戦場


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 窓の外に映る、VK軍とフランス残党軍の戦いは佳境を迎えていた。

 残党軍の方が優勢だ。やはりハンプとJDの存在が大きい。


 仮にハンプを斃せても、疲弊したVK軍には国連軍と戦う余力はもはやあるまい。

 ひょっとしたら『治安維持のため』というおためごかしを並べることもなく、国連はVKの武力制圧にとりかかるかもしれなかった。


 リシュリューは扉に視線をやる。

 頭を撃ち抜かれたミス・ガローニャの死体の向こう、マホガニーの扉は中途半端に開いたままになっていた。


 つい数十分前、そこからドレス姿の少年が走り出していったところだ。


(所詮、他者とはストレスを生み出すものでしかない。彼ならあるいは違うのかと思ったが、見込み違いだったな)


 彼を想い、枢機卿の胸に小さな痛みが走る。


「なににつけ、ワンサイドゲームというのはつまらない。頑張ってくれよ、刈羽君」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 無事にティアンジュさん達と合流したボクは、『蒼穹の頂』のコクピットにいた。


「カリヴァ・カシワザキ、ジル・ド・レ両名はワタクシの指揮下に入っていただきます」

「ジル・ド・レ、了解いたした。しかしあの聖女気取りが現れた場合は別でござる」

「勝手なことをされては困りますわ!」

「拙者はそのために貴公等イングランドの指揮下に入ったのである」


 通信機越しに2人の口喧嘩が漏れてくる。

 もう戦闘は始まっているというのに、子供か、こいつらは?


「カリヴァ、聞こえるかい?」

「どうしたの、ロルフ?」

「ヴェレネ嬢が帰ってこないから僕がオペレーターを……いや、帰ってきた」

「――大変です、マドラス主任!」


 怯えたような、慌てたようなヴェレネの声。


「ラマイカ様が、行方不明になられました!」

「は!?」


 話を聞くに、どうやらハンプの使い魔に冒されたラマイカさんは、拘束具を引き千切って外へ出て行ってしまったらしい。


「わたくし、これから捜索に……」

「いや」


 ボクは会話に割って入る。


「見つけたところで、ラマイカさんを屋内に捕まえておくことなんか誰にもできない」

「それはそうです、そうなのですが――」

「夜明けまでにハンプを殲滅することに全力を傾けた方がいい。ヴェレネはオペレーターを。ロルフはもっと相応しい仕事を――」


 そこでボクは、自分が差し出がましいことをしている自覚を得た。

 ボクは第6実験小隊のリーダーなどではないのだ。偉そうに指示を出せる筋合いはない。


「――と思うんだけど、どうかな、ロルフ?」

「う、うん、それでいいと思うよ」


 どこかほっとした口調から、ロルフ的にはむしろボクがリーダーシップを取ってくれた方が嬉しいのだとわかった。確かに彼は参謀役にはなれてもリーダーになるタイプではない。適性がないとまでは思わないが。


「勝手に進めないでほしいですわ」


 1番の仕切りたがりティアンジュさんが口を挟んできた。


「指揮官はワタクシですのよ、ワ・タ・ク・シ!」

「……失礼致しました、どうぞ御指示を、司令官殿」

「狙うはハンプです。私、カリヴァ、ジル・ド・レの縦列陣形でまっすぐ目標まで移動します」

「ボク達、3人だけですか? ファング・フォースの隊員は?」

「……別部隊に編成されましたわ」

「取り上げられた、というわけでござるか」

「はっきり言わないでくださる!?」


「……どうして『蒼穹の頂』は取り上げられなかったんだろう」


 ボクの素朴な疑問に対しては、ロルフが解き明かしてくれた。


「アニメやドラマじゃあるまいし。普通はこんな得体の知れない機体モノ、使いたくないし乗りたくないんだよ」


 言外に、迷いなく乗り込むボクは異常だと言われたような気がするが、気のせいだろう。


「しかし、あれをどうやって倒すのでござる?」


 ジル・ド・レが不安になるのも仕方ない。

 空軍から提供されてきた映像では、戦闘機の発射したミサイルは雲を突き抜けるようにハンプの機体を素通りしてしまったのだ。


 最初に現れたとき戦闘機にやられたのは、ただの演出だったらしい。


「ロルフトン・マドラス。あなた、ヴァルヴェスティアの研究者でしょう。何か妙案を出しなさい」

「1番単純でわかりやすいのは、『蒼穹の頂』をぶつけることですね。ヴァルヴェスティア化させた『蒼穹の頂』なら、敵に有効打を与えられる――と、思います」

「なんですの、その不安になるコメントは!」

「互いに使い魔を使ってのヴァルヴェスティア同士の戦闘なんて、過去に例がないんですよ。何を言っても仮定でしかない以上、断言はできません!」


 ティアンジュさんとしては「100%やれます」という言葉を聞きたいのだろうが、ロルフはそんなセンチメンタルに迎合してやるような男ではない。


「……正直、この部隊の行動はワタクシのわがままです」


 自覚あったんだな、と混ぜっ返す気にはなれなかった。彼女の声は真剣だったから。


「しかしワタクシは、今の軍においてヴルフォードの価値を正確に評価している1人です。それ故に、独断でヴルフォードをハンプへぶつけることこそ、軍人として取るべき最良の手段と考えます」


「……だからって上の人に許可取らず強引に戦闘参加ってのは、軍人としてどうなんですか?」

「いや、拙者は支持するよ。イングランドにもタガが外れた……いや違う、奇矯ききょうな……でもない、面白い奴がいるものだ」

「……あなた、ぶっちゃけ訂正した箇所こそ本心でしょう!?」


 こうしてボク達は、出撃した。


 出撃してみれば、状況は出撃前以上に悪くなっていた。

 歴史あるロンドンの街並みは、世紀末でも訪れたかのような無惨な様相を呈している。


 ビルの隙間にチラチラと動く巨大な影はWGだ。問題は敵か味方かである。


 リシュリューの組織はかなりの数のWGを持ち込んでいたらしい。四方八方から敵の増援が出現し、更に電波撹乱が混乱を助長した。

 ハンプを砲撃するために用意された戦車隊は彼等の奇襲によってやられてしまったという。遮蔽物の多い市街地戦はWGの独擅場だ。


――かりばちゃん!


 左手にあった民家のガレージから青いWGが飛び出してきた。『スカーサハ』の名を与えられた第3世代WGでも初期型の機体だ。格納モードから戦闘モードに移行しつつ、ボクに飛びかかってくる。


「型遅れなんかに!」


 敵の繰り出してきたWG用スピアがヴルフォードの耳部アンテナの数センチ先をかすめる。

 逆にボクが突きだしたG・ヴァヨネットの剣先は敵の胴体をトゥームライダーごと串刺しにしていた。

 敵を蹴りつけるようにして剣を引き抜く。対処すべき相手が他にいないか確認するまで、ボクは人間の命を奪ったということを意識することはなかった。


 これで何人目なのか、もう思い出せない。

 姉さんだったら覚えているだろうか? 殺した相手の数と状況を記憶し、その罪から目を背けることなく、それでいて心を折ることもないという無茶な生き方も、ひょっとしたら姉さんなら。


 ボクには無理だ。自分が人殺しという事実さえ、時と場合によっては忘れてしまう。


「……よく今のに対応できましたわね」


 ティアンジュさんの素直な賞賛。

 姉さんが教えてくれたから、とうっかり口走ろうとして、ボクは慌てて言葉を引っ込めた。


「カリヴァはレディ・ラマイカに随分ましたからね」


 ロルフが会話に加わる。まあ、姉さんの指示に対応するだけの操縦技術を手に入れられたのは、確かにラマイカ教官のありがたい御指導の賜物である。


「……それはおいたわしゅう」


 ティアンジュさんがまた、心からの同情を投げかけてくれた。


「カリヴァ、もうすぐハンプの推定攻撃可能領域に入ります。気を引き締めてくだ――」


 ヴェレネの指示は、後半聞こえなかった。


 ヴルフォードのレーダーが接近する敵の反応を捉え、コクピット内にアラートを鳴り響かせたからだ。

 おそらくティアンジュさんのへティ・ケリーやジル・ド・レの『青髭』も同じだっただろう。


 新たに接近してくる敵の反応は、1つ。すぐにその姿がモニターに現れる。

 ボクは――ボク達はその機体の名前を知っていた。


死神デスサンソン……?」


 正確には少し違う。

 今回、黒いWGは4本足ではなく2本足、代わりに腕が4本に増えていた。シールドを装備した左右外側の腕は丸太のように太い。

 ノーマルのアームにはWG用バズーカを構えており、脚部にはミサイルポッドが増設されていた。


「フルアーマー・デスサンソンだ!」


 JDの声が敵機のスピーカーから流れる。


「ジル・ド・レとも、刈羽とも! 決着をつけてやる、今日、ここでッ!」


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