第2章

4:泣き暮れて 波間流離う 難破船。奈落の果てへ 流されるまま。

車窓


 吸血人が死んでも、自動的に灰になったりはしない。だから当然、雑食人と同じように死体を処理する必要がある。


 死体処理の方法として主流なのは太陽葬だ。やり方は簡単、天井が虫眼鏡のレンズのようになっている堂の中に死体を安置するだけ。朝が来れば骨まで燃え尽きる寸法だ。次の日に残った灰を墓に撒けば、それで弔いは完了する。もちろん、この灰に生き血を垂らしても死んだ吸血人が復活することはない。


 病院での戦いから翌々日、シスター・ラティーナの葬儀は彼女の両親により夜間に執り行われた。棺が陽葬場に運ばれていくのを、ボクは参列者がマッチ棒のように見える距離から見送った。


 大恩ある彼女の葬儀に出なかったのは、遺族から拒絶されてしまったからだ。

 君に罪がないのはわかっている、だが娘の死の遠因となった君を感情的に受け入れられそうにない――と老いた夫婦から頭を下げられれば、それ以上何も言えなかった。


 陽葬場と隣接する墓地では、別の人々が灰を墓穴に振りまいていた。カマイラ教の教義では、女王カーミーラと白き魔龍の最終戦争ハルマゲドンが終わった後、灰になった人々は女王の祝福により永遠の命を得て復活するのだそうだ。


 カーミーラの祝福とは血を与えることらしい。女王の血にのみ、灰から死者を甦らせる力があるというのだ。だが実際に誰かを蘇生させたという記録はない。与太話だろう。


 最終戦争も、その後に築かれる楽園も信じていない。それでもボクはただ、彼女の安息を祈った。


「――カリヴァ君」


 ラマイカさんが躊躇いがちに声をかけてきた。その身体にはもうギプスも包帯もない。ボクの血を吸ったことで彼女の右腕は完治してしまったのだ。全身に負った火傷も今では痕跡すら残っていない。吸血人としても尋常ならざる回復力だった。


 何故なら彼女は『高位吸血人』ロード・ヴァンパニアン。吸血鬼と吸血人の中間に属する存在なのである。




 国民総吸血鬼化計画は当初、吸血鬼がまず王族を吸血人化し、そして王族が貴族を、貴族が騎士を、騎士が平民を吸血人化していくという手順をとろうとした。


 しかしそうはいかなかった。

 他人を吸血人化させる能力は吸血鬼から直接血を吸われた王族までにしか保持されず、それ以降は能力も大幅に劣化してしまうことが判明したのだ。


 やむなく王族は手分けして国民を1人1人吸血するという地道な作業に追われることとなった。

 どんなに上質の料理でも食べ過ぎれば嫌になる。14世紀の、それもイングランドのみの人口などたかがしれているとはいえ、当時の王族の苦労を思うと同情を禁じ得ない。


 この王族の末裔が高位吸血人というわけだ。

 ヴァンデリョス家は王族ではないが、ラマイカさんの曾祖母が王族出身だったらしい。そういうわけでラマイカさんは家族の中で1人だけ、高位吸血人として生まれたのだった。



「そろそろ行こうか」

「はい」


 彼女の車に乗り込む。

 伯爵令嬢としては運転手付きのリムジンで移動するものと思っていたが、彼女は流麗なシルエットのスポーツカーを自ら運転してきていた。車体の色は『陽光の誉れ』サンライト・グローリーと同じく山吹色。自身の髪と同じ色を彼女はトレードマークにしているらしい。


 ラマイカさんが慣れた手つきでハンドルを捌くと、スポーツカーは唸りを上げて道路に飛び出した。


 しばらく沈黙が続いた。ボクは口数が多い方ではないが、ラマイカさんもそうらしい。

 ボクが緊張に耐えきれなくなった頃、ラマイカさんは思い出したようにカーテレビのスイッチを入れた。ちょうどニュース番組がボクの戦いを報道していた。


「……あの敵、結局なんだったんでしょう」


 彼女が知っているわけがないのは重々承知の上で、ボクはなんとなく訊いてみた。

 最初はボクを殺しに来た刺客だと思っていたが、WGを持ち出すなんてあまりにも大袈裟である。しかもただのWGではない、機械仕掛けの吸血鬼ヴァルヴェスティアだ。獅子は兎を狩るのにも全力で、なんてレベルじゃない。獅子が兎を狩るためにミサイルランチャーを抱えてきました、ヒューッ! てな感じである。


「全員死んだからな……。機体はレオノーラ改の装甲を一部張り替えたもので、先月パクシュ重工の工場から盗難届が出ていたものだ。そのひと月の間にヴァルヴェスティアに改造したんだろう」


 パクシュ重工。ボクが――不可抗力で――婚約者を奪ってしまったタラプール男爵の会社じゃないか。

 ボクを殺すために、盗まれたということにしたのかもしれない。いや待て、盗難届が出たのはひと月前だ。その時点で男爵はボクの存在を認知していない。


 そこでラマイカさんが大きくハンドルを切ったので、ボクは思考を中断させられた。

 断崖の上に作られた道路にはガードレールがない。にも関わらずスポーツカーは速度を落とすことなく急カーブを走り抜ける。強張ったボクの表情とは対照的に、運転席に座るラマイカさんの口元には微笑が浮かんでいた。


 スリルをこよなく愛するタイプの人間。姉さんとは大違いだ。


「問題は、WGがテロ活動に有用であるということ、そして我が国の対応能力の低さが露呈してしまったことだ」


 カーブが連続する中にあっても、ラマイカさんは喋るのをやめない。そしてスピードも落ちない。

 ボクはそっと暗視ゴーグルを外した。車外の光景が見えていると、とても話の内容が頭に入ってきそうになかったからだ。


「戦車を折り畳むことはできないが、WGは輸送用に手足を折り畳み面積を小さくできる。WGを敵国内に持ち込みさえすれば、後は平凡なトラックに載せてどこへでも攻撃が仕掛けられるというわけだ。平地に並べて一斉に進軍するよりよっぽど利口な使い方だな」


 軍の出動が遅れたことに対して非難が集まっている、とニュースが報じる。軍のコメンテーターは基地機能に原因不明の障害が起きていたと述べたが、番組側からは言い訳と一刀両断されていた。


「霧が発生して、レーダーも通信も利かなくなったそうだ。まあこの国の防衛思想は海上で外敵を食い止めることに全力を傾けているから、レーダーを妨害する霧がなくとも対応は遅れていただろうな」

「……霧」


 ボクが初めて『陽光の誉れ』に乗った夜を思い出す。

 あの時も霧が出ていた。季節外れの濃霧。19世紀末の大気汚染ロンドンスモッグを思わせる、深い霧……。


 自然現象ではなく、何者かの悪意によるものであることは明白だ。


「正直、軍としては病院を襲ったテロリスト以上に、霧への対策こそ急務と考えている。当事者の君としては噴飯物だろうが」

「いえ……。レーダーが使えないんじゃテロリストと戦うことさえできませんからね」


 しかしそこで会話は途切れてしまった。ニュースの内容はボク達どちらにとってもどうでもいい、芸能人のスキャンダルに移行していた。

 沈黙に満ちた車内を、空虚なテレビ音声が流れて行く。


「――これからどうするんだ」


 唐突に、ラマイカさんは、そう訊いた。

 どうせわからない敵の話なんかより、それこそ彼女が質問したかったことなのだと、ボクは感じた。


 ボクに帰る場所はない。孤児院はもうないのだ――建物いれものも、住人なかみも。


 死んだ子供達の葬儀と生き残った面々の身の振り方に関しては、ロンドンの移民保護局本部からやってきた人達が采配してくれた。といっても空きのある孤児院に機械的に振り分られただけだが。あまりにも事務的に扱われたので、出荷されるオレンジのような気分になったものだ。


 もちろんボク自身も例外ではない。明日の朝、保護局の職員と遙か彼方のスコットランド州まで旅立つ予定だ。


 ボクを狙った貴族が誰であれ、州をまたいで手を伸ばしてきたりはしないだろう――と思いたい。貴族同士の繋がりというのは複雑怪奇だ。どこでどう繋がっているのか、他人からはまったくわからない。


「もし君がよければ、私の家に来ないか」

「そんな、いけませんよ。正式に血婚したわけじゃないのに」

「あれだけ恥ずかしいパフォーマンスをしたのに、まだその気になってくれないのか。君は貞淑ていしゅくだな」


 そうだ。あれだけ目立つ告白劇を展開しておいて、フラれましたではラマイカさんの名に傷がつく。もちろんボクにだって選ぶ権利はあるが、法的に認められた自由とは振り回しても角が立たないことを保証するものではない。この数日で嫌というほど思い知らされたことだ。


 しかしボクには如才じょさいなく断るやり方なんて思いつかない。

 いや、そもそも――断らなければならないのか?


 当たり前だ、とボクは首を振った。

 ラマイカさんのことは正直、嫌いではない。だけどボクの人生は姉さんのためにあるのだ。ボクがボクの好きな人と結ばれたって仕方ない。交際するなら姉さんが好きになるような人とでなければ。いや、姉の男の好みなんてまったく知らないのだが。


「……せっかくの厚意ですけど、お断りします」

「どうしてだい?」

「ボクは、乞食じゃありませんので」


 ボクはラマイカさんに返せるものが何もない。一方的に庇護されるいわれがない。

 そう言うと、彼女は楽しそうに笑った。


「そういう言い方、気に入ったよ。だが、君にその気があるなら、返せるものはある」

「え?」

「ヴルフォードのテストパイロットにならないか、カリヴァ君」


 ボクはゴーグルもかけていないのに思わずラマイカさんの方を見てしまった。彼女もまた、こっちを見ていた。吸血人特有の金色の虹彩が、月光を反射して光る。その目に茶化すような色は微塵もない。


「本気、なんですか」

「君は既に2度の交戦経験がある。腕も悪くない」

「でも、ヴルフォードはもう完成してるでしょう? 今更テストパイロットなんて」


 反対車線をトレーラーらしき巨大な影が通過していった。WGを輸送するには充分な大きさだとふと思い、その想像に背筋が寒くなる。


「完成はしていても解明はしていないよ。吸血人の血を吸わせることで機体が吸血鬼化する原理はまるでわかっていないんだ。だがなにぶん人手不足で、乗り手は私しかいない。君が来てくれれば助かる」

「…………」

「正直、危険な任務かもしれない。だが少なくない給料と実務経験、そしてウチでの衣食住は見返りとして悪くない条件だと思うのだが?」


 軍事用WGのテストパイロット。

 今まで考えたこともない進路だった。正直、興味はある。


 だけど――それはきっと、姉さんがやりたがる仕事ではない。


――かりばちゃん!


 突然姉さんの声がした。姉はラマイカさんの申し出に対して何か言いたかった、わけではなかった。

 

 ボクは背後を振り返る。先程すれ違ったトレーラーから、4機のWGが吐き出されていくのが見えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます