太陽


 太陽光をエネルギー源とし、それによって発生する熱量にも耐えられる肉体を手に入れたはずのヴルンヒルダは、何故黒雲を生み出し地球全土を覆ったのか。


 黒雲の上に出た途端、ヴルンヒルダを襲ったあの強力なレーザーは何処から発射されたのか。


 それを説明するにはまず、吸血鬼のルーツについて説明しなくてはならない。


 吸血鬼とは何なのか、ヴルンヒルダはボクに聞かせてくれた。

 ボクにとってそれはあまりにも荒唐無稽こうとうむけいだったし、彼女流のジョークであった可能性も否定できない。なので、それを踏まえた上で聞いてもらいたい。


 ――吸血鬼とは、遥か銀河の彼方に生息する異星人の造った生物兵器である。

 その惑星の弱い太陽光と、敵の血をすすることで半永久的に活動可能なそれは、自己進化を繰り返すうちに造物主達から脅威と見なされることになった。


 しかし吸血鬼を造った地球外知的種族は慈悲深い――これは嫌味である――性格だったので、ひと思いに殺してやるということはせず、自分達の星から放逐ほうちくするという処分を下した。


 そのために彼等は流刑星として、現在我々が地球と呼んでいる惑星を造った。

 ボク達の星は、厄介になったペットを捨てるためだけに生まれたのである。


 そして異星人達は吸血鬼が餓えずに済むよう、強く輝く太陽を用意した。

 ただしこの太陽はもう1つの役割を持つ。

 吸血鬼が地球から脱出しようとするか、あるいは想定以上の進化を遂げたと判断された場合、太陽エネルギーを変換したレーザービームをもってこれを抹殺するという、看守あるいは死刑執行官としての役割だ。


 吸血鬼が地球から脱獄するためには、太陽を破壊しなければならない。

 だが太陽を破壊すれば他の惑星まで移動するのに必要なエネルギー供給源を失ってしまう。

 このジレンマによって、吸血鬼は46億年もの長きにわたり地球に縛り付けられている。


「にわかには信じがたい話だな」


 散々胡散臭いと前置きしたのにもかかわらず、ボクの話を聞いた直後にラマイカさんが漏らした感想はそれだった。

 やっぱり話すんじゃなかったか。


「いや気を悪くしないでもらいたい。信じないとは言っていないはずだ」

「その顔は信じていない顔です」


 そうかい、と隣に座っていた彼女はごろりと横になって、ボクの膝の上に頭を乗せた。

 ラマイカさんがボクを膝枕するより、ボクがラマイカさんを膝枕する方が絵的にしっくりくるのは何故だろう。


 月明かりの下、冷たい風が草原を撫でていく。

 暦の上ではもう冬だ。散歩にはいささかキツい寒さだが、流星雨が見られるとあってか、厚着をした人々の姿がまばらに見られた。


 ヴルンヒルダ事件――えらくセンスのない呼称だ――がなし崩しに終わってから、もう1週間が経つ。


 ボクはヴルンヒルダに利用された犠牲者として扱われ、身体検査のため医務局へ軟禁されていることを除けば不満のない生活を送っている。


 人類に対する反逆者として処刑されることさえ想定していたので肩すかしだったが、どうやらラマイカさんが無理を押し通したらしい。


「一応、私は魔竜を調伏ちょうぶくし人類を救った英雄だからな。これくらいの無理難題は聞いてもらわねば困る」


 フフン、と笑う彼女の顔を、満月の光が照らした。

 ちなみに今夜、ボクを医務局から連れ出したのも彼女のわがままだ。

 上にバレたらラマイカさんだけでなく、その無理を聞かされた人達までまとめて罰せられるのではないだろうか。


「たまには無理を聞かされる側の身にもなってあげてくださいね」

「きっと、誰かの役に立てる喜びに打ち震えていることだろう」

「はいはい。……第6実験小隊のみんなはどうしてます?」

「ヴルンヒルダという、完全な血換炉が手に入ったからな。専門家として大忙しだよ。マドラス主任は、今期のアニメをまだ1つもチェックできていないと嘆いていたよ。ヴェレネはヴェレネで頑張っている」

「そうですか」


 ボクという制御ユニットを失い、VKの管理下に収まったヴルンヒルダ。

 その心臓――血換炉には、人類のエネルギー問題を解決するだけのポテンシャルが秘められていることが明らかになった。


 だけどそれは必ずしもバラ色の未来を描きはしない。

 ヴルンヒルダと戦うために1度は一致団結しかけた世界各国は、早くも血換炉を巡って睨み合いをはじめている。

 きっとリシュリューは大喜びでその火種を燃え上がらせようとしているに違いなかった。


 JDとジル・ド・レは姿を消した。また鬼ごっこをはじめたのだろうか。

 ラマイカさんによると、最後に見た彼等はもう憎み合ってはいないようだったという。

 もしかしたら初代ジャンヌ・ダルクの時のように、仲良く手を取り合って生きていくのかもしれない。

 そうであればいいと思う。


「まあ、余人のことはいいじゃないか。これからの私達の話をしよう。ヴルンヒルダの血換炉を調べるためには、やはり君に動かしてもらわねばならないらしい。正式にここを出られる日も遠くない。これからも私の隣で働いてくれ、カリヴァ君」

「……そのことですが、ボクにはやりたいことができたんです」

「…………っ」


 ラマイカさんは傷ついたような顔をした。

 上体を起こし、挑むようにボクを睨みつける。


「それは、私の隣に――いや、人類を救うより大切な仕事かね」

「わかりません。でも、正しいと信じています」

「内容を聞かせてもらっても?」

「姉さんの理想を現実にすることです」


 ラマイカさんは肩を落とした。


「君は――結局、それか」

「はい。結局、それが、ボクなんですよ」


 誰かが叫び声を上げる。

 それは周囲に伝染していき、ラマイカさんでさえ天空を見上げて驚愕の表情を浮かべた。


 そりゃ驚くだろう、流星の前に別のものが降ってきたのだから。


「ヴルンヒルダ……!?」


 夜空を塗り潰す巨大な影は、蒼穹色の肌を持つドラゴンだった。

 ボクが念じるだけでヴルンヒルダを呼び寄せられるとは思いもしなかったのだろう。ラマイカさんが呆然としている間に、ボクは舞い降りた巨竜の手の平に乗った。


「カリヴァ君!?」

「VKがヴルンヒルダを持っていれば、雑食人の恐怖を煽ります。その逆もまた同じこと。そしてヴルンヒルダ本人だって、人間の虜囚ではいたくない。ですからボクは、このドラゴンを誰の手にも渡しません!」

「まさか君は……人類共通の敵になることで、雑食人と吸血人を仲良くさせようと、そういう魂胆なのかね」

「その通りです。生きるためなら何でも利用する人間の小賢しさが、食う者と食われる者の宿命を乗り越えると、信じています」


 ラマイカさんは何ともいえない顔をした。

 たぶん呆れているに違いない。


 だけど理解してもらえなくたって構わない。

 寂しくはあるが、そんなものは初めから求めちゃいないのだ。


「ヴルンヒルダを共通の敵とすることで、人々は争いをやめるかもしれない。だがそこに君個人の幸せはあるのか」

「ありませんけど、ノブレス・オブリージュみたいなものです。仕方ない」

「そうか、ノヴレス・オヴリージュじゃしょうがないな」


 悲しげな笑みを一瞬浮かべたラマイカさんは、片手をポケットに突っ込んで、何かを投げて寄越してきた。


「これは……!?」


 大きな放物線を描いてボクの手の中に落ちてきたそれは、片羽根が大きく欠けた蝶のヘアピン。

 投獄されたときに没収されたままだった、姉さんの形見だ。


「ありがとう、ございます……ラマイカさん」


 けれどボクは、そのヘアピンを投げ返した。


「……預かっていてもらえますか」


 怪訝そうな顔の彼女に、ボクは言う。


 不思議だ。

 今までずっと、自分なんてこの世からも、誰の記憶からも綺麗サッパリいなくなってしまえばいいと思っていたのに――ラマイカさんにだけはボクがこの世にいたことを覚えていて欲しいと思った。何故かはわからない。


「大事にするよ」


 ラマイカさんは笑った。



 流れる星々に抗うように、ボクは蒼穹色の翼を広げる。

 翼を羽ばたかせる度に、あの人の姿も、VKの大地も遠ざかっていく。

 行くあてなんかない――太陽を恐れるように、西へ、西へ。

 

 たとえこの暗闇の先に、青空がなかったとしても。


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血棺炉神ヴァルヴェスティア 鯖田邦吉 @xavaq

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