鉄鎖輪


「カリヴァ君! しっかりつかまれ!」


 ラマイカさんが大きくハンドルを切る。さっきまでいた車線で爆発が起きた。

 振り返れば、3機のWGが靴底のキャタピラを回転させてボク達の乗った車を追いかけてくるのが見えた。病院で戦ったものとはまた異なる機影。


「また別の敵なのか……?」

「そうとは限らん。外装を張り替えただけかもな。それにしても、車1台相手にこの仰々しさ!」


 ラマイカさんは車をジグザグに走らせながら、スマホをボクに放って寄越した。


「エネルギー開発省――いや、ロルフトン・マドラスにかけてくれ! WG輸送の手配を!」

「それ、いつまでかかるんです? 来たところで乗り込む隙なんて……」

「何もしないよりはマシだ! ――伏せろ!」


 すぐ手前に着弾。炸薬で撃ち出された鉄杭がアスファルトと激突し、爆薬が爆ぜたように路面を砕く。

 宙に飛んだ飛礫つぶてがフロントガラスにヒビを入れ、細かく砕けたガラスが伏せたボクの背に降り注ぐ。同時に尻の下で嫌な感触がした。右前輪のタイヤが弾けたのは次の瞬間だった。


「チッ!」


 ラマイカさんは舌打ちしてハンドルを切る。だが彼女のテクニックを持ってしても体勢を整えるのは無理だった。

 車体が大きく崖の上にはみ出し、大きく傾く。


「脱出だ!」


 ラマイカさんの決断は早かった。素早く自分とボクのシートベルトを解除し、ボクの手をつかんで車外へ飛ぶ。

 壁面にあった小さな出っ張りにその指がかかった。遙か下方で、車が海に落ちる音が響く。


「すまない、ドーラン……」


 波を見下ろし、ラマイカさんが呟く。車につけた名前らしい。 


「……離してください」


 ボクは言った。

 あいつらが狙っているのはボクなのだ。ボクが死ねば引き上げる――かもしれない。


「それはできないな」


 窮地にありながらも、ラマイカさんは笑みさえ浮かべて即答する。

 ボクを安心させようとして彼女は笑ったのかもしれない。けれどボクの心は安らぎとは程遠いところに連れ去られてしまった。

 またか。またなのか。またシスターの時のようなことが繰り返されるのか。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。


「姉さんもシスターも、あなたまで! ボクのために死のうとしないでくださいよ! そんなの、迷惑だ……!」


 厳密に言えば姉の死にボクは関与していない。だけどあの日父を殺せたのなら、もっと早く殺ることもできたはずなのだ。そうしていれば運命は変わっていたかもしれない。だったらやっぱり、ボクのせいなのだ。


「勘違いしないでもらおう」


 フフン、とラマイカさんは鼻を鳴らした。


「心配しなくても死ぬつもりなど全くない。だが、女子供を見捨てて生き残ったとしてもそれは騎士もののふの名折れ、魂の終いだ。故に、私は私として生きるために君を死なせない」

「そんな古臭い考え方……!」

「そうかね? 君が思っているほど古い価値観じゃないよ。むしろこういうのは近代的思想だ。私にとって――」


 崖が揺れ、ラマイカさんは流石に喋るのをやめてしがみつくのに専念した。地響きを立てながらWGが崖から身を乗り出し、ボクらを覗き込む。吸血人にとって夜の闇は目隠しにならない。WGなら尚のことだ。絶壁にぶら下がったボク達のことはしっかり見えているだろう。


 早くラマイカさんを説得しなければ。


「手を離してください! あなた1人なら、助かるはずだ! ボクならもういいんだ、救われた!」

「救われた――?」


 ボクを狙ってきた相手が誰であれ、それはラマイカさんではない。でなければこうなっているものか。

 彼女が何度も身を呈してボクを救ってくれたことは、嘘でもなければ芝居でもない。それがわかって、どうしてだろう、ボクは救われたように感じられたのだった。


 吸血人と雑食人が平和に、友好的に共存してるなんて嘘だったのかもしれない。ボクの大切な人々はみんな遠いところにいってしまった。だけど今、この手をつかんでくれている人は。


 だから、もう充分だ。


「こら暴れるな、私も落ちるだろう。君は私を殺したいのか――なんだ?」


 大気をハンマーで叩き潰すような音が轟いた。次の瞬間、ボク達を覗き込んでいたWGが後ろから突き飛ばされたように仰け反る。そのままボク達の背を飛び越えて海へと落下。水飛沫が立った。


 これを好機と見てか、ラマイカさんは壁面を蹴り、跳び上がった。崖の縁に指が届く。そのまま片手の腕力だけで彼女は自身とボクの身体を崖上に引き上げた。


 WG達はそれを妨害しなかった。安定した地面の上で大きく息をつくボクらを撃ちもしない。それどころか、ボクらを見てすらいなかった。

 彼等がメインカメラを向けていたのは、海とは反対側――崖の、ボク達がいるよりも1段高い位置に、月を背負って立つ1機のWGだ。


「桜色のWG……?」


 暗闇にあっては色など定かではないボクに代わり、ラマイカさんが呟く。


 両腕に備えた円形盾ラウンドシールドと、踊り子のように広がったスカートアーマー、そして細い四肢が特徴的なWGだった。

 頭部にあたる部分に、4つのライトが眼光の如く稲妻を放つ。


――大丈夫よ、かりばちゃん。


「とああああああッ!」


 新たに現れたWGは大きく跳躍、他のWGの中央に着地、間髪入れず両腕を広げた。左右に装備された円形の盾が唸りをあげて敵へ飛ぶ。その直撃を受けた左右の2機は転倒。大破。

 盾と腕はチェーンで繋がっていた。じゃらら、とチェーンが重々しい軋みをあげ、盾は持ち主の腕に巻き戻される。まるでヨーヨーだ。


 負けを察してか最後の1機は身を翻し、元来た方向に疾走する。逃げるつもりだ。


「痴れ者がッ!」


 瞬く間に2機を撃墜したパイロットの叫びが夜空を奮わせる。

 ヨーヨーのように飛ぶ円形盾を持つWGの、足首側面にある丸いパーツもまた鋼鉄のヨーヨーだった。大きく蹴り上げられた足からヨーヨーが飛び、逃げる敵の背に吸い込まれるように沈む。コクピットブロックが大破。中にいた人間がどうなったかは考えたくない。


 立っているのはヨーヨー持ちのWGだけになった。ヨーヨーを巻き戻し残心をとる。ボク達に攻撃をかけてくる気配はなさそうだった。


「強い……」


 ボクは嘆息する。


「……私の方が強いよ」


 張り合うようなことをラマイカさんは言い、ヨーヨー使いのWGを見上げる。

 膝をついた桜色のWGがコクピットハッチを開く。パイロットは気取った様子でしゃなりしゃなりと歩を進めつつ――いま足を滑らせかけたのは見なかったことにしておいてやろう――ヘルメットを脱ぎ捨てる。髪留めを外すと2つ結びツインテールにした長い銀髪が舞った。ボクと同年代くらいの若い女の子だ。少なくとも外見は。


 クラクションが鳴り、プリストル市方面から1台のWGキャリアが近づいてきて、ボクらの目の前で停まった。

 運転席から髭を生やした小太りの中年男性が出てくる。雑食人だ。

 遅いわよ、と怒鳴る少女に男は平身低頭した。


「いいわスモレンスク、連中をふん縛っておきなさい」

「そんなお嬢様、相手が起きてたらあっしじゃどうにもなりませんや」

「はあ? あなた、汗臭い男に縄をかけるような雑用をしろというの? このわたくしに?」

「め、滅相もございません……」


 スモレンスクというらしい中年男は泣きそうな顔をしながら駆けていった。少しばかり同情する。

 少女はボク達のいる方に歩いてくる。先に声をかけたのはラマイカさんだった。


「久しぶりだな、ティア」

「……知り合いなんですか?」

「ティアンジュ・アルマラス。第2次世界大戦時代の部下だよ。確かそのまま陸軍に残留して、アメリカ州に配属されたんだったな。本島グレート・ブリテン島に帰っていたか」


 アメリカ州はVK最大の海外植民地である。1770年代に起きた独立戦争――鎮圧されたが――以来、治安がよろしくない。今でも革命組織が潜伏しているという危険地帯だ。そんな場所に配属されたのだから、彼女の技量は確かだ。


 ラマイカさんは表情を和らげ、片手を差し出す。だが、その手が握り返されることはなかった。


「ラマイカ・ヴァンデリョス。そしてカリヴァ・カシワザキですわね。VK陸軍特殊部隊所属、対WGテロ対策室実働班、通称『ファングフォース』隊長、ティアンジュ・アルマラス少尉です」


 ティアンジュさんは形ばかりの敬礼と感情のこもらない目でボク達2人を見た。


「なんだ、水臭いなティア。昔みたいに『お姉様』と呼んでくれていいんだぞ」

「ワタクシ、いつまでも子供ではありませんので」


 ようやくラマイカさんも、昔とは関係性が違うと理解したらしい。和らいでいた表情に警戒心が混ざる。


「随分早いご到着だったな」

「ええ、カリヴァ・カシワザキが狙われているのは知っていましたので」

「……ボクを囮にしたんですか? 犯人を炙り出すために?」

「そうよ」


 ティアンジュさんは胸を張った。

 ……何故そこで自慢げ?


「だったら、そう言ってくれれば……」

「あなたに話すことで作戦が漏れたら、意味がないですわ」

「だとしても、もっと早く……。もう少しで死ぬところだったんですよ!? 軍人ってのは、国民を守るのが仕事じゃないんですか!?」

「その通りですわ。少数を犠牲にして他の多くの国民に対する脅威を取り除くことこそ肝要」

「…………」

「そうむくれないでもらえるかしら。あなたは生き残ったし、犯人も捕まえた。ハッピーエンドでしょう」

「まだそうと決まったわけじゃない」


 ラマイカさんが口を挟んだ。その目は、こっちに息せき切って駆けてくるスモレンスクさんに向けられる。


「お嬢様、あいつらは駄目でした」

「はあ!? 駄目だった? 全員? そんなはずはないでしょうスモレンスク! ワタクシはちゃんと手加減――」


 ティアンジュさんの声は途中から小さくなる。


「――まあ、1人生きてれば充分かと思って、少々荒っぽくいきはしましたが」

「『少々』?」


 ボクは崖下に突き落とされた敵と、逃げようとして背中コクピットにヨーヨーを叩き込まれた敵のことを思った。


「何ですの、その含みのある言い方は。……もういいですわ、ワタクシ自ら検分します!」

「でもお嬢様」


 のしのしと歩いて行くティアンジュさんの背に向かって、スモレンスクさんはハンカチを両手で揉みながら言った。


「……その、ですよ?」

「…………」


 ティアンジュさんの足が止まる。そして数秒の逡巡を経て、回れ右して戻ってきた。


「スモレンスクが言うならそうなのでしょう」

「…………」

「それから、お嬢様。グズグズしてると、朝日が昇りますよ」

「言われずともわかっております。警察に連絡は?」

「いえ、まだ――」

「朝日の心配をしたのなら、さっさとしておきなさい! 使えない!」


 『凶相』を見せるティアンジュさんに、スモレンスクさんは縮み上がった。


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