008 - 少女(1)

――どこへ……行こう……

どんよりとした暗い雲が垂れ込める空の下、街の雑踏の中を一人少女が歩いていた。

自由になりたいと、ただそれだけを願っていた少女には行く当てなどなかった。

――こんなカタチじゃないのに……!

解放されたのは、自分だけ。だがそれでは意味がないのだ。

――……いつか……絶対迎えに行く!

――新しい故郷を見つけて、一緒に暮らすの……!

闇の中の猫を思わせる黒曜石の瞳には強い光が湛えられていた。

 少女は立ち止まり、背に負った自らの武器に目をやる。

――……生き抜いてやる……絶対に! ……絶対に、見つける……!

その時、雲間から差し込んだ眩しい陽光がまるで天使たちの梯子のように少女の上に降り注いだ。

光は少女の髪を燃える夕陽の深紅と照らし出し、細く白いうなじに口付ける。

少女は一瞬、僅かに覗く太陽を見上げ、そしてすぐに再び歩き出した。

 足を踏み出す度、短い髪がふんわりとした薄紅の頬に掛かる。

旅立ちの時、長かった髪を、首の後ろでばっさりと切り落とした。

大切なひとを残し一人旅立つ決意。

必ず還るという約束。

そして何より、少女は憎い父譲りの赤い髪が嫌いでたまらなかった。

それでも短く切ることを許されぬ暮らしからの解放の証。


 甘い花の香を乗せた萌葱色の風が勝気なその眉も露な短い前髪を揺らし、通り過ぎてゆく。

少女はただ、真っ直ぐに前を見据えていた。


――いつか、必ず……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る