第九幕:見えていない虹

昨日、凪咲さんに見せてもらった七夏ちゃんのアルバムには、ある時期から七夏ちゃんの笑顔が無くなっていた・・・。無い物は補えばいい。だったら、これから笑顔の写真を沢山撮影すれば良いという事だ。勿論、七夏ちゃんが、その事を望んでいる事が大前提なのは言うまでもない。笑顔という単語で、ある事を思い出す。俺が使っている写真機は顔認識や笑顔認識機能が備わっている。普段あまり人の写真を撮らなかった俺は、この機能を「OFF」にしていたが、人の笑顔を積極的に撮ろうと考えると、この機能を「ON」にしてみるのも良いかも知れない。忘れないうちに写真機の顔認識、笑顔認識機能を「ON」にした。


時崎「よし! これで七夏ちゃんの笑顔、沢山撮影できるかな」


そう言えば、七夏ちゃんは、自分の瞳の色が変わるのが分からないと、話してくれた。そんな事は、鏡を見ればすぐに分かりそうな事だけど・・・。俺は、七夏ちゃんの部屋の前に移動する。


時崎「七夏ちゃん居るかな?」


俺は、七夏ちゃんの部屋の扉をノックした。しかし、返事が返ってこない。


時崎「居ないかな・・・」

七夏「柚樹さん!? どおしたのですか?」

時崎「あ、七夏ちゃん。今、部屋に居るかなと思って」

七夏「すみません。一階に居ました。何か御用ですか!?」

時崎「ちょっとお話ししたいなって」

七夏「わぁ☆ ありがとうございます!」

時崎「いいの?」

七夏「はい☆ それでは、私のお部屋へ・・・どうぞ♪」


そう言うと、七夏ちゃんは、お部屋の扉を開けてくれた。


時崎「ありがとう」

七夏「あ、ごめんなさい。さっきまでの宿題が・・・」


俺に「どうぞ」と言ってくれた七夏ちゃんは、少し慌てた様子で俺より先に部屋に入って、机の上の教科書やノートを片付けはじめた。


時崎「気にしなくていいよ。午前中に宿題とは・・・真面目だなー」

七夏「午後になると暑くなりますから・・・頭も、ぼーっとしてきちゃって・・・」

時崎「なるほど。でも、夜も涼しくなると思うけど」

七夏「夜は疲れたり、眠たくなったりしますから・・・」


七夏ちゃんが、午前中に宿題を行うのは、理にかなっていると思った。


時崎「七夏ちゃんは偉いね。午前中に宿題を済ませて、民宿のお手伝いもして。俺なんて、宿題は夏休みの後半に追い込まれないと手を付けなかったし、家の手伝いも殆ど行ったことないよ」


七夏「じゃあ、これから沢山お手伝いしてあげると、良いと思います☆」

時崎「そう考えられるのが、俺と根本的に違うところか・・・」

七夏「私、変わってるのかなぁ・・・」


七夏ちゃんはそう呟いた。確かに七夏ちゃんは少し変わっている。けど、それは良い意味なので、気にする事はないと思う。


時崎「七夏ちゃんは変わっていないよ。変わっているとしたら、それは、とても魅力的な方向だから・・・俺はそんな七夏ちゃんが羨ましいよ」

七夏「羨ましい・・・」


そう呟いた七夏ちゃんは、少し複雑な表情になってしまった。


時崎「ん? 俺、何か、気に障る事を言ったなら謝るよ」

七夏「いえ、その『羨ましい』って言う言葉。私にはちょっと重たくて・・・」

時崎「ごめん。気をつけるよ。良かったら理由を聞かせてくれるかな?」

七夏「えっと、私、目が羨ましいって、言われる事があって・・・」


七夏ちゃんの瞳が羨ましい・・・そりゃ、多くの人がそう思っても不思議ではないだろう。かく言う俺も、七夏ちゃんの瞳に魅せられているのは確かだ。


七夏「私、自分の目の事は良く分かっていなくて・・・」

時崎「分かっていない?」

七夏「はい。みんなは、私の目の色が変わるって言うのですけど、私には・・・」


その続きは俺にも分かる。それは前に七夏ちゃんが話してくれた事。自分の目の色が変わる事を、自分では確認できないという事らしい。鏡を見れば、すぐに分かりそうだが、そんな事は、既に実行しているだろう。第一、お洒落な女の子が、鏡で自分の姿を見ないなんて、考えにくい。


時崎「七夏ちゃんは、自分の目の色は、いつも翠碧色に見えているんだよね」

七夏「翠碧色・・・あ、柚樹さんが撮ってくれた私の写真の色?」

時崎「そう、その色が翠碧色」

七夏「はい・・・。私、自分で鏡を見ても、目の色が変わるようには、見えないです」


やっぱり、既に鏡で確認しようとしていたみたいだ。ん? そう言えば七夏ちゃんと目が合うと瞳の色は翠碧色・・・という事は、七夏ちゃん自身が鏡で自分の目を見ても、その時の瞳の色は、当然翠碧色になっているのでは? 七夏ちゃん自身が鏡から視線を逸らしつつ瞳を見る方法・・・三面鏡だ!


時崎「七夏ちゃん!」

七夏「は、はいっ!」

時崎「三面鏡ってある?」

七夏「三面鏡・・・えっと、一階の和室にあります」

時崎「ちょっと借りてもいいかな?」

七夏「はい。では、案内しますね」


俺は、七夏ちゃんに案内され、一階の和室へ向かう。


凪咲「あら、七夏、柚樹君。どおしたのかしら?」

七夏「お母さん。三面鏡借りてもいい?」

凪咲「いいわよ」

時崎「凪咲さん、ありがとうございます」

凪咲「はい。どうぞ」


七夏ちゃんと三面鏡の前まで来た。


七夏「柚樹さん?」


七夏ちゃんが、どうすればいいのか分からず、視線を送ってきた。


時崎「七夏ちゃん、三面鏡の前に座って」

七夏「はい」


七夏ちゃんを三面鏡の前に座らせて、三面鏡の左右の鏡扉を開ける。


七夏「・・・・・」


俺は、三面鏡の左右の鏡扉の角度を変え、七夏ちゃんの瞳の色が変わる角度を探す。鏡扉に瞳の色が変わっている七夏ちゃんが映し出される。


時崎「七夏ちゃん、あっちに映ってるっ!」

七夏「えっ?」


七夏ちゃんはその方向を見てしまう・・・すると、せっかく色が変わっていた瞳が翠碧色になってしまった」


七夏「えっと・・・」

時崎「七夏ちゃん、そのまま正面見てて」

七夏「はい」


俺は、もう一度、鏡扉の角度を変え、瞳の色が変わった所で、


時崎「七夏ちゃん、ほらっ!」

七夏「え!?」

時崎「この方向・・・」

七夏「え? どこですか?」

時崎「ここ・・・」


俺は七夏ちゃんの目線に近くなるように、自分の目線を近づける。


七夏「柚樹さん?」

時崎「ん? おわぁっ!!」

七夏「ひゃっ!!」


此方に振り返った七夏ちゃんの顔が、俺の目の前にあって、かなり驚いた。もうひとつ驚いたのは、間近で見た七夏ちゃんの瞳の色が、左右で異なっていた事だ。この理由は分かる。見る角度によって色が変わる「ふたつの虹」に近づけば、視点に対し、ふたつの目の注視点の間隔は広くなる。「オッドアイ」のように見えたふたつの虹・・・これは、今までは「見えていない虹」であった。


時崎「ごめんっ!」

七夏「いえ、私こそ、びっくりしちゃって」

凪咲「七夏!? どうしたの?」


今の大きな声で、凪咲さんが声をかけてきた。


七夏「な、なんでもないですっ! 柚樹さん、ごめんなさい。また後でっ!」


そう言うと、七夏ちゃんは慌てて自分のお部屋に戻ってしまった。後で謝っておかないと。


時崎「凪咲さん。三面鏡、ありがとうございました」

凪咲「はい」

時崎「ちょっと、七夏ちゃんに謝ってきます」

凪咲「大丈夫じゃないかしら? 七夏、恥ずかしがっているだけみたいだから」

時崎「え? そうなのですか?」

凪咲「七夏、『また後で』って、言ってたから」


そう言えば、ちょっと焦ってて気が付かなかったが、確かに「また後で」と言われた気がする。


時崎「ありがとうございます」

凪咲「柚樹君。和菓子があるから、どうぞ。後で七夏にも渡してくれるかしら?」

時崎「はい。ありがとうございます」


結局、七夏ちゃん自身は、瞳の色が変わる事・・・「ふたつの虹」は「見えていない虹」となっている。俺は、七夏ちゃんに本当の瞳の色を伝えてあげたいと思い、なんとかその方法がないか考える事にした。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


しばらく考えてはみたが、瞳の色が変わる原理は分かっても、それが何故、七夏ちゃんには分からないのか、わからない・・・。


「カラン」と、音がした・・・凪咲さんから貰った緑茶の氷が解けてゆく・・・。

凪咲さんに、七夏ちゃんの分の緑茶を貰い、和菓子を持って、七夏ちゃんのお部屋に向かう。七夏ちゃん・・・落ち着いたかな・・・軽くドアをノックする。


七夏「はーい☆」

時崎「七夏ちゃん!」

七夏「あっ、ちょっと待ってください」


すぐに扉がそっと開いた。


時崎「七夏ちゃん、さっきはごめん」

七夏「いえ、柚樹さんの顔がとても近かったから、ちょっと恥ずかしくなって・・・」

時崎「これ、凪咲さんから」


俺は、和菓子と緑茶を乗せたお盆を七夏ちゃんに渡す。


七夏「ありがとうございます。あれ? 柚樹さんの分は?」

時崎「ああ、俺はさっき頂いたから。これは七夏ちゃんの分」

七夏「私のお部屋で、ご一緒できれば良かったのに・・・あ、私がお部屋に駆け込まなければ良かったんですよね」


今の言葉で、凪咲さんの言ったとおりであった事に、ほっとした。


七夏「柚樹さん。どうぞ♪」


七夏ちゃんは、お部屋に案内してくれた。けど、七夏ちゃんは、しばらく一人の方が良いだろうと思った。それに、俺が七夏ちゃんの部屋に居ると、七夏ちゃんの性格からして自分の分しかない和菓子は食べないだろう。


時崎「ありがとう、七夏ちゃん。ちょっと調べたい事があるから、俺は部屋に戻るよ」

七夏「・・・はい。それじゃ、また・・・」

時崎「ああ」


七夏ちゃんは、自分の目の色が変わる様子を、自分でも確認したいと思っているという事が分かった。もし、それを望んでいないのなら、これ以上、踏み込む事は、七夏ちゃんを悲しませてしまう事になりかねない。三面鏡では七夏ちゃん自身は確認できなかったようだが、俺は七夏ちゃんに、七色に変化する瞳が確認できる別の方法が無いかを探す事にした。三面鏡は、七夏ちゃんに同じ思いをさせてしまう事になるだけだから・・・。


時崎「そうだ、笑顔!!」


三面鏡の件に気を取られてしまったが、七夏ちゃんの笑顔を撮影する事の方が今は大切だと思う。今回俺が行ってしまった事は、一歩間違えれば七夏ちゃんを悲しませてしまう事になりかねない・・・。七夏ちゃんの笑顔を撮ろうと考えていたはずなのに、真逆の事をしてどおするんだ!? 今は、瞳の色の事とかは忘れて、七夏ちゃんが喜ぶ事を最優先に考え、俺の撮った写真に戻ってきた七夏ちゃんの笑顔の灯火を、守ってゆかなければならないと思うのだった。


第九幕 完


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次回予告


過去に戻りたい・・・そう考えるよりも『これから過去になる今』を、考えるべきである・・・


次回、翠碧色の虹、第十幕


「虹へ未来の贈り物」


ご期待ください!!

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