発覚
魔獣は地形を利用しつつ、突進してきたかと思えば隠れ、突進してきたかと思えば私の攻撃を見事に躱す。
その動きの素早さもさることながら、敵ながら身のこなしが凄まじい。
だからこそ、このまま冷静さを失えば自滅するのみ……だ。
そう言い聞かせ、心を努めて落ち着かせつつ魔獣の動きを予測し、牽制するために魔法を放つ。
一進一退の攻防。
一瞬一瞬の選択を誤れば、即座に致命的な場面に追い込まれるような……そんな闘いが続く。
「ちっ……!『雷刃』!!」
捉え切れず、それは私のすぐ側まで突進してきた。
寸前のところでそれを避けつつ、飛びかかってきた魔獣の足を雷刃で切りつける。
敵の攻撃を避け切れず、一部服が破け身体に紅の線が走った。
けれども同時に、敵の足にも同じように紅の線が走る。
……狙いは上手くいったようだ。
「クラールさん!」
聞き覚えのある声に、つい、苛立つ。
それは目の前の敵にばかり集中し過ぎて、索敵を疎かにした自分に対してだった。
「『地道』!」
声のした方から、地が隆起した。
幾多ものそれを避けるように、魔獣が動く。
けれども傷のせいで動き辛いのか、その動きは先ほどに比べて随分と緩慢なそれだった。
私は避けた瞬間の魔獣に対し、再び雷光刃を放った。
サーロスの攻撃を避けることで体勢を崩していた魔獣に、その雷光刃は見事に当たる。
「……『炎球』」
倒れた魔獣にトドメをさすように、私は再度魔法を放った。
それは、魔獣を覆い燃やし尽くす。
魔獣を送った後、私は彼の方を向いた。
何故、こっちに来たのか……!?そう問いただそうとして。
先ほどまでの戦闘で気が昂ぶっていたが故に、もう少しでそれを口にするところだった。
けれども彼の方を振り向いて、一気に気持ちが落ち着く。
……というよりも、血の気が引いた。
ルーノを、擬態させていないことに気がついて。
「大丈夫だった?」
気づいていないのか、サーロスは慌てたように私の方に近づいて来る。
今ならばまだ間に合うか?……と、甘い考えが一瞬頭を過ぎった。
けれどもすぐに、それを自ら否定する。
……魔力の動きに聡い彼だ、魔法を使ったところで隠しようがない。
「……不思議な犬を、飼っているんだね」
サーロスが、ルーノを見て笑った。
……その反応が意外で、内心首を傾げる。
「いつも君が連れて歩いている犬だろう?魔力の大きさを見るに魔獣とも思えるけれども、それにしては魔力に澱みがない。一体、彼は何なんだ?」
「一つ、質問しても良いでしょうか?」
質問に質問で返すような形になったけれども、気になって仕方がない。
サーロスは特段気にしたようでもなく頷いた。
「……魔力の澱みとは、何でしょうか?」
私の問いかけに、サーロスは『ああ』と小さく呟く。
「ごめん、ごめん。魔力の澱みっていうのは、便宜上師匠が名づけたものなんだ。僕は何故か魔力の質を色で捉えることができる」
「……色、ですか……」
それが、本当であれば。
随分と、恵まれた特殊技能を持っているということだ。
「それは、個人を特定できるのでしょうか?」
「うん……まあね。色は、一人一人少しずつ違うんだ」
「へえ……」
魔力は、一人一人波長が異なる。そのため、魔力はそれを扱う者にとってはこの上ない本人を証明するものになるのだ。
波長を感じるには、魔力を込めらたものに触れる必要があるため、本人を確認する必要がある場合は何らかの無機物に魔力を込めるのが一般的だ。
以前、テレイアさんに初めて会った時に私が手紙に直に触れる必要があったように。
けれども、それが目で色という形で確認ができるというのであれば…….。
無機物に込められたもの以外でも、例えそれが攻撃魔法だとしても、相手が誰なのか魔法を見れば分かるということだ。
その利点は計り知れない。
一つすぐに思い浮かぶものを挙げるとしたら、仮に襲撃された時に誰が相手なのだか、視覚外からのそれであっても分かるだろうし、それ故に態勢をすぐに立て直すこともできるだろう。
「それで、澱みとは?」
「あれ、すぐに信じるんだ……」
「……常識外のことだと、すぐに拒絶することはありません。単に自分が知らないだけ、ということはこの世界に五万とあるでしょうから」
私が、生をやり直していることのように。
「そっか。……澱みは、便宜上の名前だよ。魔力に何らかの異常があった時、元の魔力を薄い靄が覆っているように見えるんだ。魔獣は必ずこの澱みがある。けれども、彼からは一切それが見えないんだ。だから、害のないものだと僕は判断した」
……ルーノが、他の魔獣と違う?
それは種族の特性なのかしら?
疑問は、尽きない。
けれども、それを知る由がない。
ルーノと同種の存在に遭遇したことがないし……何より、私にはその色とやらが見えないのだから。
ただ彼の言葉を信じるのだとしたら、ルーノは何らかの理由があって魔獣ではない存在になっているということなのか。
……判断材料がないに等しいので、断定することはできないが。
とはいえ、ルーノが人を襲っていないこともまた事実。
一笑してすぐに否定することもまた、愚かなことだろう。
「……そう。彼のこと、貴方は誰かに言うつもり?」
「……申し訳ないけど、師匠にだけは言わせてもらうよ。いくら澱みがないとは言っても、いつ彼が現れ人を襲うようになるか分からないから。とはいえ、彼には澱みがないからすぐに危険な存在とも言えない。だから、師匠にだけは言っておく。師匠だけは、僕のこの体質を知っているから信じてくれるだろうから」
……まあ、そうよね。
危険になるかも知れない存在を、そうと知りながら見過ごすことはできないだろう。
けれども、それならば何故……。
「……有難いけれども、何故すぐに討伐対象としないのですか?やがて危険になるかもしれないと考えているのであれば、その方が早いでしょう?」
そう問えば、サーシスは複雑な笑みを浮かべていた。
「君が……他者が大切に思う存在を、おいそれと簡単に断じることはできないよ。何より、側には君がいる。プレアグレアを単独で阻止できる存在が側にいるんだ……それは、この上ない担保じゃないか?」
「……そう」
彼から発されられた現実的な言葉に、私は逆に酷く安心した。
状況は、ちっとも好転していないのに。
むしろ、ルーノの存在がロンメル様の知るところになるというのは私にとってもルーノにとっても良くないことだ。
だというのに、彼らなら大丈夫だろうなどという……なんともあやふやで確信のない安堵が私の中にはあった。
一体、どうしたというのか。
「……私は、もう帰ります。流石に疲れたわ」
「なら、僕も帰るよ。帰りがけに魔獣が襲ってきたら、対処が面倒でしょう?」
そう言いながら、彼は私の後を付いてきた。
そうして私たちは三人で魔の森を出たのだった。
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