137 - 関所の街にて

 スプル村を発った一行は引き続き街道を辿り、メルドギリスを目指した。

ヘンルィクから聞いていた通り、道中の村落はさほど搾取を受けた様子はなく、それはメルドギリスにとってレグアラが如何に重要であり、民の反乱や失うことをある意味最も懸念していた故であろうことが窺えた。

流通が滞る原因となっていたレグアラの封鎖は少なからず国全体を消沈させていたとのことだが、それも解かれ村々はかつての活気を取り戻しつつあるように見えた。

 そんな中、メルドギリスまであと3日というところで、街道を下ってくる人々が急激に増えた。

最初に出会ったのは、着の身着のままといった姿形の者達。その後に少し遅れて、家財道具一式を粗末な荷車に乗せていく者達が続いた。彼らは一様に暗い顔をし、黙して多くを語らず足早に通り過ぎていった。

何人かを呼び止め、後にしてきた地で一体何があったのかと問えば恐怖に怯える瞳でこう答えたのだった。

「王都が魔物に襲われた」と――。


 追い立てられるように街道を駆け抜けて行った者達のもたらした情報は、街道を往く者、その周辺に住む者達の絶大な不安を掻き立て、王都に居ては危険だという声、城壁の内側に居た方が安全だったのではないかという声、そしてとにかくどこかへ逃げ出したいと、決して劇的ではないが静かに明らかな混乱をもたらした。

 だが人々の多くは、どうすることが最善なのかの判断が付けられず、どこへも行けずにただ怯え再び家々の窓や扉を固く閉ざしたのだった。



 僅かに視界を遮っていた樹木はまばらになり、やがて完全に無くなった。下生えの低木や貧相な草だけが僅かにくすんだ緑を散らしている。

前方には、灰色の雲をまとい立ち塞がるように連なるギギム山脈。

更にその奥、万年雪を頂いた山々は天嶮ヴォルミドワと呼ばれている。高い雲を貫く頂上すら見えないそこは既に人の領域ではなく、あらゆる生物を拒むかのような険しい山岳地帯はジズナクィン大陸の北大部分を占め、そしてそのまま大地の終わるところまで続いている。

つまりジズナクィン大陸における、人が住める北端がここ、メルドギリスだと言えるだろう。

そしてギギム山脈の南端、西をツディジナ渓谷、東をトアーソ川に囲まれた平原に、そこだけが突き出すようにしてある丘の様な岩山上に築かれた山城が王都メルドギリスの始まりだという。

 荒野に建つ城は、外敵への備えとして強固な城壁を備え、長い歴史と確かな統治の元で居住するものが増えると、やがて城壁内が手狭になり外へ外へと広がって行った。城下街は、城壁を含め今では六重の隔壁を持つ大都市となっていた。

上空から見ることが出来れば王都が上部の開いた馬蹄形をしていることが知れただろう。その開口部に当たる北側、ギギム山脈の一部であるかのように白亜の城が高くそびえ、その地下からくみ上げられる水は街を潤した後で再度地下に潜り、地下水となってツディジナ渓谷へと注ぐ。

そしてその底深い谷と共に、東側に天然の堀を成すトアーソ川もまた、王都の広大な荒れ庭であるノルヌ平野をぐるりと南から西へ回り込み、やがて谷に落ち込んで底を流れる川と一緒に更に南方へと流れていく。

つまり、王都へ行くものは、山か谷か川の何れかを越えねばならないのだ。



 ハックフォック街道を辿って来た彼らは、トアーソ川に唯一掛けられた石橋を守る関所の街に辿り着いた。

大聖堂の入口から奥の内陣までよりも、更に距離のありそうな長いその橋を渡れば後は遮るもののない平野が広がり、敷かれた街道が王都の城門まで続いている。

 かつては橋とそれに付随した監視塔のみであったその場所に、いつ頃からか行商が天幕を張って商いを始めた。地代が掛からないこと、そして街道沿いであることは彼らに有利に働き、続く者が次々と現れやがて宿が、商店が、住居が築かれ街へと発展した。

今では城下街の飛び地という行政区分になっているらしい。

 街道沿いに敷物の上に商品を並べただけの露店や、簡素な天幕の下で休む者達も居り、明確にどこからが街であったのかは定かではないが、彼らは街道をそのまま街に入り関所へと向かった。

 道沿いには入口を閉ざした店も多く、人通りもさほどない。そしてその流れは、やはり王都から離れる方へと向いている様だった。

本来ならば大勢の行き交う人々や呼び込みの声で賑わっているはずであるにも関わらず、どこか閑散としてうら寂しい空気の漂う通りを半分程行った辺りで、時を知らせる鐘が響いた。

 雲の多い空は本来の時刻よりも辺りを暗く見せ、だがまだそこに確かにある太陽が、景色を全体的にぼんやりとしたものにしている。

 高さのない家屋が並ぶ街の果てに、一際抜きん出てそびえる橋塔の門。そこがそのまま関所と、駐屯兵たちの詰所としての役割を果たしているのだ。

だが今、いよいよ見えて来た門は閉ざされ、その前には数名の兵が守るように立ち塞がっていた。

聞くと、王都の門が閉ざされるのに合わせ、此方の門も閉めるのだという。城門が閉ざされた後で人々が辿り着き、壁の外で一夜を明かすことにならぬように、という配慮らしい。

「それにしてもちょっと早すぎる気がするよなぁ」

日暮れまでにノルヌ平野を駆け抜けて、今夜は王都で宿を取るつもりだったが、門を閉ざされ橋を渡れないのならばここで1泊する他ない。

「まぁ、仕方ないよな。魔物の襲撃受けてまだ1週間も経ってないんだろ? また次があるかもってことで警戒してるんだろうし」

橋塔に背を向け、彼らは今宵の宿を求めて視線を巡らせ歩きながら話していた。

「そうだね。王都の様子も気になるけど、これだけちゃんと対応されてるなら、心配いらない感じなのかもね」

「そこのお兄さんたち!」

「!?」

突然声をかけられ彼らは其方を振り向く。

前掛けをした、いかにもと言った風体のふくよかな中年女性がそこに居た。

「宿をお探しじゃないかい!? 探してるよね!? ウチに泊まんなよ、安くしとくよ!!」

「え、あ、ちょ……」

茶色の髪の女は、小柄ながらも力強い腕でガッシとアレスとリーを掴んで、

「あぁ、まぁ、決めるのは部屋を見てからでいいからさ、とりあえず、ほら、こっちこっち!」

――王都に入る前に、寄ってきな

ぐいぐいと引っ張りながら小声でそう囁く。

「!」

察したリーが仲間に目配せをする。

「わ、分かった、わかったからさ、おばちゃんっ」

そして彼らが従う意思を示すと、女は刹那辺りに厳しい視線を巡らせた後で満足気に頷いた。

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