夜会


 ボクの歓迎パーティ、当日。


「――緊張しなくていい」


 しきりにヘアピンを触っているボクに、ラマイカさんが微笑みかける。


「なに、パーティっていってもコレはそんな堅苦しいものじゃないよ。立食形式だし、子供のお誕生日会みたいなものさ」

「ボクの知ってるお誕生日会とスケール全然違うんですが」

「どうせみんな、君に興味を持ったふりをするのは最初だけで、すぐに父上の方に行くと思うから」


 それでもボクが憂鬱な表情をしているのを見て、ラマイカさんは手を伸ばしてきた。


「私の側にいたまえ。何があってもフォローしてやる」


 少し前までなら、その安心させるような微笑みに励まされたのかもしれない。

 でも、この笑顔も厚意もボクのためじゃなく、他人のためなのだなと思うと、逆に胸が痛くなった。


 ラマイカさんがボクに優しくしてくれるのは、ヴェレネお嬢様にそう頼まれたからだ。

 妹分との約束を果たすためならラマイカさんは父親と衝突し、周囲から奇異の目で見られ、我が身を傷つけ、挙句の果てに死に瀕することも厭わない。傍目から見ると痛々しさすら感じるくらいだ。

 それだけヴェレネお嬢様を愛している。


 ボクじゃない。


 それで当のヴェレネお嬢様がどんな犠牲を払っているかといえば、きっと何もしていないのだ、あのお嬢様は。

 自分には何もできないと言い訳して、親に異議を唱えることもしていないだろう。

 だったらせめて、他人に余計な重荷を背負わせなければいいのに。


「――あの、ラマイカさん。助けてください。どうか、よろしくお願いします」


 偉そうにヴェレネお嬢様のことを批判しておいて、結局彼女の好意にただ乗りするのは悔しいので、ボクはせめて自分の言葉で救いを乞い、頭を下げる。


「だからそう言ってるじゃないか」


 ラマイカさんが苦笑して、ボクをエスコートする。


「さあ、行くよ」


 先導するメイド達がうやうやしくドアを開けると、万雷の拍手がボクを出迎えた。





 助けてくれるというラマイカさんの言葉に嘘はなかった。

 彼女のおかげで挨拶をとちらずに済ませることができたし、出席者と会話するにも地雷を踏まずに済んだ。


 基本的にはニコニコしながら聞かれたことだけ答えていればよかった。一言二言話すと、それでもう義理は果たしたとばかりに客は伯爵の方へ向かう。


 聞こえてくる話の内容は、エネルギー問題に関するものが多かった。

 自分達の文明がどこまで維持できるのか、貴族達もまた不安を抱えているのだ。


 そうこうしているうちに、ナローラさんがダンスの開催を参加客に伝える。

 ついに来たか――とボクは唾を呑み込んだ。


「ねえカシワザキ様、わたくしを誘ってくださらないこと」


 さっき紹介されたが既に名前を忘れたどこぞの貴族の令嬢がボクの前に来た。


「平民の殿方がどうエスコートしてくださるのか、後学のために是非知っておきたいものですわ」


 と言う彼女の顔には悪意が透けて見える。恥をかかせてやろうという魂胆が丸わかりだった。


「おやおや、レディー同士で踊るのかい。それじゃ他の殿方が報われまいよ」


 ラマイカさんが割って入った。


「彼は私が先約を入れている。その後で、私でよければ君のお相手をしよう」

「ま、まあ。願ってもないお言葉ですわ」


 令嬢は頬を赤らめる。

 それでボクは理解した。彼女はラマイカさんに近づいた平民の女装男が気に入らなくて、喧嘩をふっかけてきたのだ。


「……モテモテですね、ラマイカさん」

「そうでもない。基本的には珍獣扱いで遠巻きに見られているよ」


 ダンスホールで音楽隊が演奏を始める。


 パーティの開催が決まってから、ボクはダンスのレッスンを受けていた。しかし所詮は一週間ほどの付け焼き刃だ。ボクはラマイカさんに振り回されるマネキンとなってその場をやり過ごした。


「君は細くて、軽いな。ちゃんと食べてるのか? 身長も伸びないぞ」

「伸びない方が嬉しいんですけどね」


 ボクからすれば大きく見えた姉も、世間一般の基準からすれば長身ではなかった。

 そのうち追い越してしまうのだろう。ああ、今のまま身長も肩幅も伸びなければいいのに。


「あら、流石は平民の方ね。踊りだわ」


 誰かが嫌味を言った。こっちは転ばないのに必死で、華麗に言い返すどころか相手を突き止めて睨む余裕すらない。


「スカートを押さえておきたまえ」ラマイカさんが言った。


 は、と聞き返したときには、ボクは宙を舞っていた。シャンデリアがすぐ目の前だ。

 投げられた、と理解したときには重力がボクを引き戻す。

 次の瞬間にはラマイカさんの腕の中でお姫様抱っこされていた。そのままラマイカさんは独楽のようにクルクルとターン。


 回転の停止と共に演奏も打ち切られた。人々もまた動きを止めている。

 ダンスホールにいる全員――ボクを含めて――が、ラマイカ・ヴァンデリョスの突然の奇行に意表を突かれ、呆気にとられていた。


「いや、驚かせて申し訳ない! 新しいダンススタイルの追求に最近凝っておりまして! 如何でしたでしょうか?」


 ホール内の全員に聞こえるような声でラマイカさんは言った。


「しかし彼くらいしか付き合ってくれる者がいなくて困っているのです。どうでしょうそこの御婦人」

「わ、わたくしではお嬢様のお身体に負担をかけてしまいますわ。ダイエットが成功したらその時は」

「――それはそれは。お待ちしております」


 それで人々のボクを見る目は、「貴族の真似事をする身の程知らずの猿」から「頭のおかしい主人に付き合わされる可哀想な従者」に変化した。


 その認識を固定するため、2曲目の間ラマイカさんはボクを投げ飛ばしたり振り回したりし続けた。


 彼女がボクを助けるために馬鹿をやってくれるのはわかる。もちろん感謝はしている。

 しかしお願いだからもう少しボクの三半規管に優しい助け方をしてほしい。


「おや、具合が悪いのかい? 仕方ない、テラスに避難しよう」

ひゃひはい……」


 なるほど、体調が悪いのであれば、他の誰かからの誘いを断る正当な口実になるわけだ。

 でも、実際にマジで気分を悪くする必要あったんですかね?


 テラスに出る。汗ばんだ身体に夜風が心地よい。

 パーティ会場には照明が点いているので、ボクは暗視ゴーグルをつけていない。そのため庭の景色はまったく見られなかったが、それでも空に浮かぶ上弦の月はボクの目を和ませてくれた。


「ちょっとここで待っていてくれ」


 そう言って出ていった彼女は、ほどなく1人の若い貴婦人を連れて戻ってきた。

 ボクはその貴婦人を知っていた。


「……ヴェレネお嬢様?」

「久方ぶりです、カリヴァ」


 悲しそうな、それでいて嬉しそうな様子も垣間見える微妙な表情で彼女は近づいてきた。


「……どういうことです?」

「彼女は君に話したいことがあるらしい。だが、今ではこういう時でもなければ1人で外出もできない状況らしくてな」


 リープシュタット伯爵としては娘にこれ以上スキャンダルを重ねられたくはない。単独での外出を禁じるのは妥当な判断といえた。だがヴァンデリョス伯爵家からの誘いとあれば、行かせないわけにはいかなかったわけだ。


「……じゃあ、後は若い2人でゆっくりと。私はさっきのレディとの約束を果たさねばならん」


 お見合いの仲人みたいなことを言って、ラマイカさんはテラスを出て行く。

 いや、待ってくださいよ、とボクはその手を掴む。何を話せと言うんだ。こういう時に限って放っておかないで欲しい。


 しかし、こっちを振り返ったラマイカさんの顔は、何か汚いものを見るかのようだった。

 ボクは息を呑んだ。

 ああ、そうか。本当に、この人にとってボクは、ヴェレネお嬢様のおまけでしかないんだ。


 それ以上彼女の顔を見ていられなくて、ボクは目を逸らした。手を離す。

 すまない、と一言だけ残してラマイカさんはさっきボクにちょっかいをかけようとした令嬢の元へ向かう。

 令嬢は心なしか引きつった顔でダンスホールにエスコートされていった。


「……あの」


 ああ、そういえばヴェレネお嬢様がいたんだった。


「ニュースで知りました。いろんなことが起きたんですね、カリヴァには」

「ええ」


 あんたのせいでな。


「すみません。わたくしが勇気を出すのが遅れた所為で、あなたには迷惑をおかけしました。何とお詫びをすればいいか……」

「…………」

「本当は、事故で家まで失ったあなたを保護すべきはわたくしなのです。ですがお父様は金輪際あなたに近づくことまかりならぬと仰って、それで、わたくしは……」

「……あなたはいつもそればっかりだ」

「カリヴァ……?」

「親が許さない、自分には何もできないって、そうやって全部他人に押しつけて! 結局あなたは何も変わっちゃいない! ラマイカさんがボクを押しつけられてどれだけ迷惑してるか、あなたにはわからないでしょうね!」

「…………!」


 ボクは違う。ボクの問題は自分1人で抱えてみせる。

 孤児院の皆の復讐も、そりゃガリリアーノさん達の力は利用するけど、実行するのはこの腕だ。判断するのはこの脳髄だ。

 あんたとは違う。同類なかまだなんて思って近づいてくるんじゃない!


 ヴェレネお嬢様は泣きそうな表情をしている。そうやって人を悪者にするのはやめろ、と言いたくなる。

 孤児院の皆の命を奪った黒幕があんたの父親だっていう可能性もまだあるんだ。そんな中でボクがあんたにどんな優しい言葉をかけると思ってたんだ。


「それでもVK紳士の端くれ? レディを泣かせるなんてなっちゃいないんじゃないの、カリヴァ・カシワザキ」


 聞き覚えのある声に振り向くと、テラスの入口にティアンジュさんが仁王立ちしていた。

 菜の花色をしたドレスを着ているところを見ると、彼女も招待されていたらしい。


「いたんですか」

「ええ、遅刻したのは謝りますわ。本当は多忙故すっぽかすつもりだったのですけれど、あなたがどっちの格好で来るか気になりまして」

「恋ですか。間に合ってませんが遠慮しておきます」

「違います!」


 ティアンジュさんの背後にラマイカさんが歩み寄り、肩を叩く。おい、邪魔をしてやるなと囁いた。

 だけどティアンジュさんは耳を貸さない。そしてボクもティアンジュさんの喧嘩に乗ってやった。こっちは虫の居所が悪いのだ。


「あなたがラマイカ・ヴァンデリョスの血婚相手になると大見得切るから大目に見てさしあげたのに、伯爵の紹介ではあくまで保護、居候の類だそうではありませんか。交際から破局まで早すぎませんこと? 流石は雑食人、生き急いでますわね!」

「そっちは随分のんびりしてますね。テロ対策班ってもっと忙しいのかと思ってましたよ。暇そうで何よりです」

「ご心配なく、あなたの懐に優しそうなみすぼらしいドレス姿も見られたことですし帰ります」

「これ、ヴァンデリョス家の人が選んでくれたんですが」

「……訂正しますわ。あなたにはもったいないドレスも見られたことですし帰ります」

「手首に扇風機を仕込んでると夏は快適でしょうね」

「あら頭にゴミがついてますわね、吹き飛ばしてさしあげましょうか?」


 ティアンジュさんが、ボクのヘアピンを手で払い落とそうとするかのような動作をとる。

 ボクの思考は一瞬、空白になった。


「――やめろよッ!」


 自分でも驚くくらい、大きな声が出た。室内にいる人間が一斉にこっちを見る。

 ティアンジュさんは怯えた表情をしたがそれも一瞬で、すぐに怒りの形相に変わった。


「あなた、誰に向かって口を利いてますの?」


 力で劣る雑食人から怒鳴られるなど、吸血人のティアンジュさんには耐えがたい屈辱だろう。面子を傷つけられた彼女がやることは1つしかなかった。


「カリヴァ・カシワザキ! あなたに決闘を申し込みます! WG戦です!」

「――面白い」


 即座に返答したのはボクではなく、ラマイカさんだった。


「彼の身柄を預かる者として、私が代理で戦おう」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 すぐさま、ヴァンデリョス家に2体のWGが運び込まれた。

 1つは『陽光の誉れ』サンライト・グローリー。もう1体はアイアンヨーヨーを持つティアンジュさんの機体、『へティーケリー』。


 敷地内に2つ並んだテニスコート、そこからネットと監視台が全て取り払われれば、WGが一騎打ちをするには充分なスペースが確保された。


 コートを囲むフェンスの外にはパーティの参加者が余興気分でつめかけ、その間を軽食と飲み物の載った盆を抱えたメイド達が行き交う。


「コクピットへの攻撃、射撃武器は禁止。ダウン後の追い打ちも不可。10カウント一本勝負。よろしいですね?」


 レフェリーに任命されたのはナローラさんだ。


 2機のWGにトゥームライダーが乗り込む。


「はじめ!」


「……まさかお姉さ……レディ・ラマイカとこんなところで雌雄を決しようとは」

「無駄口を叩かない方がいいぞ、ティアンジュ。今宵の私は機嫌が悪いんだ」


 観客達と一緒にボクはラマイカさんの動きを見守る。

 可憐なドレスに無骨な暗視ゴーグルはミスマッチ甚だしいが仕方あるまい。


 ヴァンデリョス伯爵が全ての黒幕だった場合、場合によってはラマイカさんと戦うことになるのだ。その時のために、彼女の戦い方を見ておく必要があった。


 だが――。


 横からクイクイと服を引っ張られる。邪魔だ、と思って見れば、そこにはヴェレネお嬢様がいた。


「カリヴァ、話したいことが……」

「今忙しいんですけど」


 WGに目を戻せば、へティーケリーが左のアイアンヨーヨーを頭の上で鎖分銅のように回していた。

 一方『陽光の誉れ』は動かない。構えすらとっていない。よく見れば武器の1つも持っていない。

 アームピックすら起動していなかった。


「馬鹿にしてますの?」

「こんな決闘で死ぬこともあるまい」

「それを馬鹿にしてると言いますのよ! これだから貴女は!」


 へティーケリーは左のアイアンヨーヨーを飛ばす。それを紙一重で躱し、ラマイカさんは機体を前進させる。

 ティアンジュさんは左腕を引く反動を利用して、今度は右のヨーヨーを発射。


 上体だけを反らしてそれを回避したラマイカさんが回し蹴りを放つ。

 左のヨーヨーが盾となってそれを防ぐ。

 だが間髪入れずエア・スラスターを使って空中で機体をスピンさせたラマイカさんは爪先に盾の縁をひっかける。そのまま足を振ると、衝撃でジョイントが砕け、左ヨーヨーは腕から引き剥がされた。


「なっ――」


 動揺を見せるヘティーケリーに対し、ラマイカさんは容赦なく追撃を実行。懐に潜り込んでの鉄山靠てつざんこう、からの肘打ち。足払い。ブレイクダンスのような連続回し蹴り。サマーソルトキックの勢いで起き上がってからのテンプシーロール。そして。


「ハッ!」


 崩拳の一撃が、へティーケリーの腰シャフトをへし折る。

 前面装甲をボロボロにしたヘティーケリーが崩れ落ち、テニスコートに風を走らせた。


「ノックアウト。勝者、ラマイカ・ヴァンデリョス」


 ナローラさんは高らかに勝者の名を読んだ。

 試合時間、30秒――。ちなみに言い争いをしていたところから含めて、である。

 ラマイカさんの勝利を祝う赤いロケット花火が夜空に炸裂し、その光が山吹色の機体をキラキラと輝かせた。


「フフン、見てくれたかねカリヴァ君」

「こんな余興でマニピュレータ全損させておいて得意がらないでくださいよ、お嬢様」


 ナローラさんがやれやれと肩をすくめて言った。


 ボクの拳は震えていた。

 半分は、今後場合によってはあんな相手と死合わねばならないことへの恐怖。

 そしてもう半分は、強者への純粋な尊敬と憧憬だった。


「カリヴァ」


 横からヴェレネお嬢様がボクを呼ぶのが鬱陶しい。


「あなたはわたくしを恨んでいること、わかっています。それでもわたくしは」


 ぐい、と細い手がボクの顔を彼女の方に正対させる。そればかりか暗視ゴーグルを引きむしってきた。

 彼女らしくない強引なやり方である。それに戸惑っているうちに、彼女は、ヴェレネお嬢様は、ボクの唇に自分のそれを重ね合わせた。


 ラマイカさんの勝利をたたえる人々の声が、ボクの鼓膜から抜け落ちる。


「…………!?」

「――わたくしは、今でもあなたを想っております」


 花火に照らされる彼女の艶然とした微笑は、もはや『お嬢様』リトル・ガールなどとは呼べぬ、『女』の顔をしていた。


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