礼装


 ドレスの仕立てをするというから街に出かけるものと思ったが、そこは上流階級、仕立屋の方がやってきた。


「本日はお日柄も良く……。衣装をご用意させていただくのはこちらのお嬢様でよろしいですか? え? お嬢様じゃない?」


 仕立屋は微妙な顔をしながら、タブレット端末のカメラを起動する。


「では、失礼ですが上のお召し物を取り去っていただいてよろしいですかな」


 ボクがそれに従うより早く、メイドのキャリーさんがボクの服の裾を掴んだ。


「カリヴァ様は楽になさってください。私がいたします」

「1人でできますよ!」

「なりませんカリヴァ様。カリヴァ様は私どもにとって準主人に当たるのですから、たかが着替えなぞにお手を煩わされてはメイドの名折れです」


 吸血人のメイドに力で勝てるはずもなく、ボクは奪われるように服を脱がされた。本当に男性でいらしたのですね、とキャリーさんが呟く。まさかそれを確認するのが目的じゃないだろうな。


「ではお客様、そこにお立ちになってください。おみ足は閉じて。両手は少し広げて。……はい、少し顎をお引きになっていただけますかな」


 フラッシュ。上半身裸になったボクの全身を、仕立屋はカメラにおさめた。


「――今季はパールホワイトが流行となっております。これなど如何でしょう?」


 うやうやしく差し出されたタブレット端末の画面には、真珠色のドレスを着たボクの姿があった。

 仕立屋が画面をフリックすると、着せ替え人形のようにボクの姿はそのまま、ドレスだけが切り替わる。


「カリヴァ様、ドレス選びのご経験は?」


 メイドのアンジェラさんが尋ねてきた。ないです、と答えると、彼女は待ってましたとばかりに金色の瞳を輝かせる。


「では、不肖このアンジェラめにお任せくださいませんか!」


 アンジェラさんは答えも聞かず端末をひったくった。

 ドレスをパーツごとに切り替え、アクセサリを追加し、ああでもないこうでもないと楽しそうに着せ替え遊びを始める彼女。


 その間に仕立屋はメジャーを取り出し、ボクの寸法を測り始める。

 言われるままに腕を上げたり広げたりしながら、ボクは伯爵のことを考えていた。


 ボクの命を狙ってきた男。そいつの持っていたペンダントはヴァンデリョス家の紋章だった。

 伯爵の下した使命を果たす者に貸与される、伯爵家家臣の証。偽造は困難で、リスキーだ。


 病院を襲った敵はラマイカさんが研究していた機械吸血鬼ヴァルヴェスティアと同じ物。伯爵はラマイカさんの上司だ、部下の研究を別の誰かに売り渡すことは容易だろう。


 そして伯爵にはボクを排除したがる理由がある。


 ならば伯爵こそが一連の事件の黒幕――? いや駄目だ、そう断じるには証拠が足りない。もっと決定的な証拠が欲しい。


 その時、部屋のドアが開いた。顔を見せたのはラマイカさんだ。

 

「――どうだ、カリヴァ君?」

「お嬢様、ノックをしてください。それに殿方の着替えを覗くのは淑女として如何なものかと」


 大急ぎでボクに服を被せながらキャリーさんが抗議する。


「それをいうならキャリーさんも女の人では……」

「何を仰いますカリヴァ様、わたくしどもは使用人でございます。カリヴァ様は、メスの蚊や蝿に入浴を覗かれて恥じらったりなさいますか? どうか堂々となさいませ」

「そう言われても……」


「――カリヴァ様、これで如何でしょう?」


 アンジェラさんが端末を差し出してきた。


 如何でしょうといわれても、あいにくボクにドレスの審美眼なんてなかった。自信満々に立候補しただけはあると思うが。


「――あ」


 ボクは大切なことを伝えるのを忘れていたことに気づいた。


「アンジェラさん、選んでくれた後で悪いんだけど、できればこの髪飾りをつけていきたいんだけど」


 ボクは今日も当然つけている蝶のヘアピンを指で示す。アンジェラさんは困ったような、嫌そうな顔をして目を逸らした。


 彼女の気持ちはわかる。幼稚なデザイン、しかも欠けたヘアピンなんてどんなドレスにしようが全て台無しだ。


「カリヴァ様、私が1級ドレスコーディネイト資格保持者ホルダーだからといって、それは……」

「子供っぽいし、壊れてるのも承知だけどさ、大切な人の形見なんだ。なんなら頭じゃなくて胸とかでもいい」


 このヘアピンは姉の象徴だ。ボクの身体で最も価値のある部分である。ボクにとってボク自身の肉体なんてものはヘアピン置き機スタンドに過ぎない。


 これを着けて行けないのなら、パーティをすっぽかしたっていいとさえ思う。


「いいじゃないか、好きにさせてやれ」


 ラマイカさんが面白そうに言った。


「しかし、ヴァンデリョス家の名誉にも関わるのでは……」

「かまわんよ。君達の前にいる女を見たまえ。パーティにドレスを着ていったことが1度しかない女だぞ?」


 ちなみにその1回は女王陛下が出席するパーティで、周囲から泣き落としや脅迫を受けて渋々着たものだったが、当の陛下は男装の変人娘と会えるのを期待されていたらしく、逆に文句を言われてしまったという。


「似合いもせん服をお仕着せられたうえ、陛下からは嫌味を頂戴してしまった。『雨降れば土砂降り』泣きっ面に蜂って奴だ。だから以後、私は女王陛下のパーティだろうと神々の御前だろうと自分のスタイルを貫くことに決めたのだ」


 フフン、と胸を反らす主人を、メイド達はどこか冷めた目で見ていた。


「……お嬢様がカリヴァ様を血婚相手に選んだのって」

「自分の倒錯趣味仲間が欲しかった……?」


「聞こえてるぞ、誰が性倒錯者だ!」



 ラマイカ・ヴァンデリョスについてわかっていることは少ない。

 突然変異の高位吸血人で、伯爵の三女。姉たちは他家に嫁いでしまっているので、彼女か彼女の婿がヴァンデリョス家を継ぐことになる。ちなみにVKでは長子以外の爵位相続が可能だ。


 2度の世界大戦を生き残ったエース・トゥームライダー。今はエネルギー開発省で働いている。ボクを勝手にヴルフォードに乗せたかどで目下謹慎中。


 彼女はいきなりボクの前に現れ、血婚を申し込んできた。ボクの何がそんなに気に入ったのかはわからない。でも何度も自分の身を危険にさらしてボクを救ってくれたのは事実である。


 ボクを守ってくれた。


 ……姉さんみたいに。


「カリヴァ様、お顔が赤いですよ?」


 キャリーがボクの額に手を当ててきて、そのひんやりした感触にボクは我に返った。


「風邪ですか、それはよくありませんな」


 仕立屋が眉をしかめた。ボクの健康を案じているのではない。病気持ちの血は不味いらしいし、最悪の場合、食中毒を起こすこともある。自分の受け取る配給血液がそうなることを、彼は心配しているのだ。


 雑食人としても血の質が落ちるのは大問題だ。“血税”の代償としてもらえる給付金の額が下がってしまう。滅多にないことだが、F評価を3回取るようなことになれば国外退去処分だ。


「……これで如何でございましょう」


 ウンウン唸った挙句にアンジェラさんが見せてくれたのは、ヘアピンと同じ翡翠色をしたゴシックロリータ風味の可憐なドレスだった。


「……いいですね」

「うむ、私もよいと思うぞ。流石アンジェラだ」


 姉がそれを身につけているのを想像する。女の子である以上、姉さんもやっぱりこんなドレスで着飾ってみたかっただろうな。そう考えると、目頭が熱くなってきた。


 泣くほど感動していただけるとは……と、勘違いしたアンジェラさんが目をキラキラさせていたが、あえて否定しないでおいた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ドレスが出来上がったのは、予定より早い4日後のことだった。


「せっかくだから、こっちから受け取りに行こう。ついでに街でデートと洒落込もうじゃないか」


 ラマイカさんは車の鍵を指にひっかけてクルクル回しながらそう言った。


「謹慎中だったのでは……」

「うむ。謹慎もたまには息抜きが必要だろう」

「…………」


 屋敷の主人の娘の意向にボクが逆らえるはずもない。

 そんなわけで、ボクとラマイカさんは2人で夜の街へ繰り出した。


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