誘(いざな)い


 VK警察は人手が足りないらしい。ティアンジュさんの引き継ぎとしてやってきたのは見知った顔の刑事だった。

 またおまえか、とガリリアーノさんはウンザリしたような顔をしたが、それはこっちの台詞である。


「雑食人なのに、夜間もおつとめされてるんですか?」

「もうすぐお天道様がおでましだからな」


 吸血人にとって残業は命に関わる。遮光手段があるとはいえ、可能な限り殉職の危険を避けたいというのは仕方のないことだろう。

 そういえば、吸血人のおかげで勤務時間シフトが早くなったり長くなったりするって、以前からガリリアーノさんは文句を言ってたっけ。


「おまえがいるってことは、あのお嬢様もいらっしゃるんだろう?」

「ええ。WGキャリアの中にいらっしゃいます」


 そろそろ日の出が始まるということで、ラマイカさんとティアンジュさんはWGキャリアに引っ込んでいる。

 ラマイカさんの態度からすると、かつての2人は仲がよかったらしい。だが会わなかった間に何かが変わった。ティアンジュさんの態度は冷たくよそよそしいもので、2人の間には張り詰めたような空気が漂っている。


 あの2人と一緒に閉じ込められておかれたくなくて、ボクはスモレンスクさんの手伝いをするという口実で外に出ていた。


「御令嬢には後日お話を伺うとして今夜は早々にお帰りいただくが、おまえにはもうしばらく検分に付き合ってもらう。それでいいな?」

「その後で街まで送ってくださるんでしたら」

「わかったよ。おい、誰か――」


 刑事さんは部下を呼び止めようとしたが、何故か誰もがそそくさと目を逸らして去っていく。


「随分好かれてますね」

「生粋のVK人みたいなこと言うんじゃねえよ。……前に、貴族に関わるなと言っただろう」

「関わるな逆らうな目をつけられるな、でしたっけ」

「だがおまえの一件で、俺はヴァンデリョス嬢と関わっちまった。つまりもう手遅れだし、貴族絡みの厄介事は全部俺に押しつけちまおうって腹なんだよ、あいつらは」

「……チームワークの取れた良い職場ですね?」

「生粋のVK人みたいなこと言うんじゃねえよ」


 引き継ぎをすませると、スモレンスクさんと2人の吸血人は街へ帰っていった。

 WGキャリアが見えなくなると、警官達の間にはほっとしたような空気が漂う。そんな彼等にボクは――がっかりした。

 

 人の叡智は自然の掟を塗り替えられる――かつて姉さんがそう言った時、ボクは正直に言って、姉を馬鹿なんじゃないかと思った。


 しかしどうやら姉以上にボクも馬鹿だったらしい。

 なんだかんだでこの国の理念を信じていたのだ。


 それがどうだ。些細な問題で吸血人は虫けらを潰すかのように雑食人の命を狙い、雑食人は雑食人で吸血人を敬遠している。


 仕方ない――わかっている。いくら綺麗事を並べても、ウサギがライオンに感じる恐怖は拭えないのだ。そしてライオンがウサギを見る目も。


 それでも、これじゃ姉さんが裏切られたみたいじゃないか。


「おい、帰るぞ刈羽」


 顔を上げると、ガリリアーノさんは車の側で手を振っていた。いつの間にか検分は終わったらしい。ボク、残る必要あったんだろうか。


 車に乗り込むと、充満した紫煙が目に染みる。カーステレオ前方に備え付けられた大型の吸い殻入れは満杯だ。

 必要があってもラマイカさん達と一緒に帰るべきだったと痛感した。


「――そういえば、VKに対WGテロ部隊なんてあったんですね」


 対WGテロ用特殊部隊。そんなものがあったなら、チェダーフィールド病院の時にもっと早く動いてほしかったものだ。たとえ謎の霧で最寄りの基地が機能不全に陥っていたとしても、もう少しやりようがあったのではないだろうか。


「できたのは最近だよ。テロリストがWGなんて高価な玩具を持ち出すとは政府も考えてなかったし――。それに予算もない。俺らみたいな警察が後始末してる時点でわかるだろ?」


 今、政府は余計な金を使いたくないんだよ、とガリリアーノさんは言った。


 その理由は、昨今のエネルギー資源枯渇問題にある。新発電システムを模索してはいるが、都合よく発明されるとは限らない。どちらにせよ社会基盤インフラストラクチャーを新たに構築し直すには、予算が必要だ。それも莫大な。


「まあ、とりあえず間に合わせの部隊だ。人員も権限もたいしたことはない。だから、おまえの仇討ちを肩代わりしてくれるとは考えない方がいい」

「仇討ち……」


 確かに、シスターや皆の死を巻き起こした連中に落とし前をつけることができれば、痛快だろうなと思う。

 だが正直、実感のない言葉だ。芝居じみている。


 ボクの反応が芳しくないとみて、ガリリアーノさんは不快そうに眉をひそめた。

 寄り道するぞ、と車線を変更する。





 6年も暮らした街だ。どこをどう行けば何があるかはだいたいわかる。たとえ、そこにあったものがもうなかったとしても。


 孤児院のあった場所はすっかり更地になっていた。誰が供えてくれたのだろうか、敷地を囲ったフェンスに小さな花束がもたれかかっていた。


「ここで死んだ仲間の無念、考えもしなかったわけじゃあるめえ、刈羽」


 刑事は低い声で言った。

 脳裏にあの日の光景が甦る。タンクローリーに貫かれた建物。壁や床には子供達だった肉片が原形を留めることなくぶちまけられ、命の象徴である赤い液体が床を侵食し何よりも雄弁に死を物語る。

 吐き気がした。


「この世のクズが噴き溜まるマフィアでさえ、身内が殺られたときは仇を取りにいくもんだ。なのにおまえは全部忘れてのうのうと生きていく気かよ」

「……はは。ガリリアーノさん、そこはむしろ『復讐は何も生まない』とか言って止めるところじゃないですか」


 緊迫した空気を和らげようとボクはおどけてみせたが、刑事はそれを許さなかった。一切の笑みを浮かべることなく、「何も生まねえ、上等じゃねえか」と吐いて捨てた。


「……ガリリアーノ、さん……?」

「確かに復讐は何も生まねえかもな。なら逆に物わかりのいい被害者様が何を生むか知ってるか? 『加害者の増長』だ。痛い目を見ずに済んだ連中は平気で同じことを繰り返す。そうなったら次の被害者に、おまえが呪われても仕方ねえな?」

「……知りませんよ……」

「そもそもこのままイングランド州を遠く離れ、慎ましく生きてりゃもう命を狙われない保証があるのか? いつ自分のいる場所にタンクローリーが突っ込んでくるか、ビクビクしながら生きるつもりか?」

「だったら、どうしろっていうんです? どこの誰が仇なのかも定かじゃないのに!」


 ガリリアーノさんが顔を近づける。きついタバコ臭にボクはむせた。


「なあ刈羽」


 ボクの肩に手を置き、彼は言った。


「俺と、俺達と一緒にこの社会を変えよう」

「は……?」


 社会を変える?

 いきなり何を言ってるんだ、この男は?


「共存共栄なんてでまかせだ。この国はずっと昔から血吸鬼ちすいおにども――正確には貴族が牛耳ってて、連中にとっては今も変わらず平民の連中、特に俺達人間は虫けらなんだよ」

「…………」

どもの横暴で幸福を奪われたのはおまえが最初じゃない。孤児院のガキどもや、シスターのような犠牲はしょっちゅう出てるのさ。誰かが立ち上がらない限り、この流れは変わらない。だから」


 だから俺達は戦ってるんだ、とガリリアーノさんは不敵に笑った。凄絶な笑みだった。口元は笑っていても、目は笑っておらず、彼が味わった地獄を今も見つめている、そんな笑みだ。


「ガリリアーノさん……あなたは……」

「――テロリスト、か? この社会を是とするなら、そうもいえるだろうな」

「今までのあなたは、全部お芝居だったわけですか?」

「まさか。テロリストだろうと正義の味方だろうと四六時中、眉にシワ寄せてたら身がもたんぜ」

「…………」


 彼の過去に何があったのか――いや、そんなこと、ボクには関係ない。

 今更世直しなんかしたって、復讐なんかしてみせたってそれで何になるというんだ。


「こういう時、復讐譚の主人公であれば泣き喚きながら天に向かって胸の怒りを吠え猛るのでしょうけど――」


 ボクにそんなものはない。あるのは空っぽになった虚ろだけだ。


 失う前であれば、ボクは戦ったかもしれない。でもボクはもう失いきってしまった。シスターや死んだ皆は戻ってこない。何も生まないどころじゃない、労多くして益少なし。


「――ボクはどうやら、主人公気質じゃないみたいだ」


 ボクは肩に置かれた手を振り払った。

 加害者が増長して世界が悪化の一途を辿ろうが、もはやボクにはどうでもいい。

 

 それにきっと、復讐の日々は姉さんが望む幸せじゃない――そうだよね、姉さん?

 虚空に答えを求めたが、姉は応とも否とも答えなかった。


「さっきの話は、聞かなかったことにしておきます」

「そうか」


 肩を落としたガリリアーノさんは、手帳を取り出して何かを手早く書き記すと、ページを破って寄越した。


「俺の電話番号だ。気が変わったらいつでも連絡してくれ」

「ないと思いますけどね」


 破り捨てるべきだったのかもしれない。

 いくらかつては親しい隣人だったとしても、社会革命を狙うテロリストとしての暗い側面を露わにした彼と繋がりを持つのは、平穏に生きようとする人間にとって自殺行為だ。


 だけど――この煙草臭い男が失われた日々の1ページだったのは紛れもない事実だった。

 不器用に破られたページを、ボクは丁寧に畳んで懐にしまった。


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