散華


 数百メートル先に、重装を施したデス・サンソン。そしてその両脇に4機のWGギヨティンヌが控える。


 対してこちらはティアンジュさんのWGへティ・ケリーと、ジル・ド・レのWG青髭、そしてボクの乗る『蒼穹の頂』、総勢3機。


「偽聖女は拙者の獲物。ゆめゆめお忘れではないでござろうな?」

「はいはい、わかったから行きなさい」

「承知!」


 ここで会ったが百年目とばかりにジル・ド・レが突っ込んでいく。


「待ちなさい、突出されては援護が!」

「不要!」


 ジャンヌ・ダルクの熱烈な崇拝者である彼にとって、その名を騙るJDは許しがたい冒涜者だ。

 だけどそれは彼女の罪だろうか。

 妖声憑きとして生まれたばかりに――いや、生まれる前から彼女はテロリストの一員となるべく定められていた。そこに彼女自身の意思は介在しない。


 テロリストであり続けたのは彼女の責任? いや、テロ組織の中で生まれ育った人間が、他にどう生き方を選べたというんだ。


 悪いのは聖女の威光を利用した、組織のもっと上にいる奴等で、JDには何の罪も――。


「どうしたのです、歩みが落ちていますわよ」


 ティアンジュ機からの通信。心配というより警戒心が強いのは仕方のないことだ。ボクが土壇場で裏切らないか心配でならないのだろう。


「心配しなくても、ハンプは倒します。ラマイカさんを救わないと」

「ええ。あなたがお姉様を案ずる態度に、嘘偽りはないと判断しています」


 自分に言い聞かせるような声が返ってきた。


 前方では単身突っ込んでいった青髭がギヨティンヌと交戦していた。6本の腕で1度に3機を相手取る。残りの1機に関しては、間一髪間に合ったティアンジュさんが追い払った。


「刈羽ァァァァァ!」


 必然――といっていいのか――余ったボクとJDが交戦することになる。

 拙者の獲物だとかなんとかジル・ド・レが言っているが、応対する余裕はない。


 デス・サンソンがミサイルを発射。ボクはビルを盾にして難を逃れる。

 空になったミサイルポッドをJDは切り離す。少し身軽になったデス・サンソンが突進、ボクの目の前に踊り出る。


 突き出されたデス・サンソンの殴打破砕用増設腕ストロングアームを、ボクはG・ヴァヨネットで受け流した。


「考え直す気はないか、刈羽! 今すぐ改宗して改心しろ!」

「改めることなんて、ない!」

「取り付くシマもないな……。あんたがオレと組み合っていられるのも、オレが情けをかけてやってるからなんだぜ?」


 殺す気なら今すぐにでもやれる、とJDは豪語する。


「同じ神の声を聞く者同士、わかり合えるかもしれないだろ? なんで歩み寄ろうともしてくれねえんだ!」

「それはこっちの台詞だよ! JDこそボク達の方に来ないか?」

「おまえはよくても血吸虫どもが、オレを仲間にしてくれるもんか!」


『気をつけてくださいカリヴァ! 敵の増援、あなた方を包囲するように迫っています!』


 ヴェレネのナビゲートが届くと同時に戦術マップに新しい光点が追加された。

 ざっと12機。


「なんでこんな数、みすみす市街に潜伏されて……」

「吸血人は血換炉を回すために資源以上の存在であってはならない。それが世界の意思だからだ!」

「雑食人が自分達にだけ都合のいい世界を作るために、よってたかって吸血人を滅ぼそうとした結果だっていうのか!?」

「自分を喰う生き物との共存など、どだい成るはずがなかった!」

「それは現実志向リアリズムじゃなくて、ただの自己正当化ですよ!」

「なんでだ? あんたは人間なのに、なんでそうまでして吸血人の肩を持つ!」

「人間だからだ!」


「刈羽君、どくで御座る!」


 追いすがるギヨティンヌをのうち2機を撃破したジル・ド・レが割って入った。


「親衛隊が4機も揃って、カビの生えたゾンビ1人おさえられな――」


 苛立たしげに吐き捨てるJDの声は、機体の接触が解除されたことで聞こえなくなった。


「カリヴァ、ジャンヌ・ダルクはジル氏に任せて前に進むで御座るわよ――じゃない、進みますわよ!」


 このまま此処で戦っていれば包囲されるだけだ。


「でも、ジル・ド・レは?」

「拙者ならば心配御無用。それより刈羽君こそ気をつけるで御座る」

「あ……ありがとうございます……」

「なに、拙者の今の頭部が腐ったら、次は刈羽君の頭を使わせていただく約束で御座るからな!」

「ちょっと待て、誰がいつそんな約束をした!?」

「顔は傷つけないよう、なるべく若いうちに死んでくれると嬉しいで御座る」

「絶対死なない!」


 ボクとティアンジュさんはハンプのいる場所に向かって前進――しようとした。だが。


――かかかかりりかかりばばりりばばちゃばちゃちゃかちゃんんかちゃんりんん!


「――――ッ!?」


 突然、頭痛と耳鳴りが襲いかかってきた。脳が急速に加熱されていく感覚。

 立っていられない。『蒼穹の頂』が転倒したことによる衝撃がコクピットに伝わってきた。


 JDが妖声をオンにしたのだ。

 互いに憑いた妖声が相手を出し抜こうとして発生する膠着状態。それに伴う、妖声憑きへの脳負荷。


「――かっ」


 頭の中で姉さんの声が何重にも重なってエンドレスで聞こえる。

 他の行動なんて取れない。今狙われたら確実にやられる。

 でもそれはJDも同じだ。目の前にジル・ド・レがいるというのに、何故、今になって?



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 刈羽達が戦っている場所から少し離れた地点では、1体の狙撃用WGが佇んでいた。

 WGの名はウイリアム・テル。そしてそのコクピットに立つのは、ガリリアーノ・クルスコだった。


――馬鹿野郎が。


 ウイリアム・テルの右腕を丸々構成するスナイパーキャノン、そのターゲットサイトに映る空色の機体を見つめ、ガリリアーノは悲しげに眉をひそめた。


 人間は人間のことを第1に考えていればいい、とガリリアーノは思う。野生動物の保護とか自然の回復とか、そういうのはその後でいい。

 復讐心を脇に置いたとしても、吸血人を排除するのは当然だ。


 理想主義か博愛主義か、あるいはラマイカ姫にほだされたかはわからないが、吸血人と雑食人の共存を無邪気に信じる刈羽のやり方は、自分を滅ぼす道だとしかガリリアーノには思えない。


 そういう奴は早死にする。だからというわけではないだろうが、ヴルフォードは殺してくれと言わんばかりに戦場で無防備な姿をさらしていた。


 自分が刈羽の動きを止める、とJDは言っていた。どういう方法をとったのかガリリアーノは知らなかったが、その通りになった。


――もしそうなったら、すぐに狙撃しろよ。


 ガリリアーノは引き金に指をかけた。


「刈羽、おまえは人生の立ち回りって奴が迂闊うかつすぎたんだ。せめて一撃で即死させてやる」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 頭痛が唐突にやんだ。

 JDよりも優先して対処すべき脅威が近づいているからだ、と反射的に理解する。

 だからといって金縛りから解放された直後のボクが、音速で飛んでくる砲弾に対して取れる行動など何もない。


 よかった。これで姉さんのところに逝けるし、伊久那を手にかけずに済む――。


「カリヴァ!」


 全く、空気の読めない人だ。

 狙撃砲弾はボクの前に立ったティアンジュさんの機体に命中した。

 へティ・ケリーのアイアン・ヨーヨーは堅牢な盾でもあるが、3点バーストで発射された砲弾の衝撃には耐えられなかった。けたたましい破砕音と共に左腕部ご砕け散った。


「ティアンジュさん!」

「狙撃手はあそこです!」


 ティアンジュさんは遥か前方にある高層ビルを指す。狙撃するには格好のビルで、そこに緑色の機体を発見するのは簡単だった。


「狙撃機を撃破します!」


 ボクは『蒼穹の頂』をオート走行で突進させる。

 カタログを信用するなら、スナイパーキャノンは連射性に難があり、装弾数も少ない。

 機動力の高いヴルフォードなら次弾を撃たれる前に距離を詰められるはずだ。


「させるか!」


 JDが機体を起こした。ジル・ド・レは親衛隊の相手で手一杯だ。


「カリヴァの邪魔はさせませんわ!」

「そこをどけよ、ヨーヨー使い!」


 ストロングアームによる殴打を、ティアンジュさんは盾で防ごうとした。

 だが彼女は失念していたのだ。左のヨーヨーはさっき破壊されたことに。


「ワタクシとしたことがッ!?」


 花屋のテナントにめり込んだへティ・ケリーに対し、すかさずJDはバズーカを放つ。


「ワタクシは、ティアンジュ・アルマラスだというのに!」


 それが彼女の最期の叫びになった。

 幾多の花弁と共に、ピンク色の破片が炎に舞った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る