139 - 不安

 翌日、開門に合わせて宿を出た彼らは予定通り関所を通過した。

瞳の色は、問題にされることはなかった。何故ならセフィは、相手に暗示をかけ違う色に見せるという魔法を心得ていたからだ。

 人の心を操作する様で、本当はあまりやりたくない、好きではないとセフィは話していたが、関所を抜けるためにはそれを用いる他なかった。

何故国が"人ならぬ瞳持つ者"を探しているのか。それが分からない限り――これまでの経験からも、そして宿の女主人や関所の兵らの口ぶり様子からも好ましい理由でないのは明らかだったから――隠しておく方が良いだろうと全員が判断したからだ。

必要があれば自分達から王城を訪れるとしても、みすみす捕えられ理不尽を強いられる訳にはいかないし、そのつもりもない、と。


 険しい山々を背にして荒野に建つ、町全体がまるで御伽話に描かれた夢の城の様に白く美しい偉容の王都メルドギリス。

その建国は、神魔大戦<レバ・ガバーラ>の後間もなく。世界的に見てもその歴史は古く、農耕地には恵まれないが、放牧による畜産と北部の山脈に豊富な地下資源、各種鉱石を産出する鉱山を有し、街にはそれらを加工精錬する職人たちが多く住む。

 また、士官学校と称する、教会における学院にも引けを取らぬ教育機関――街の規模にもよるが、司教以上の者が三人以上居り且つ、その内の一人以上が携わることで、その教育機関において正規の魔法教育を施すことが出来る――を国が運営し国兵の多くが魔法を習得しており、民の教育水準も随分高いという。

 司教らは国王に正しき道を説く役目を担い、国としてもサジャ=アダヌス教を国教と定めている。必然その教えに従い、神を冒涜する魔性の存在には厳格な対応が成されるのが常だ。



「教会に、近付かないようにした方がいいかもしれないね」

前を行く三人の外套が、川を渡る強い風に弄られるのを眇めた瞳で見つめながらロルは言った。

セフィはその甘い声の主を、頭巾の縁の向こうにちらと見てから、同じく視線を前に向け呟く様に答える。

「そうですね……」

教会関係者の中にセフィのことを知る人間が、どれほどいるのかは分からない。だが、もし淡紫の瞳持つ者が実在することを、そしてセフィの瞳が淡紫であると知る者が居るとすれば、教会に関する者である可能性が高い。

「まぁ、仮にも聖職者がそんな無体を強いるとは思わないけどさ。わけもわからず引き立てられるってのも、なんだかだしねぇ」

「……」

ロルはそう言うが、魔に属するものに対して最も厳しく容赦無いのが聖職者であるということを、セフィは知っていた。

「セフィ?」

手綱を握り締めふいに黙り込んだセフィを、ロルは覗き込むように窺う。

「……すみません」

「? 何が?」

「もし……この瞳を見咎められたら迷惑を……あなた達を、面倒事に巻き込むことに――」

魔物による襲撃があった。そして国が、"人ならぬ瞳持つ者"を探している。

その関連性と理由の真実が分からない。分からないままに、その渦中に足を踏み入れようとしている。危険性を十分理解しながらそこに、彼らを導こうとしているのは他ならぬ自分であると、セフィは苦悩していた。

だがロルは、

「なに今更なこと言ってんの。面倒でも迷惑でもかければいいんだよ」

気にする必要はないと笑みすら浮かべている。

「ですが……」

セフィは思わず彼を向いた。

メルドギリスへ向かう理由も、そしてそこで苦難に見舞われるとすればその原因も、全て自分に因るものだ。表情を曇らせているセフィに、ロルは苦笑と共に溜息を吐いた。

「そもそも自分達が一緒に居たい人と居て何かあったとしても、それを面倒だとか思うわけないでしょ」

「でも」

昨晩皆で十分話し合った結果、今彼らはメルドギリスへと向かっている。

風の神珠の手掛かりを求めて来たメルドギリスに、行かないという選択がセフィにはできなかった。そしてそれは皆の一致した意見であったのだが、本来なら自分一人でメルドギリスに向かうべきなのかもしれないとセフィは思っていた。

彼らのことを、大切だと思う。苦境になど遭わせたくないと思っているのに。思いと裏腹な行動を取る自分が不甲斐なくて、眉尻を下げて見つめるセフィに、

「わかんないかなぁ? 迷惑だと思ってるって思われてる方が俺達に失礼なんだよ?」

「っ!」

ほんの少し表情を厳しくしてロルは言った。セフィは思わず言葉を失う。

 自分達の行動の責任は全て、自分達にある。だからもし、自分達の望む様に動いて、良くないことがその身に降りかかったとして、それを誰かのせいにするなどと思われたくはないのだと。

 それは彼の性根を思えば当然の主張だった。

「……すみません……」

その高潔さを蔑ろにし彼を侮る様なことを言ってしまったことに気付いてセフィは身を縮めて詫びた。

「だからー! 謝らなくていいって。もうね、ホント色々今更だから。嫌なら一緒にいないよ。自分達がセフィと居たいの。リーは言わずもがなだし、アレスもアーシャも、勿論俺もね」

怒っているわけでは無い、呆れたような焦れたような、もどかしいという声音と表情で言い、最後ににっと笑う。

「……ありがとうございます」

気障ったらしくお道化て見せた彼につられ、セフィも頬を緩めた。だが、王都を一瞥してまたすぐに張りつめた面持ちになる。

「ですが本当に、もし、どうしようもない事態になったら。その時は――」

「何か嫌な予感でもするの?」

そう問うた彼は、気休めの為の偽りなど言わせてくれない瞳をしていて、

「……えぇ……」

セフィは思わず不安を吐露した。

「そっか。んーじゃあちょっと、気をつけておかないとだね」

そしてロルは、その不安を受け止め和らげる様に言う。

「――」

「大丈夫。俺たちは、俺達の大切なものを守る行動をするよ」

微笑む彼の大らかな優しさに、セフィは知らず知らず頷いていた。



 宿屋の女主人カーラの話には国に対する不信感の様なものが滲み出ていたが、夕食を取った酒場では、どこか希望を見出そうとする話も聞くことが出来た。

 それまで国王が最も信頼を寄せいていたグレイン司教がつい先日、老いの病から亡くなり、その補佐役であったセヴェリ司教が後任に就いたということだった。

「老司教では、王や大臣らをお諫めしきれなかったかもしれないけど、セヴェリ司教様はまだそこまでお歳も召されていないしな」

「あの方は、宮廷付きながらもレグアラや他の村に足を運ばれ教えを説かれることもあって、しかも貧しい人々にも教育を受けられる機会をって進言なさった、とても進歩的なお方だよ」

「そのおかげで実際、お城付きの兵士に召し抱えられた者も居るらしいしな」

「そうそう、最初は子供は働き手だからと、教育より労働だとか言ってた連中も、最近じゃすっかり考えを改めたって」

「皇子殿下達の信頼も厚いって話だろ?」

「ここんところ、厳しい政策が続けて出てたけど、これで少しは軌道修正して良くなってくれるといいんだけどねぇ」

そう人々は話していた。

だがいずれも、国王に対する印象を良くするものではなく、やはり警戒が必要だと彼らは気を引き締めたのだった。

 期待に勝る不安や緊張感を抱きながら、人通りがまばらにだがある、遮るもののない街道の続きを辿り、彼らはいよいよ王都メルドギリスの城門へとたどり着いた。

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