053 - 旅人の行方
王都フェンサーリルでセフィと別れ港町エンテスへ。数日の滞在の後、海岸線を右手にフリムファクセ方面へ向って彼――アレスは北上を始めた。
およそ3日、海を見ながら馬を進めた後、オムネラ半島平野を経てヴェルンヘルの森へ入ったのが4日前。
そして今、徐々に傾斜してゆく道を上りきると、それまで木々の影にちらちらと見えていた町並みが目の前に広がった。
山の麓から中腹下方の辺りまで家々が建ち並び、続く道は広く整備されている。
ケルレインの街。彼は地図を取り出し町の名を確認すると馬に跨ったまま街に入った。
中央を流れる川を境に街は東西ほぼ半分に分けられ、彼が今いるのはその東側らしい。川には大小様々の橋が架けられ、また上流下流を行き来する渡し舟もあるとか。
馬上から、あるいは馬を下り、道行く人々に話を聞くと街の姿がわかってくる。
街の見所として皆が特に多く挙げたのは西岸にある"アシ・ル・マナ"という料理宿。どこか別の街に住む経営者が所有する、宿と料理の系列店で、彼も今まで噂を耳に挟んだことがあった。
セフィとの話題にも上ったが、ここにまで出店しているとは言っていなかったはずだ。
「金持ちの旅行者なんかにも人気があるみたいで、宿はなかなか取れないんじゃないかねぇ。あ、でも1階の
そう話してくれたのは果物屋のおばさんで、更にその時の様子を語り出そうとしたところを、手近にあったシャトの実を買って彼はなんとか店を離れた。
あの手のおばさんは語りだすと長いんだよなぁと苦笑し、よく熟れたシャトの実を齧りながら町の中央、川の方へ向って馬を進める。
暫く行くと一際大きな建物が見えてきた。屋根に十字架がないようなので、教会ではない。
おそらく先ほど話に聞いた中にあった、庁舎だろうと彼は前に回って見てみる事にした。
正面と両側に広い道が通り、一角に辻馬車が集う場が設けられている。迫り出した上階部分を支える円柱が建ち並び、少し奥まった向こうに開かれた大きな扉が見え、石造りの建物は城や屋敷という風ではないが豪奢な様相を呈している。
「それにしてもデカイなー……む?」
視線を移した先、看板宜しく正面に刻まれた文字を目にして彼は思わず首を傾げた。
こういう場合普通、街の名から「ケルレイン庁舎」とするものではないのだろうか。
だが、今彼が見る先には
「ラン……ノット……?」
明らかに別の綴りが刻まれている。
ランノット。どこかで聞いたことがあるような気がするなと少し考え、ハッとなって彼は地図を取り出した。
その地名が、確かにそこにあった。
だが、それはケルレインから随分南西、フェンサーリルの北東に位置する街の名だ。
「……?」
おかしい、と彼は思った。
そして近くにいる馬車の御者に街の名を尋ねる。
「街の名? ランノットに決まってるじゃないか。あそこにも、ここにも書いてあるだろう?」
灰色の髭をたくわえた御者は小さな目を瞬き、不思議そうに答えて庁舎と、自分の馬車を指した。
ランノットの街公認の辻馬車である証がそこに描かれている。
「ランノット……って、ここ?」
「いーや、ここだな」
自分が目指していた方を指差してみるが、御者はフェンサーリルの北東を示す。
地図が間違っているわけでもないらしい。
「なんだい、お前さん、ケルレインへ行きたいのかい? だったら、街を出て森を北東へ向えばいいよ」
地図の上に指を滑らせ御者は言う。
どうやら自分は、やはりフェンサーリルの北東、ランノットにいるらしい。
親切な御者に曖昧な笑みで礼を言い、彼はとりあえずその場を離れた。
自分はケルレインへ向っていたはずだ。
だが、今いる街がランノットであるということは確実な様で。
――どこかで方向間違ったのかなぁ……?
地図によると、随分と西に向って進んでいたことになる。
――なんでだろう……
一体どこをどう通ってこの街に辿り着いてしまったのだろうか?
「う~ん……」
すっかり食べるところのなくなったシャトの実の芯を塵捨て場に放って、暫く考えながら行く宛てなく馬を進めた彼だが、
「まぁ、いいや」
声に出して顔を上げた。
いつのまにか街の真中まで来たようだ。
キラキラと輝く川の流れと、その上を渡る爽やかな風を感じていると、自分がどこへ向かいどこへ着くのかなど、どうでもよくなっていた。実際これまで、目指した先に目的地がなかったことは何度かあった。
悩んだところで仕方がない。初めてきた場所には変わりないのだし、どこであれ辿り着いたなら、その場所を楽しめばいいさという気が沸いてくる。
――"アシ・ル・マナ"、ランノットにあるってセフィ言ってたもんなぁ……
美しい司祭の姿を思い出しながら、対岸にあっても随分大きく見える建物を眺め濃紺の髪の少年はひとり納得したように笑んだ。
「でも、ま、とりあえず宿探しだなー」
"アシ・ル・マナ"に泊まってみたい気もするが、そう簡単に部屋は取れないだろう。
それに宿代を考えると、連泊するには少々予算を超えてしまうのだ。
楽しみは後日にとっておこう、と彼は視線を逸らし川沿いの道を歩き始めた――。
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