徴用


「お願いしますですぞ!」

「せめて差し入れだけでも」


 チェヴストル市内のとある収容所。その受付に、2人の幼女が押しかけていた。

 ワカバとモミジ――ヴァンデリョス家のメイ童女2人である。


「今日はそういうの、全部なしになってるんです」


 窓口に座る、ハーマン少年は幼い――見た目だけは――少女達を刺激しないように細心の注意を払って答えた。


 グロウスター市で謎の集団怪死事件が起こったのは今日の朝である。

 6万人もの吸血人市民が日の出にもかまわず外に出て、太陽に灼かれて死んだのだ。


 不可解なこの事件は人の悪意によってもたらされたものだった。

 それがわかったのは、首謀者達が犯行声明を出したからだ。彼等がネット上に配信した動画は各テレビ局によってそのまま右から左に流され、出勤前の気の滅入るようなひとときを更に陰鬱なものにした。


 ハーマンもそれを見た。

 赤白青に塗り分けられたトリコロールの旗の前、髑髏を模した鉄仮面の、芝居じみた長口上。

 ひどく現実味がなくて、ハーマンは今日が4月1日でないこと、今見ているのがニュース番組であって特撮ドラマでないことを何度も確認せねばならなかった。しかし今月はまだ9月だったし、画面に流れる痛ましい映像はCGやセットにしては金がかかりすぎている。


 最悪なことに、テロリストは近日中にロンドンを次の標的にすると宣言したのである。

 おかげでVK全土は大騒ぎだ。

 この時間は自宅地下でのんびりしているか、あるいは早めに夢の国へと旅立っているはずの吸血人達は叩き起こされ、早急に対策を審議中である。


 一介のテロリストに数万人が殺害された。大問題だ。人命はもちろん、国家の威信は大きく損なわれ、冬期の観光客は激減する見通しで、経済的打撃は著しい。


 緊急対策会議には動員できる人間が全て動員された。

 アルバイターのハーマンが窓口の仕事などやっているのはそういう事情だったのだ。


 いっそ『CLOSED』の札でも提げてしまえばいいくらいだが、可能な範囲で日常を維持せよとのお達しなのでしょうがない。

 まあ、業務に関しては問題ないだろうとハーマンは思っていた。「今日は忙しい」の一言で追い返せばいいのだから、子供にだってできる。

 だがしかし――2人の童女はしつこかった。


「取り調べ中はカツ丼しか食べられないと聞いて、栄養のバランスが偏らないよう大量のサラダを作ってきたのですぞ」

「……どこの収容所の常識なのかは寡聞にして存じ上げませんが、慈愛と養豚ノウハウが有り余っている国のようですな。私も入りたいものです」


 ハーマンは雑食人である。


「面会が駄目なら、看守様方から渡していただけますか」

「そうですね、責任者がOKを出せば……」


 相手をするのが面倒くさくなって、ハーマンは受け取るだけ受け取ることにした。

 もしかしたら爆発物では、という不安がよぎったが、追い払う。

 テロ騒ぎで不安になってるからって考えすぎだ。こんな子供がテロリストのはずがない。


「ところで、誰にお渡しすれば?」

「ああ、これは失礼、肝心なことを言っておりませんでした。柏崎刈羽様にお願いします」

「柏崎刈羽……と。わかりました」


 ハーマンは、その名前に聞き覚えがあった。

 ようやく思い出せたのは、童女達が帰った後のことだ。

 

「そういや……この囚人、半時間前に連れ出されてったな」


 童女2人よりも押しの強い、ツインテールの女軍人が引きずっていったのだ。

 昼までに帰ってくるだろうか。


「中身、サラダって言ってたよな。日持ちするのかなぁ?」


 差し入れが認められるとは限らない。脱走の暗号が隠されているかもしれないからだ。

 最悪腐らせるくらいなら、自分が食べてしまった方がいいのでは――。

 万年金欠貧乏学生であるところのハーマンはそんなことを考え始めていた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その頃、ボクこと柏崎刈羽が何をしていたかというと、吸血人仕様の窓無し護送車に乗せられ、ティアンジュさんとにらめっこをしていた。驚くべきことに、何故かジル・ド・レまでいる。ちなみにキャリアを運転しているのは、アルマラス家の使用人、スモレンスク氏である。


「まず、変な気は起こさないように」

「安心してください、手錠を引き千切るとか、雑食人には無理ですから」


 ボクは座席と繋がった手錠を掲げて見せた。

 ジル・ド・レもな外見こそしているが、腕力自体は吸血人と同程度、らしい。自己申告であるが。


 6本腕の継ぎ接ぎ男ジル・ド・レへの警戒を解かないまま、ティアンジュさんはノートPCを開き、こちらに画面を向けた。


『――やあ、カリヴァ。ちょっと太ったんじゃないのかい』

「ロルフ……?」


 ロルフトン・マドラスの苦笑が画面いっぱいに映っていた。

 いつものボサボサ頭ではない。綺麗に撫でつけられており――おかげでボリュームが減ってひどくみすぼらしく感じる。服も常日頃の薄汚れた白衣ではなく、買ってから長い間タンスの中に仕舞われてきたのであろう流行遅れのスーツだった。


『ちょっとばかりお堅い会議パーティにお呼ばれさせられちゃってね』


 ボクの視線に気づいて、ロルフは照れくさそうに肩をすくめた。


『……そちらがジル・ド・レ殿ですね。歴史上の人物に会えるなんて、感激です』

「感激なのは拙者の半分に対してで御座ろう?」


 フランス軍元帥としてのジル・ド・レと大量殺人鬼としてのジル・ド・レ。

 ロルフなら後者でも喜びそうだ。


『じゃあ早速本題に入らせてもらうよ』


 そこでボクははじめて、グロウスターで起こった痛ましい事件を聞いた。

 ハンプと名乗る謎の怪物体。

 人々を襲った大きな鼠。

 そしてロンドンを狙うと宣言したのは髑髏の鉄仮面――リシュリュー。


『カリヴァ、賢明な君ならばもう察しがついているだろうが、ハンプはヴァルヴェスティアだ。そして黒い大鼠こそ、ハンプの使い魔だ』

「使い魔?」ジル・ド・レが眉をひそめる。

「ボクがWGに生やした、あの奇怪な腕の原料みたいなものです」

『より正確には、ヴァルヴェスティアが造り出す疑似生物です。犬程度の知能を持つミクロサイズの単細胞生物であり、集合することによって様々な形態を取ります』


 知性を持つ微生物。

 とんでもない話のはずだが、しかしティアンジュさんは平然とした顔をしている。

 つまり、もう既に一度聞いた後なのだ。


『敵はヴァルヴェスティアの可能性が高い、となるとヴァンデリョス伯爵も後生大事に情報を秘匿するわけにはいかなくてね。カリヴァが知っている程度の情報は開示されたよ、さっきの会議で』

「ボクの知ってる情報なんて、その程度か」

『そうだね。だからスパイの件、たいした刑にはならないんじゃ……』


「それを決めるのはあなたではないですわ」


 ティアンジュさんがぴしゃりと言って、話を元に戻す。


『ハンプの鼠型使い魔は対象を――吸血人を噛むことで細菌の形質をもった使い魔を対象に送り込むんだ。犠牲者は発熱・めまい・倦怠感をもよおし、やがて意識混濁状態に陥る。そして送り込まれた細菌は犠牲者を屋外へと誘導する……』

「それがグロウスター市民の集団のからくりで御座るか」


 都合のいい病気もあったものですわ、とティアンジュさんは言ったが、ジル・ド・レは首を横に振った。


「レウコクロリディウムという寄生虫を御存知かな? この寄生虫は鳥に寄生するのだが、その前段階としてまず、カタツムリに寄生するので御座る。寄生されたカタツムリはこの寄生虫に神経を操られ、自ら鳥に食べられるような行動を取るという。そして哀れなカタツムリが鳥に食べられることで、レウコクロリディウムは見事鳥に寄生することができるという寸法だ」

「……ああ……そうですわね、知ってましたわ、それ」


 ティアンジュさんの吸血人らしい血色の悪い顔が、より一層青ざめる。

 レウコクロリディウムに寄生されたカタツムリは実におぞましい姿に変貌するのだ。

 バラエティ番組に取り上げられて一時期有名になったから、彼女も見たことがあるのだろう。

 せっかく忘れていたものを不幸にも思いだしてしまった彼女は、悪夢を追いやるように首を振った。


「レウコクロリディウムがカタツムリを天敵の前に飛び出させるように、ハンプの使い魔は吸血人を太陽の下に誘い出す……?」

『ああ。寄生虫ができることなら、使い魔にできてもおかしくないよ』


 ……なるほど、ハンプの使い魔がどうやってグロウスターの吸血人市民を皆殺しにしたかはわかった。

 ところで、ボクは――そしてジル・ド・レも――肝心なことを訊くのを忘れていたことに気づく。


「……そんなことをボク達に話して、どうするんですか?」

「カリヴァ……」


 ティアンジュさんは、出来の悪い生徒を教え導く教師のような顔で言った。


「ワタクシは、あなたをもう少し利口だと評価しておりますのよ。わかりきっとことを質問して、ワタクシを失望させないでちょうだい」


 ああ、確かにボクはその答えに薄々勘付いていた。ただ、可能な限り目を逸らしていたかったのだ。


「……ボクらに、ハンプ殲滅を手伝えと……?」

「わかっているじゃありませんの」


 傍らに置いていたティーカップを優雅に傾けるティアンジュさんが憎たらしい。


「正気の沙汰とは思えぬな」

「ワタクシ、使えるものは何でも使う主義ですの。お姉様のお命がかかっていることですし」

「ラマイカさんが……!?」


 あなたと面会しようとして、噛まれたのですわ――と、ティアンジュさんはボクを睨みつける。


『幸い、近くに養老院があってね。なんとか拘束することができた』


 しかしラマイカさんは高位吸血人。通常の吸血人より身体能力が高いのだ。いつ拘束を破って出ていくかわかったものではない。


『使い魔は個体レベルでは強靭な生命体だけど、ヴァルヴェスティア本体からの電力――いや、もっと厳密に言うと生体エネルギーのようなものの供給なしでは生きていけないという性質がある』

「つまり、噛まれた人間を助けたければ、ハンプを倒すしかない……?」

「そういうことですわ。やっていただけますわね、カリヴァ・カシワザキ」




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