水のご主人、つまり、七夏ちゃんのお父さんだという事は分かった。というよりも、七夏ちゃんが「お父さん」って話している。突然の七夏ちゃんのお父さんの登場に、俺は少し動揺している。


凪咲「あなた? 来月になるまで、研修で帰ってこれないって話してたけど・・・」

直弥「ちょっと臨時が入って、こっちまで戻ってきただけで、またすぐ出発しないと」

凪咲「まあ、今日くらいは、ゆっくりできないのかしら?」

直弥「すまない。今日の夕方からまた出発なんだよ」

凪咲「そう・・・なの・・・」

直弥「まあ、来週には予定通り、戻ってこれるから」

凪咲「はい! あ、すみません。今、お茶を煎れますね」

直弥「ありがとう、凪咲。ちょっと荷物置いてくるよ」

凪咲「はい」


凪咲さんは台所へ、七夏ちゃんのお父さん・・・直哉さんは、自分の部屋に向かったのだろうか・・・。七夏ちゃんと二人きりになる。


時崎「七夏ちゃん」

七夏「はい!?」

時崎「臨時とか出発って、七夏ちゃんのお父さんって、何のお仕事なの?」

七夏「えっと、車掌さん・・・です☆」

時崎「車掌さん・・・」

七夏「列車の一番後ろに居る人です」

時崎「なるほど」

七夏「今は、何かの研修みたいですけど、長距離列車の時や、遠くの駅でのお仕事の場合、しばらく家には戻って来れない事があって・・・」

時崎「出張・・・みたいな感じかな?」

七夏「はい☆ そう・・・ですね。」

時崎「そうか・・・ふぅー・・・」


俺は、何か力が抜けたかのように、ぐったりと床に座り込んだ・・・。


七夏「ゆ、柚樹さん!? ど、どおしたのですか!?」


氷が解けた・・・。俺は、今まで七夏ちゃんのお父さんを見かけなかったし、七夏ちゃんや凪咲さんも、お父さんの話をしなかったので、もしかしたら・・・という思いがあって、なかなかその事・・・七夏ちゃんのお父さんの事を、切り出せなかったのだ。


時崎「いや、なんでもない」

七夏「???」


・・・と、そこへ、七夏ちゃんのお父さんが、何か手にして、こちらに来た。


直弥「七夏・・・これ・・・」

七夏「なぁに?」

直弥「少し遅くなったけど、お誕生日、おめでとう!」

七夏「わぁ☆ ありがとう!!」


今日は、七夏ちゃんの誕生日!? ・・・いや、少し遅くなったという事は、数日前か・・・。知らなかったとはいえ、ちょっと悔しい気持ちになっている自分に気付く・・・。


直弥「開けてごらん」

七夏「はい!」


七夏ちゃんは、高くなっている感情とは逆に丁寧に包みを開ける。俺も、自分のプレゼントではないのに、その中身に意識と視線が吸い込まれる。


七夏「こ、これはっ!!」

時崎「おぉー!!」


それは「MyPad Little」というタブレット端末。七夏ちゃんくらいの年の子にしては、とても高価なプレゼントだった。


七夏「お、お父さん! いいの?」

直弥「ああ、七夏。前からほしがっていただろ?」

七夏「ありがとうです!!!」

時崎「七夏ちゃん! 良かったね!」

七夏「はい!!!」


・・・と、そこへ凪咲さんも現れる。


七夏「あ、お母さん!! お父さんがこれ!!」


その一言だけ聞くと、何の事か分からないが、七夏ちゃんが、それだけ喜んでいるという事が伝わってくる。


凪咲「まあ、良かったわね! 七夏!」

七夏「はい!!」


「MyPad Little」を嬉しそうに眺めている七夏ちゃんに気付かれないように、凪咲さんが、お父さんに小声で何か話しているようだ。


凪咲「(ちょっと、あなた・・・あれ、高かったのではないの?)」

直弥「(まあ、それなりに高価な商品だけど・・・)」

凪咲「(もうー・・・)」

直弥「(実は、携帯電話のポイントが知らない間に結構増えてて、そのポイントに少し足しただけで、買えたんだよ)」

凪咲「(まあ! そうだったの!?)」

直弥「(ポイントの有効期限も迫ってたみたいだし、ちょうど良かったんだ・・・おっと、この事は、七夏には内緒で頼むよ)」

凪咲「(はい!!)」


俺は、七夏ちゃんのご両親の話がなんとなく聞こえてきたが、聞かなかった事にする。それより、俺も、七夏ちゃんに何かプレゼントをしてあげたいと思った。


時崎「七夏ちゃん!!」

七夏「はい!?」

時崎「俺も、七夏ちゃんに何かプレゼントするよ!」

七夏「柚樹さんからは、お誕生日にプレゼント、貰ってます☆」

時崎「え!?」

七夏「えっと、セブンリーフの写真立て・・・」

時崎「あっ、あの時の・・・」


俺は思い出す・・・七夏ちゃんと再会できたあの日、七夏ちゃんが写真屋さんへと案内してくれて、その時、七夏ちゃんが見つけたセブンリーフの写真立て・・・。


時崎「あの日、七夏ちゃんお誕生日だったんだ・・・話してくれれば良かったのに・・・」

七夏「そんな・・・ほぼ初対面のお客様に『今日お誕生日です』なんて言えません・・・」


確かに、七夏ちゃんの言うとおりだ。「今日、お誕生日です」なんて言うと、プレゼントを催促する事になる。七夏ちゃんの性格から、それは考えられない・・・と納得した。


七夏「あの時、柚樹さんが写真立てをプレゼントしてくれて、とっても嬉しかったです!」

時崎「まあ、結果的に・・・なんだけど、七夏ちゃんのお誕生日にプレゼントできていたみたいで、良かったよ・・・過去へのプレゼントみたいで、ちょっとくやしいけど」

七夏「くすっ☆ 今は過去でも、お誕生日の時は未来です!」

時崎「そうか・・・。そうだ、七夏ちゃん!」

七夏「はい!?」

時崎「その『MyPad』に七夏ちゃんの写真を送るよ」

七夏「わぁ☆ ありがとうです!」

時崎「それから、その『MyPad』用のカバーも見に行かない?」

七夏「え!? いいのですか?」

時崎「勿論! 七夏ちゃんさえ都合がよければ」

七夏「はい! ありがとうございます!」


直弥「(凪咲)」

凪咲「(はい?)」

直弥「(七夏は、あのお客様とよく話しているみたいだが)」

凪咲「(そうね。気になるの?)」

直弥「(ま、まあ・・・一応・・・)」

凪咲「(七夏が、あなた以外の男の人に懐いているのは、私も見た事ないから)」

直弥「(時崎君だったかな・・・また、話す機会があるかも知れないな・・・)」

凪咲「(七夏にとっては、もう普通のお客様じゃないかも知れないわね。心配?)」

直弥「(心配というよりも、俺は、七夏の直感を信じるよ)」

凪咲「(それは、私も同じ・・・かしら?)」

直弥「(凪咲の直感には感謝してるからね)」

凪咲「(あら、昔の事を思い出すわ・・・)」


七夏ちゃんの「MyPad Little」は「WiFiモデル」で記憶容量も最小限のようだが、それでも最新モデルの為、俺の「MyPad」に迫るスペックだ。電化製品の進歩の凄さを、改めて実感する。


七夏「柚樹さん?」

時崎「どおしたの?」

七夏「説明書がありません・・・」

時崎「あー、説明書か」


そう、この製品にはいわゆる分厚い「取扱説明書」は無い。実際に操作しながら覚えろという事だ。これは、俺がMyPadを手にした時、同じような事を思ったりした。小説を読む事が好きな七夏ちゃんは、最初にしっかり説明書を読むタイプなのだろうか・・・。


七夏「説明書ってないのですか?」

時崎「MyPadは実際に操作しながら直感的に覚える人が多いみたいだよ。俺もそうだったし・・・でも、最初は戸惑ったな」

七夏「そうなのですね・・・」

時崎「あ、不安だったら、使い方を解説した本も沢山あるはずだから、それも見てみる?」

七夏「はい! 色々ありがとうです!」

時崎「操作方法とか分からなかったら、いつでも訊いてくれていいから」

七夏「はい! 頼りにしてます!」


七夏ちゃんのお誕生日は、7月23日という事が分かった。という事は、七夏ちゃんと初めて出逢った日は7月21日・・・終業式の日だろうか。そう考えると、次の日、学校やバス停で七夏ちゃんを見つけられなかった理由も納得できる。当時、何故その事に気付かなかったのだろう・・・。これからは、もっと、色々な事に神経を使うべきだと思った。


俺は、七夏ちゃんの「MyPad Little」の初期設定を行ってあげる。七夏ちゃんは目を輝かせながら、その様子を見ている。とりあえず、動くようになったが、通信関係の設定が出来ていない・・・これでは、タブレット端末としての魅力が半減してしまう。「WiFiモデル」の為、通信関係は、ネットワーク機器が必要になる。とりあえず、俺の持っている通信機器と接続し、オンラインの世界に繋いでおく。


時崎「これでいいかな・・・。はい! 七夏ちゃん!」

七夏「ありがとうです♪ 柚樹さんって、電気屋さんみたいです☆」

時崎「え!?」

七夏「だって、テレビゲームも直してくれました♪」

時崎「あー、PSの事か!」

七夏「はい☆」

時崎「まあ、それなりに知っているくらいだけど、七夏ちゃんのお役に立ててよかったよ」

七夏「くすっ☆ 頼りになります」

時崎「七夏ちゃんは、小説読むの、好きなんだよね?」

七夏「はい☆」

時崎「この『MyPad Little』で気軽に電子小説が読めるから」

七夏「わぁ☆ 楽しみです!」

時崎「まだ、色々と設定する事は残っているけど、少しずつ説明して覚えてもらう方がいいかな」

七夏「はい☆ お世話になります!」


俺は、七夏ちゃんに「MyPad Little」の基本的な使い方を説明した。電子小説の所で、七夏ちゃんが夢中になってしまったので、説明を終える頃には、結構な時間が経過していた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


直弥「それじゃ、凪咲、七夏」

凪咲「はい。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」

七夏「お父さん、次はいつ戻ってこれるの?」

直弥「来週の中頃の予定かな・・・それじゃ!」

七夏「はい☆」

直弥「時崎くん・・・ごゆっくりどうぞ!」

時崎「は、はい!! お気をつけて!」


七夏ちゃんのお父さんを三人で見送る・・・。半日ほどの事だったが、妙に疲れた感がする・・・。俺はひとまず居間で一息つく・・・そこで、目に付いたのはPSとソフト。・・・なるほど・・・この電車のソフトとかは、七夏ちゃんのお父さんの趣味か・・・と、勝手に納得した。少しずつではあるが、七夏ちゃんの家庭の色が見えてくるのを嬉しく思ってしまうのは、あつかましい事なのかも知れない。でも、民宿風水には、不思議な魅力があって、今まで形式的に過ごしていた宿泊施設とは明らかに違う。民宿っていいなと、改めて実感するのだった。


第十幕 完


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次回予告


太陽から生まれる虹は、とても暖かな光に見える。自然な虹の存在は、自然な光・・・太陽があってこそだと思う。


次回、翠碧色の虹、第十一幕


「ふたつの虹と太陽と」


俺は、自然な光源に照らされて、再び輝く虹の光をしっかりと受け留めたい・・・。自然な虹を知るには、太陽を知る必要がありそうだ。

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