選択


 ボクのスコットランド州行きはキャンセルになった。


 ガリリアーノさんに協力する気になったからではない。ホテルに直接乗り込んできたティアンジュさんが事情聴取という名目でボクを拉致監禁したからだ。


「拉致監禁だなんて言わないでいただけます?」


 プリストル市警の取調室の1つを占拠し、ボクと彼女は粗末な机を挟んで向かい合っていた。


「スモレンスクさんは?」

「あやつには昨日の現場に向かわせております。それが何か?」

「……いえ」


 なんとなく、目の前の女性より彼の方が話が通じそうな気がするからだとは言えない。


「あなたにはいろいろ聞きたいことがあります。大人しく話すならカツ丼キャツドゥンを御馳走してあげますわ」

「キャツドゥン……?」

ええ、カツ丼イエス、キャツドゥン


 ティアンジュさんは胸を張った。


「あなたの国では、取り調べを受ける犯罪者には最後の情けとしてフライドポークとスクランブルエッグをのせたライスを食べさせるのでしょう?」


 まるで相手が隠してきた重大な秘密を当ててみせたかのように、得意げに彼女は笑った。

 おほほほほ、とか言えば似合うだろうなと思った。


「ワタクシとてアルマラス男爵家に名を連ねる者。寛大な采配にこうべを垂れるがいいですわ」


 また貴族か。何とはなしに身構えてしまう。


「……何をお聞きになりたいんですか?」

「あなたは――リープシュタットとパクシュ家の決闘に、代理闘士として参加しましたわね?」

「はい」

「見事な勝負だったそうじゃありませんか。知ってますの? あなた、ちょっとしたヒーローですのよ」


 ティアンジュさんは一枚のコピー紙を広げた。新聞記事の切り抜きが几帳面に貼ってある。貴族には似つかわしくない、俗な情報ばかりを載せた大衆紙の切り抜き。まとめたのはきっとスモレンスクさんだろうな、と思った。


 記事の内容はここ数日の間にボクの身に起きたことだ。

 ヴェレネ嬢を巡る決闘試合、孤児院の惨劇、そして病院での戦闘。どんどん記事の扱いが大きくなっている。一面を飾るのも遠くないな、などと不謹慎な感想が頭をよぎった。


「あなたは決闘でタラプール男爵を打ち負かし、あまつさえ言い寄ってきたヴェレネ嬢を足蹴にした」

「いや、その表現やめていただけます?」

「男爵にとってはいい恥さらしですわ。よりにもよって公衆の面前で婚約者をさらわれた挙句、当の男は婚約者を拒絶し、しかし決闘に敗れた彼にはもう言い寄る権利はない」


 確かにひどい顛末だ。だが報復に相手と相手の家族を皆殺しにしても許されるほどではあるまい。


「大変なことになりましたわ」

「はい。まさかWGで3度も命を狙われるなんて――」

「いえ、大変なのは男爵です」

「は?」


 ボクじゃないのかよ。


「最近、ネットを中心に吸血人と雑食人、貴族と平民の仲を裂くような言説が飛び交っていますのよ。御存知?」

「いいえ。スマホは手放してしまったので。電気代が馬鹿にならなくて」

「そう、不景気や貧困、社会不安は国粋主義や排他主義を助長させるものです。愚かな民衆がわかりやすい敵を見いだし、安心を得ようとするのは当然のこと」


 そこで『愚かな民衆』とか平民相手に言っちゃうあなたも染まってるみたいですね、とはあえて言わない。


「そういう者達にとって、この事件は格好の餌ですわ。『傲慢な貴族が恥をかかされたことを恨み、WGまで持ち出して小童1人を殺そうとした』なんて噂が出歩いています。しかも失敗してるんだから物笑いにすらなっている」

「――事実じゃないんですか」

「馬鹿馬鹿しい」


 ティアンジュさんはバッサリと切り捨てた。考えようともしない。


「でも、孤児院を襲った奴等が言ったんです。ボクが怒らせてはいけない人を怒らせてしまった、だから殺しに来たって」

「犯人と話をしましたの?」

「ええ。3人のうち2人は死にましたけど、1人は逮捕したでしょう?」

「聞いてませんわ、そんな話。犯人は全員死亡したと」

「は!?」


 ガリリアーノさんの言葉が甦る。 

『もう黒幕が裏から手を回して釈放させてるかもしれない。貴族様ならやりかねん』


 それを鵜呑みにするには、彼の話はコミックじみていた。

 だがどうやら信じざるを得ないようだ。


 国家権力、法さえ曲げる貴族の意向。まるで子供向けテレビ番組の悪役じみた設定だ。けれど実際にそいつらは、人間1人が逮捕された事実を揉み消してみせた。


 直接逮捕したガリリアーノ刑事に聞いてみてくれと言いかけて、やめた。ガリリアーノさんに何ができるというのだ。逆に彼の不利になりかねない。


「そういうわけですので」


 何がそういうわけなのかよくわからなかったが、ティアンジュさんは強引に話をまとめ、一枚のプリントを机に置く。用紙のタイトルには『誓約書』の文字があった。


「この件は箝口令かんこうれいとします。今後誰に訊かれても、一連の事件に関してはコメントしないように。決闘のことは観客がいるから仕方ありませんが、養護施設のことは純然たる事故。私立病院での戦闘は無関係なテロ。そして昨夜のことは――そもそも起こらなかった」


 いいですわね、とティアンジュさんは営業スマイルを浮かべた。それが確認ではなく、命令なのはボクにもわかる。誓約書に署名するまでここから帰さないぞ、という意志を感じた。


「いやです」


 思考より早く言葉が出た。損得勘定などあったものではない。


「冗談じゃないですよ! あなた達がちゃんと捜査してくれるって信じてたから、ボクは自分が復讐する必要なんかないって思えたんだ! それがなんですか、臭いものに蓋をするだけですか!? 遊びでやってんじゃないんですよ!」

「だからって、タラプール男爵に悪質な嫌疑がかかることは避けねばならないのです! これは上層部からの指示でもあります。男爵の名誉、いいえ、VK貴族社会全体の沽券こけんに関わる問題ですから!」

「あなたの上司の命令を聞く義理もなければ、貴族の名誉も関係ありませんよ! こっちは殺されてるんです、家族同然の者を!」


 ティアンジュさんは何か言おうとしたが、それは果たせなかった。

 取調室の外から怒鳴り合うような声が響いてきたからだ。


 何事かと振り返ったティアンジュさんが見ている前で、ドアが勢いよく開かれる。そうして入り込んできたのは、なんとラマイカさんだった。


「お姉さ……ヴァンデリョス嬢、何故ここに……?」

「私の血婚相手がここに不当勾留されていると聞いてな」


 彼女の背後で、スモレンスクさんが申し訳なさそうに身を縮こまらせていた。


「おまえにも事情はあるのだろうが、カリヴァ君を監禁して強引に言うことを聞かせようとは、相も変わらずの力押しだな。大戦の折りにそれで何度も死にかけておいて、まだその方針を悔い改めていないのか、おまえは」

「あなたには関係の無いことですわ! 公務執行妨害で――」

「私を捕まえるか?」

「…………」


 ティアンジュさんは言葉に詰まった。ラマイカさんを逮捕すればヴァンデリョス家から睨まれるのは明白だ。少なくとも正当な逮捕であることを証明するような物的証拠は何もないのだから。


 ラマイカさんは懐から1枚の紙を取り出し、机の上に広げた。

 そのタイトルは――『血婚証明書』。

 既にラマイカさんの記入欄は埋めてあった。


「君が私と契約を交わせば、血婚相手保護の原則に則り、私がここから君を出してやろう」

「横暴ではなくて!?」

「横暴には横暴で応報するのが王道だ」


 どさくさに紛れてラマイカさんは箝口令の誓約書を床に落としてしまおうとした。だが紙が机から落ちる寸前、思い直したように拾い上げ、血婚証明書と並べるように置く。


 彼女の金色の瞳がボクを映し出す。


「――君の将来だ。君が選びたまえ、カリヴァ・カシワザキ」


 ボクは目を閉じ、深呼吸。耳を澄ませる。姉の声を聞くためだ。

 姉さんの指示がボクの意に沿わぬものであっても、もちろんボクは従うつもりだった。


 だけど姉さんは何も言わなかった。それを良かったと感じてしまう自分を後ろめたく思う。

 何故ならボクの選択は、きっと姉さんの考える幸福とは違うものであったはずだから。


 

  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「――で、なんでそっちにしたんだ?」


 意外と働き者らしい。日の昇る前に出勤してきたガリリアーノさんと、ボクは警察署のロビーで鉢合わせた。

 ボクが大まかな経緯をかいつまんで話すと、彼はニヤリと笑った。


「もしかしたら、箝口令さえ守っていればもう狙われなかったかもしれないぞ」

「それって口約束ですらない、相手の胸先三寸ですよね」


 ボクは、ラマイカさんと血婚することを選んだ。

 

 ガリリアーノさんが言うように、箝口令の件はまだ見ぬ黒幕からの「黙っているなら命ばかりは見逃してやろう」という有り難い慈悲だったのかもしれない。


 馬鹿にするな。シスターや皆を死なせておいて、何もなかったことにされてたまるか。とことんまでやってやる。おまえ達に思い知らせてやる、何も持たない人間に喧嘩をふっかける恐ろしさを。


「……だからって、別にガリリアーノさんの『私的活動』に協力する気になったわけじゃありませんので」

「わかってるよ」


 少し離れた場所からラマイカさんが手を振った。そろそろ行かないと、到着前に太陽が出てしまう。


「元気でな。だが忘れるなよ」


 ガリリアーノさんは声をひそめた。


「ラマイカ・ヴァンデリョスもまた貴族の一員なんだからな」

「…………」


 そう。ボクは彼女のことを何も知らない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます