復讐鬼


 背後で起きた爆発に関して、ボクは何も考えないことにした。

 今最優先すべきは狙撃手への対応であり、ティアンジュ・アルマラスの死を悼むために立ち止まることは、彼女が命を賭して守ってくれた意味を無にする行為だ。


 高層ビルの屋上に陣取った狙撃用WG『ウイリアム・テル』。

 その第2射が放たれるのは予想より早かった。


 姉さんの加護を得たボクにとって、砲弾だろうが銃弾だろうが恐れるものではない。

 わずかに進路をずらすだけで、移動速度を落とすことなく回避できた。


 右手の角から敵WGギヨティンヌの青い影が突っ込んできた。カウンターで脇腹を貫く。

 ギヨティンヌの腰フレームと同時に、ボクの持ったG・ヴァヨネットも折れた。


「替えは――後1本か!」


 バックスカートに懸架していた予備を『蒼穹の頂』に握らせる。

 そうこうしている間に第3射が来たが、結果は同じだ。


 きっとウイリアム・テルのトゥームライダーは驚いているだろう。

 あるいは苛立っているか。

 狙いは正確だったはずなのに、どうしてあいつに当たらないんだろう?――といったところか。


 ボクの接近を止められないと判断したウイリアム・テルは、ウインチを使って高層ビルの壁を降りはじめた。


「遅いよ、素人」


 ボクもそう熟練というわけではないが、思わずそんな言葉が口を衝く。

 第3射などせずにさっさと逃げるべきだったのだ。第2射の前にそうしていればもっと望ましい。

 判断が遅すぎる。今から地上に降りて、ヴルフォードの脚力から逃げられるものか。


 誰が乗っているかは知らないが、少なくとも判断力は高くない。

 怖ろしいのは前方の狙撃手よりも後方のJDが追撃を仕掛けてくることだったが、それはなかった。おそらくはジル・ド・レがなんとかしてくれているのだろう。


 ボクは高層ビルの裏側に回り込む。

 のろまな狙撃手はビルの3分の2ほどしか降りられていなかった。


 G・ヴァヨネットでウインチを狙撃。

 命綱を断たれた緑色のWGは大地目がけて真っ逆さま。

 落下によるダメージに加え、衝撃でスナイパーキャノンがへし折れるおまけがついたのは、ボクにとって幸運だった。


 起き上がろうとする敵WGに向かってボクは銃口を突きつける。


「抵抗をやめろ。機体は破壊する、死にたくなければ出てこい」


 別に問答無用で撃ち殺してよかった。そうしなかったのは、相手が思ったほど強くはないとわかったからだ。

 ボク自身は敵の命なんか何とも思っちゃいない。むしろ殺せるときに殺しておいた方が報復の心配もなくグッスリ安眠できるくらいだが、姉さんはそう思うまい。生かしておいても害にならないと判断すれば、助けたはずだ。


「5秒待つ。従わなければ機体ごと処分する!」


 4秒ほどでトゥームライダーが出てきた。

 問答無用で撃ち殺しておくべきだったとボクは後悔する。


 ウイリアム・テルに乗っていたのは、ガリリアーノさんだった。


「若い奴にはかなわねえなぁ」


 飄々とした風を装って、苦笑を浮かべる中年刑事。いや、元刑事か。


「ガリリアーノ・クルスコ……」

「それにしてもよく避けるもんだな、刈羽。ラマイカ姫の薫陶くんとう賜物たまものってか?」

「……機体から離れてください、愛機と運命を共にしたいなら話は別ですが」

「問答無用、か。寂しいな。血吸虫に魂を売って、人間の心を失っちまったとみえる」


 ボクは正直、彼と話なんかしたくなかった。

 降伏勧告さえ、2回3回と繰り返すくらいならこのまま撃ってしまおうと考えるくらい億劫おっくうだ。



 その理由を彼は話さなかったし、ボクも尋ねなかったが、彼は吸血人という人種そのものに憎しみを抱いている。


 まさか純粋な使命感などではあるまい。

 家族や隣人を殺されたとか、そういうものではないだろうか。


 それがなんにせよ、個人的な恨み辛みを集団全体にまで拡大するなんて間違っている。

 でもだからといって、ボクは彼を説得しようなどとは思わなかった。


 大人が子供の言うことに耳を傾け、考え方を改めるなんてボクはこれっぽっちも思っていなかったからだ。父を見ていればそんな希望は生まれる前に消える。


 それに、伊久那が記憶を改竄かいざんされていることを、彼は何も感じていないようだった。

 おそらくリシュリューと同じように考えているのだろう。

 それでボクにとって彼はかつての親しい友人ではなく、明確な敵となったのだ。


 だから。


「……俺の家族になるはずだった女は、血吸虫に殺された」


 サスペンスドラマの犯人よろしく彼が身の上語りを始めたときも、ボクは一向に心をかき乱されなかった。


 むしろ「ああなんだ、ありきたりなオチだな。ドラマだったら☆1評価をつけるのも躊躇ためらうレベル」くらいに思っていたくらいだ。

 自分でもぎょっとするほど、心の湖は凪いでいた。


「俺にはもったいない、いい女だったよ。おまえにだってわか――」

「機体から離れないなら、まとめて撃ちますよ」

「刈羽!」

「ボクは日の出までに――いや、国連軍が来る前にハンプを破壊しなくちゃいけないんです。あなたの薄っぺらい悲恋話に付き合っていられない」

「てめえ……!」


 コクピット内に警報が響く。レーダーマップに新たな光点が3つ。

 まだ距離がある。だがこちらを発見されたのは間違いない。光点はボクを囲もうとするように近づいてくる。


 ボクが増援に気をとられている間に、ガリリアーノさんは機体に乗り込んでしまっていた。


 長々とガリリアーノさんに対して情が残っていないことを並べておきながら、即座に射殺しなかったのはボクの甘さとしかいいようがない。姉さんの理想に従ったわけでもないのだ。


 『蒼穹の頂』から飛び退きながら、ウイリアム・テルは白兵戦形態へ移行。

 スナイパーキャノンと観測手スポッター用コクピットがレールを伝って背後へ送られ、胸部に折り畳まれていた腕部が代わりに胴体の両横へと移動する。

 その手にWG用コンバットアックスが閃く。


「おまえだって、家族みたいな連中を殺されただろうが! なんでわからん!?」

 

 ガリリアーノさんが選んだのは逃走ではなく攻撃。

 JDを捕獲したときもそうだ。あの時も彼はボクを正確に狙ってきた。

 ボクとは正反対だ。仲間に引き入れようと説得する一方で、攻撃には容赦がない。


「この街に住んでた何人の吸血人が、あなたの大切な人を知ってるんですか!」

「なに!?」

「関係ない者を巻き込むなと言ってる!」

「全ての血吸人は加害者になる脅威を持ってる! 俺は、俺と同じ悲劇を生まないためにも戦っている!」


 無茶苦茶に振り回される斧刃をG・ヴァヨネットで受け流す。

 ラマイカさんやJDに比べればぬるい攻撃だ。『蒼穹の頂』の性能のおかげでもあるが、お喋りをしながらでも相手ができる。


 誰よりも殺意に燃えながら、それでいて彼は悲しいほど力量が足りていなかった。

 その使命感はむしろ滑稽こっけいさを際立たせる。


 善人ではあるんだよな、と思う。

 テロリストの一員として働く中で、彼が自身の技量を思い知らされずに済んできたわけがない。

 それでもなお、死せる恋人を忘れず、他者に同じ苦しみを背負わせぬよう戦えるのは、尊いことであるはずだ。


 だけどそれはそれとして彼は間違っているのだ。


「同じ吸血人というだけで、誰も彼もひとまとめにされちゃたまらないって、なんでわからないんです!?」

「奴等は誰1人――1匹残らず例外なく、人間の血を吸うんだぞ!」

「ボクの姉さんは! 人間に殺された! 酔っ払いのトラックに轢かれて、挽肉にされた!」

「――なに!?」


 一瞬、ウイリアム・テルの攻勢が止まった。

 そういえば、長い付き合いになるのに彼には姉のことを話していなかった。


「ボクが車を運転する人間、いや人類全てを加害者予備軍として殺し回ったら、あなたは恋人の心臓を差し出してくれたっていうんですか!? 同じ不幸を呼ばないために、一緒に人類絶滅を手伝ってくれたっていうんですか!?」


 少しの間を置いて、ガリリアーノさんは呟くようにぽつりと漏らした。


「……それは、詭弁だ……」

「…………」


 ああ、わかってる。わかってた。

 『改心』なんてするはずがないんだ。


 大義名分の元に弱者をいたぶることこそが、人間にとって最大の快楽――父と数年間過ごした中でボクが学んだ真理の1つだ。


 被害者の側に立って、武器も持たない『強者』を殺戮するのは愉しかっただろうな、ガリリアーノ・クルスコ?

 あんたが吸血人全部を悪者にするのは、仇の首を取った後でもその遊びを続けたいからだ。

 でも――それこそ同じ苦しみを生まないために――そんな遊びを続けさせるわけにはいかない。


「同じ人種とか性別とか、同じ国に生まれてきたとか、そんなので他人の石を抱かされたら、たまったものじゃないんだよッ!」


 ボクの罪は、姉さんが死ぬ前に父を殺さなかったこと。

 正直それだけで手一杯だ。これ以上は勘弁してもらいたい。


 指先に、G・ヴァヨネットの切っ先が敵機背面から飛び出す手応えが伝わってきた。

 動くことをやめた敵機の重みを腕に感じる。


「…………」


 銃剣を引き抜こうとして、だができなかった。何かに引っかかってしまったようだ。

 ボクにはそれが、彼の亡霊が最期の意地を見せたように思えた。


 視界の隅に青い影がちらつく。敵の増援はもう、目視可能な距離まで迫っていたのだ。

 最後の1本だったが、ボクは武器を抜くのをあきらめ、速やかにその場を離脱する。


 前方には涙滴るいてきを逆さにしたようなハンプの巨体が空を埋めていた。


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