133 - 来し方を語る者(前編)
約束した場所に着くと、程無くしてアレスとアーシャ、それから、何故か幼子を抱えたロルが、
「お待たせ~」と言いながら人混みから現れた。
「いや、オレ達も今来たところだ。悪かったな。勝手に別行動取って」
「全然~気にしないでよ」
「楽しかった?」
どことなくにやにやとして聞く二人にリーは「まぁな」と返し、
「……つか、どうしたんだ? その子供?」
と、ロルが抱えた子供に目を遣る。
歳の頃はルテと同じかやや幼いくらい。人見知りしてるのだろう、小さな手でロルの服にしっかりとしがみ付きながら、ちらちらとリーと、そしてセフィに視線を送っている。
「迷子みたいなんだ。歩いてたら、突然ロルにしがみ付いてきてさ」
「"とーたん"って言ってた気がするから、父親と間違ったみたいなの」
「え、なに、まさかの隠し子!?」
やっと顔をロルの胸元から離して彼らを向いた子供を一目見て、リーは大げさに驚いて見せる。
ふっくらとした桃色の頬に小さな鼻、子供らしい大きな瞳は淡い琥珀色。そしてふわふわとした金の巻き毛が、確かに少しロルと似ている。
「いや~違うと思うんだけど、身に覚えが無いことも無いかもしれないっていうかさ~」
困惑の表情ながら、いつもの冗談なのか本気なのかわからない物言いのロル。
「つまり身に覚えあるってことなのかよ」と茶化すリーに、「無いって言いたいんだけど断言できないというか~」と曖昧に答えるロルの腕に支えられた幼児は、窺う瞳でじっとセフィを見詰めている。
「こんばんは。お名前は、何と仰るのですか?」
不安を和らげるようににこりと微笑んで見せると、大きな瞳を数度瞬かせて、無言のまま両手を伸ばした。
「なんか、あんま喋らないんだよね」
ジタバタともがくように、あっちがいいと主張する幼児をセフィに任せてロルは苦笑する。
「そうなのですか? 困りましたね……。お父様と、はぐれてしまったのですか?」
「……」
言っている意味は理解しているのだろう、抱き上げた子供はこっくりと大きく頷く。
「せめてお名前、っ!?」
小さなふくふくとした手が、明らかな意図を持ってセフィの眼鏡を取り上げた。
「ルロン」
どこか大人びた仕草でセフィの髪に触れ、淡い琥珀色の瞳が微笑む。
「ルロン?」
「ん。なまえ、ルロン」
「ルロン、と仰るのですね?」
セフィがそう繰り返して問いかけると、元の稚さで嬉しそうに頷く。
「……なんか、名前まで似てないか?」
「確かに」
「ちょっと、似てる、かも……?」
アレス、アーシャ、リーにじっと見られ流石にロルは気まずそうな表情になる。
「時々聞くよな。居なくなった父親の名前からとったとか、なんとか」
「あぁ、聞くな」
「ほんとに何か関係あるんじゃない?」
「えぇ~と……」
そんなやり取りをする彼らを余所に、セフィに抱かれて何故か機嫌のいい子供はどこか満足した様子で眼鏡を返し――両手が塞がったセフィの代わりにロルが受け取って掛けなおしてやったのだが――人混みを指さした。
「? あちら、ですか?」
ん、ん、と頷きながら示すのに従い、彼らは其方に向かって歩き始めた。
「どこに連れて行く気だ?」
躊躇いなく、ある方向を指す子供は、まるでどこかに導こうとするかの様。
だがその問いに答えるものはなく、ひとまず彼らはそれ以上疑問を口にすることをやめて従う。
「た、いた、あそこ、いた」
暫く歩いた後、幼子は突然声を上げた。
花に照り返す幻想的な灯の下で、何人もの男や女が飲み食いを楽しんでいる一つの卓。
長く連なった椅子の端、こちらに背を向けて座る人物に、視線が吸い寄せられた。
旅人だろうか、暗い色の外套を纏った男と思しい体躯の人物は、半端に伸びたくすんだ様な金髪を首の後ろで雑にまとめている。
「あの方が、お父様ですか?」
セフィが問うとルロンは何度も頷き、そして下ろしてほしいと身を揺する。
その腕から降り立った子供は、一度セフィの手をぎゅっと握って見上げ微笑んだ後で、ぷいと背を向け駆け出した。
「……!?」
突然、まるで空間を遮断されたように無音が舞い降りた。全てが流動することを止め、彩度が奪われ色が抜け落ちる。不思議で奇妙な感覚が瞬時にして彼らを包み込む。
目にそのままの姿で映るのは、ただ、迷うことなく駆け寄って、しがみ付く子供の後ろ姿。
気付いた男が振り向いて子供を見、そしてその険しい視線が彼らを捕えた時、全ての音と光と匂いと色が何事もなかったかのように戻ってきた。
「おい!」
ハッとなって最初に動いたのは、アレスだった。
ガヤガヤと騒がしい空気を掻き分け、最初に感じたほど距離のなかった彼――振り向いてなど居なかったかのように余所を向いて酒を呷る男の傍に歩み寄ると、
「あんな小さな子供を放っておいて、どういうつもりなんだ!?」
その肩に手を置いて強い口調で声を掛ける。
「なんだ、お前は」
男は癖のある髪を掻き上げて邪魔くさそうにアレスを見上げた。
「どこに誰の子供がいるって?」
三十~四十代だろうか、髪と同じ燻した金属の色をした無精髭の、日に焼けた顔には疲れたような幾筋もの皺が刻まれている。だが無法者の様でありながらどこか何かを悟ったような瞳は澄んだ琥珀色をしていた。
「どこにって、ここによ! あなたの子供なんじゃ……!?」
アレスに代わって声を上げたアーシャのみならず、彼らは皆驚いた。確かにそこに、目の前の男の腰にしがみ付くようにして、居たのだ。ここまで連れて来た、迷子のルロンが。
だが、
「どこに?」
男は自らの背後とそしてその周りに軽く視線を遣って呆れたようにもう一度カップの中身を呷った。
そこには誰も居なかった。
「……」
訳が分からず無言になって立ち尽くす彼らに、
「おお、どうしたよ、嬢ちゃん。こん人のツレかい?」
机の向かいや隣、周りの赤ら顔の者達が声を掛けてくる。
「えれぇ別嬪さんじゃないか。こりゃ眼福もんだ」
「あら、こっちは滅多と見られない様な男前ね」
「おい、つめろよ」
「こっち、席空いてるぜ」
「まま、座んなよ、一緒に飲もうぜ」
「にいちゃんらも、どうだい」
「何にする? アタシのオススメでいいかい?」
「あ、あの……」
「――いや、すまない。待ち合わせをしていただけなんだ。外させてもらうよ」
わいわいと騒ぎ立て、腕を掴まれそうになったところを逃れたセフィが再度彼に声を掛けようとした時、男は言って立ち上がる。
「あぁ、そうだったんかい。そりゃすまんかったな」
「えぇ~せっかく美女と飲めると思ったのによぉ~」
「なんだよーちょっとくらいいいじゃねぇかよぉ」
「悪いな」
不満を漏らす酔っ払いに向かって苦笑し、男は卓にじゃらりと金を置いた。
「ま、残念だけどしゃーないな」
「また来いよ」
「今度はおごらせてくれよ」
「面白い話をありがとうね」
「楽しかったわ」
口々に声を上げる者達に頷いて、
「……少し歩こうか」
くたびれた旅装束をまとう長身の彼は静かな瞳で五人を促した。
「待って下さい。あの子は何処へ行ってしまったのですか?」
「あの子……? 何のことだ。最初から子供など居ないと」
「いいえ、居たはずです。ルロンという名の、幼い――」
何を言っているのだと眉を潜めた男だったが、セフィがその名を口した瞬間、表情を変えた。
「――そうか、あれが名乗ったか」
どこか遠くを見つめる瞳を微笑ませて呟く。
「……?」
「いや、気にするな。元よりそういうものなのだ。在るべき姿に戻っただけ――その様に悲しい顔をする必要などない」
「……」
幼子の行方を案ずる彼らに言い聞かせる様に、そう告げると先に立って歩き出す。
「何者だ、あんた……?」
「待ち合わせした覚えなんてないぞ」
その後に続きながらも、不審感を拭えない二人が尋ねた。
「『求めるならば 見つけよ』と書いておいたと思うが。見事見つけてくれたじゃないか」
前を歩く男は髪を掻き上げふっと笑う。
「!?」
「――では、貴方は、風の――ルファディエルロンの……?」
まさか、という思いと確信とが綯交ぜになったような思いのまま漏らしたセフィの言葉に、彼は頷くことなく肩越しに振り返り、そして
「行く末は見えないが、来し方くらいなら話してやれる」
歩みを止めることなく、低い、だがよく通る声で静かにそう言った。
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