第17話 僕が世界から消えたとしても君に好きと叫ぶだろう

人は生まれついた時から平等ではあらず。

弱者は潰され強者は上に立つものなり。

人は争いに負けたのならば代償は支払うものなり。それ即ち「人としての権利」なり。

セカイに神あらず。悪魔あらず。

セカイは人が造り上げるものなり。

敗北者は勝者に歯向かうことあるべからず。


第17話 僕が世界から消えたとしても君に好きと叫ぶだろう


「そんなはずが無い...」


ただ家に向かって走る。村に舞い上がる炎はやがて大きくなり一つの塊と化する。その日に飲み込まれないために半分肉が溶けた村人達が走る。そんな事はどうでもいい。母さんと京香さえ生きていてくれるのなら...この角を右折すれば...俺の家が......


「母さん!?!?」


母さんは目の前で倒れていた。それは無残に、ほかの村人と同じように肉が溶けて骨が見えて、目が落ちて焦げた匂い。もう________死んでいる。


「クソッ!遅かった!」


もうケジメはつけてある。もともとこのつもりだったが。死んだらもう肉の塊。魂など宿らない。泣いて喚く暇などない。大切な人を失ったとしても、戻ることなどできない。リスタートが出来るわけでもない。過去はもう変えられない。


「京香......京香!!!」


原型をとどめていない母親を苦しみながらも見捨てて家へと走る。この世界には最高の選択などない。いつもどこでも不平等な理不尽な選択ばかりだ。生きているかもわからない妹を、母親を見捨ててまでたすける必要があるのだろうか。そんな行き先もわからない心をどうにかして落ち着かせる。真っ赤に燃える家を前にして決意を固める。顔すら見たことも無いくせに、話したこともないくせに。何故こんなに助けようと思うのだろうか。煙が充満して前が見えない。この階段を上り切れば…封印された部屋へ...


「京香!助けに来たぞ!逃げるぞ!」


____応答なし。いつも道理。


「なんで!なんでいつも!お前はそうやって!全部一人で!なんだよ!なんなんだよ!お前なんて......大っ嫌いだよ!」


あったことも無い妹に、虚しく叫ぶ。自分がどれだけ愚かな行動をしたのか分かった。一度も部屋から出てこなかったのに、今更助けたとしても、果たして意味はあったのか…ここで僕が死んだら、何もかも終わりではないのか。もしも、もしも少しでも希望があるのなら、禁忌を犯してもいい。リダイブアッシェントをしてもいい。なのに僕は...その可能性を捨てた。僕は、京香の封印された部屋の前に座り込んだ。それにつれてどんどん炎は燃え盛っていく。この扉は、アルカード家の人間とウェルラーフ家だけだ。敵国の王子様と王女様。憎き相手にしか開けられない。なんと皮肉なことだろうか。もう...どうすることも出来ない。このままあの村人達とともに焼け死ぬのだろうか。先程殺してきた村人のように、僕も殺されるのだろうか。もう、わからない。


「わかんなく......なってきたよ.........」


『生存者?生きているの!?』


なにか聞き覚えのある声。まだ幼い女の人の声。でも何かの重さがあって、感じるところがある。充満した煙から見えた姿は、士官用の軍服を着た綺麗な赤髪の女性。間違いない。赤髪のウェルラーフ家の人間だ。


「やっぱり生きてるのね!?」

「あぁ...生きてるよ」

「何ぼーっとしてるの!?早く逃げなさい!」

「ッ!!!!この中に妹がいるんだよ」


何も事情も知らないくせに!!


「...??なら早く助けなさいよ!」

「無理だから諦めてるんだろうが!!」

『妹が...たまたまウェルラーフ家のお偉いさんに目をつけられて!結婚を迫られて断ったから封印された...どうだ?お前の家柄がやったことは?聞いたことがある、エンタープライズを廃止したがるおめでたいお嬢様が居るってな、お前さんだろ?だがな…お前の家柄がやってる事は...エンタープライズよりも残虐行為だって事を忘れるなよ...』

「それはちがいます!」


何が違う!と叫ぶ。おめでたく何一つ不自由もなく育ってきたお嬢様に、俺たちの気持ちがなぜわかる。そうやって女神様ぶって、


「助けたいです!貴方の妹さんを!」


黙れ。


「...俺の妹に指一本でも触れてみろ」

「......?」

『てめぇの汚ねぇ手で京香を触れるなって言ってんだ。』

「......京香?京香なの?中にいるのは...」


何なんだこいつ...京香の事を何か知っているのか?.........いや、知っていたとしても触れさせない。こんな極悪非道の人間には…。


「そう...京香は死んでいなかったのね...」


...!?


『おい!どう言う意味だ!答えろ!』


何なんだよさっきっから...京香はなんなんだ?こいつは何なんだ?


『扉に近づくな!!!』

「...でも、この扉を開けれるのは今私だけよ?」

「っく・・・」


どいつもこいつもわれさえ良ければいいのか...神は、クソみてぇな人生を送ってきても、何も救済もくれないのか・・・俺は...結局はまた無能なんじゃないか。アイルが行っていたことが、正しかったんだな。


「ガチャ」


と、音を立て、過去一度も開いたことのない封印されし扉が開いた。こんなにも呆気なく、一度も見たことのない妹と出会うことになる。

扉の中に入ると...そこはまるで暗黒空間だった。何か悲しい雰囲気。意識の鼓動も、泣き叫ぶ悲鳴も、時が動く心力も、なんの意味も持たない悲しい空間。京香にとってこの空間は、憎しみの場所であり、それでまた時を一緒に刻んできた場所でもあり、悲しく何も無い無意味な場所でもあるからだ。拒絶と否定と、現実と、理想と、受け入れ。何もかもがよく分からなくなった彼女は魂が無残に飛び散るだろうに。現実の世界から切り離されたまるで別次元のこの場所は、虚しいだけだ。

あれほど、母親を捨ててまで助けようとした京香は今では会うのが辛い。見えたはずのその瞳はやがて遠くへ歩いていってしまう。あれだけ会いたかった妹は、闇の彼方へ消えてしまう。振り返ることもせず、泣くこともせず、_____今ならまだ、、、


『きょうかぁぁぁぁ!!!!!』


今ならまだ、、、間に合う。悩む心を削り取り、怯える心を投げ捨てる。やがてユウキを支配していた恐怖感は消失し、理想の心がユウキを支配する。


『まってよ君!ここにはウェルラーフ家が設置した守護___』


ブォン!との大きな音を立てて尖った石が飛んでくる。だが、ユウキは止まらない。ユウキの頬は石にえぐり取られ、出血が酷い。だが、そんな攻撃は今のユウキには___効かない。ユウキは飛んできた石を素手で捕まえる。手は肉がぐちゃぐちゃになりながらも、叫びながらその名を口にする。


『『エアス!!!!!!!』』


ユウキは石をエアスへ向けて投げた。

だが相手はアレクダルア共和国軍最強騎士。目にも見えぬ早さで医師が粉砕される。


『ひさしぶりだなぁ。ユウキ君』

「アルカード・エアス...貴様......」


アルカード・エアス。共和国最強の騎士にして、京香をこの暗黒の空間に閉じ込めた下道。俺は一度こいつに殺されかけた。が、今回は違う。俺は.........今までの無能と違う。

こんな外道は...


『ふっ...シャロット。まさか君がそちら側に寝返った訳ではなかろうな?』


シャロット...?そうか...あの時、アレクダルア共和国に行った時に軍人にレイプされそうになっていたあのお嬢様か、どこかで見覚えがあるわけだ。


「辞めて。私はただ、助けたかっただけ」

『ふははっ』

「なによ...」

『いや、まだそんな女神様ごっこをしているのか、と思っただけだよ。』

「全然違うわ!全く!」


「・・・そんな戯言は良いんだよ、早く京香を返せ。」


ふっとエアスは笑った。なにがおかしい。


「まぁいい、、、早くお前を殺せばいいか。」

「おいおい?勘違いするな、君に私は倒せない」

『あぁ・・・そうかもな』

『僕、一人だったらな。』


刹那。

コンバットナイフがエアスのほほを掠る。

刹那。

エアスの背後に回り込みコンバットナイフで切り付ける。

刹那。

ずっと目の前に立つユウキが、エアスに銃を突きつけた。


驚愕の逆転劇。立場とはいつも必然。戦況はぐるりと変わる。次の瞬間、凍り付いたエアスを前に、発砲する。

その弾丸はエアスの肩に直撃する。エアスは衝撃で立ち眩み、暗黒に染まった部屋の壁に寄り掛かる。そして軍刀を手にしたユウキは、戦う意思すらもうない男に向かって串刺しにする。


「ぐぅあ!!」


なんとも無様な光景だろう。貴族様のお偉いさんが、ユウキを一度殺しかけた人間を、いま、こうして殺すのだ。


「馬鹿な・・・こんな奴に・・・」

「そこだエアス。こんな奴にではない。お前は負けた。侮ったのが運の尽きだな。」

「ありえない・・・うぇ・・・ウェルラーフ家が、、、」

「お前は家柄にすがりすぎた。そして人を殺しすぎた。この村の住民も、この村自体も、そして母さんを、」


無残にも串刺しにされたエアスは泣きながら顔面崩壊した顔でいう。


「まだ終われない…まだ…リダイブアッシェン_________」

『残念だ。』

『お前がいくら泣こうが構わない。だが、続きは地獄でやってくれ』

「ふははは!!貴様!私を殺すのか!!いい度胸だなぁ!!アレクダルアの中で最も大金持ちの貴族だぞ!!その私を殺したとしたら!おまえはすぐにでも首が飛ぶぞ!!」


知っている。分かっている。そしてお前が死ぬべき人間というのもわかってる。だから、せめて。


「あぁ・・・俺はお前を殺さない。が、お前という存在があってもいけない。」

『なにを・・・・・いっている』

「俺はお前を許さないし時もお前を許さない。お前がいくら泣きさけぼうが、貴様の奪ってきた命には代えられない!!肉体ごと残さずにつれてってやる。ずっと、闇の彼方へ消えればいい!京香の代わりだ!貴様は死ぬまでここで永遠に闇と共に暮らすんだな!」

「やめろ!こんなはずじゃ・・・終われない!終われ__!!」

「「いいや!終わりだ!永遠にこの地獄をさまようがいい!京香が味わったように!!永遠になぁ!!!」」


その瞬間、アルカード・エアスというものの存在はこの扉に宿された。


「お前はここで、尊い命の分だけ償え。哀れだったな・・・」

『アルカード・エアス・・・』


ふと振り向くとそこには幼い少女が立っていた。そう、これが俺の、命を懸けて守ったもの、いいや、僕と、アイルの守った奇跡。


「京香、なんだな」


「うん」


何を話そうか、何を伝えようか、そんなことはもう頭にはなかった。ただただ守り抜いたものは何よりも暖かく感じた。そしてその幼い少女に抱き着いた。ずっとこぼさずにいた涙が、あふれ出す。


「兄さん・・・。ごめんね・・・」

「いいんだ・・・生きていてくれただけで・・・本当に良かった・・・」


一度は捨てようかとも思った。親を捨て、村を捨て、たどり着いた結果。何よりも美しく、何よりも暖かい。そして彼女はささやいた。


「僕、あんまりわからないから、でも今は違うね・・・」


「ありがとう  だね!」


そのたった一言で俺の世界は鮮やかな色どりで覆いつくされた。伝えたいこと、話したい事、たくさんある。そしてこれからの時間もいっぱいある。これからはそのために時間を使おう。惜しむことはない。これが、俺の光なのだから。そして_______ここからやっと、俺の人生が動き出す。

いま一番伝えたいこと。俺は小さく息を吸う。



「_______好きだ、大好きだよ京香」


「____ありがとう__だね!」


それが、俺の生きる理由。たとえ俺が世界から消えたとしても、いつでも何度でも言い続ける。叫び続ける。



____愛していると。

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