010 - 封印。呪文の意味

 封印の解除にはいくつかの条件(規定)があった。

誤りなく、というのは当然のこと更に制限時間まで設けられ、時間内に全てを完了しなければ再度一からということになるとセフィは言った。

 おそらくその始めの二つも決して容易くはないものであろうとアレスは思った。そして嫌な顔一つせずに自分に付き合ってくれるセフィに、引き受けた身としてこれ以上面倒をかけさせまいと休む間も惜しんで呪文を繰り返し口ずさんだ。

そうしているうちに不意に

「なぁ……これって何か意味とかってあんの?」

浮かんだ疑問をポツリと口にした。

 魔法を使う際の呪文には意味があるのが普通。この呪文もまた、古代語であるが故に自分には何を言っているのかわからないだけであって、本当は何か意味があるのかもしれないと、アレスは思ったのだった。

「意味、ですか?」

「そう。呪文ってことは何か意味が?」

「えぇ、まぁ、原本からそのように解読したものですから」

「原……本!?解読……!?」

「えぇ。そちらの方はただの文字の羅列の様だったのですが、一応、これは意味が通るようになっています」

「……」

事も無げに言ったセフィの言葉にアレスは思わず呆気に取られる。気が遠くなるような作業だ。

「あ、でもせっかくお手伝い頂くのに解読が間違っていたら元も子もありませんね。ここは一度解読し直して……」

「いやいやいやいや。いいって」

席を立ちかけたセフィをアレスが制する。自分の一言で、おそらく幾度となく繰り返したであろう途方も無い作業をさせられない。

「別に、疑ってるわけじゃないんだ。意味が通ってたらそれでいいんだろ?」

「このようにしか、読めなかったもので……」

「だったらそれでいいんだ。おれが聞きたいのはその正誤じゃなくて意味。どういうことが書いてあるのかってこと」

「内容、ですね?訳しましょうか?」

セフィの問いにアレスは大きく頷いた。それを確認し、セフィは徐に口を開く。



天にまします我らが神よ創り主よ

何ぞわれ見捨てたもうや

何ぞわれ見捨てたもうや

何ぞ我が全て奪いたもうや

何ぞ我が唯一無二さえ見捨てたもうや

我が生命(時)は神への祈りに満ち

日は日に夜は夜に心捧げん

神のその戒めの中にその約束違えることなどないわれを

何ぞ見捨てたもうや


聖なるかな聖なるかな我らが創り主よ神よ

聞き入れたもうこの祈りを

叶えたもうこの願いを

どうか救いたまえ


返したもう彼なるものを

生命を鼓動を声を温もりを


聖なるかな聖なるかな天なる主よ神よ

どうか救いたまえ


それが過ぎたる願いならばどうかこの生命も御許に召されたもう


救いたまえこの孤独から

与えたまえ安らぎを


どうか救いたまえ

解き放ちたまえこの生の枷から

どうか救いたまえ


見捨てたまうな


……何ぞ、われ見捨てたもうや?



セフィは憂いに満ちた表情で、祈るように言葉を紡ぐ。

それはまるで悲しみと嘆き。孤独と恐怖。絶望。

「……」

アレスは思わず言葉を失い息を呑んだ。神への祈り、だが失望、恨み、冒涜とも取れる言葉の数々。

「……後は文体、文章表現を変えて三度同じ内容の文章が繰り返されています。……おそらく先人が再び封印する際に設定し直したものと思われますが……」

「でも、これって……」

「……故郷を失い、帰る場所を失った彼らは止むを得ずこの地に戻り、そしてたった二人で長い……長い時を過ごした……。そうしているうちに一方が先立ってしまう。……欠けがえのない二人だったんでしょうね。そして残された方は精神を病んでいった……。信仰の為に自ら命を断つことも出来ず、延命処置を施されていたその人は本当に、気の遠くなるような長い孤独を味わったんです……」

セフィは静かに瞳を伏せた。

「まるで足掻くように、筆を走らせた跡がたくさん残っていました。求めたものは……安らぎ。癒しと解放……」

「……なんか悲しいな……。でも、さ。ってことは正気を失ってから、こんなスゲ―ことやったんだよな」

アレスは感心したように言う。

「その人が正気であるか否かは周りの者、例えば私達のような後の者の見方によっても決定付けれてしまうものなのです。そう考えてみると、当時の本人は至ってそれが"正気"であったのかもしれません」

セフィは苦笑交じりに言う。

「彼の残した書物には、今の私たちにとっては狂気の沙汰としか思えないような高度なこと、崇高なことが書かれていたりするんですけどね」――。

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