団欒

「クラール姉ちゃん、お帰りー!!」


テレイアさんと話を終えた後すぐに、私は子どもたちに囲まれた。


「……ただいま、皆。良い子にしていましたか?」


「うん!勿論!」


皆の笑顔に釣られて、つい私も笑った。



「クラール姉ちゃん、遊ぼうよー」


「ええ、勿論。今日は何をしましょうか」


「鬼ごっこ!」


「隠れんぼ!」


次々と子どもたちが各々好きなことを言う。

けれども、外は生憎の雨。

シトシトと、柔らかな雨音が時折部屋の中まで聞こえてける。


「んー……雨が降っているから、今日は外で遊ぶのは諦めましょう?」


「えー!」


「次来た時に晴れていたら、外遊びをするという約束はどうですか?」


そう言えば、外の遊びを希望していた子たちは渋々ながら頷いてくれた。


「じゃあ、お姉ちゃん。ご本、読んで?」


「そうね。今日は皆で本を読みましょうか」


そうして受け取ったのは、この国で一般的に語られている話だった。


……昔々。

何も存在していなかったこの世界に、女神ライア様が降り立った。

そして女神様は、やがて生まれてくるであろう生きとし生ける者たちのために様々な神を生み出した。


女神様が微笑えむと、光の神が生まれた。

世界は、光に包まれた。


明るいだけでは休息ができないと、女神様は目を閉じた。すると、闇の神が生まれた。

こうして、世界には昼と夜が生まれた。


女神様が手を合わせると地の神が生まれ、指を鳴らすと火の神が生まれ、女神様が涙を流すと水の神が生まれ、そして吐息を吐くと風の神が生まれる。


女神様によって生み出された神は、母である女神様を愛していた。

そして、だからこそ彼女が育む世界を共に支え、より豊かにしようと次々と彼らは精霊を生み出した。


水の神からは海の精霊や川の精霊、土の神からは石の精霊や木の精霊、風の神からは雷の精霊や雲の精霊が生まれた。

火の神だけは新たな神を生み出さず、自らの分身として火の精霊を生み出した。

自らの攻撃性の力がそれだけ強く、また制御が難しいと悟っていたからだ。

けれどもさりとて、火がなければ世界は温まらない。

そのため、火の神は自らの力を分け与えた分体を生み出したのだ。


そうして世界は豊かになった。


けれども、ある時。

火の精霊が、言った。

“神々で一番強いのは私で、一番女神様に貢献しているのは自分だ”と。

他の精霊たちは、それに反論した。

我こそは、我こそは……と。


そうしてついに精霊の中で争いが起こった。


海は荒れ、大地は震え、火が燃え上がり、大嵐が吹き荒れた。


その様に神々は慌てふためき抑えようとしたものの、既にどうにもならなくなっていた。


その様を見て、女神様は悲しんだ。


このままでは、世界が壊れてしまう。


そのため、女神様は争いに身を置きすっかり荒れ果てた心になってしまった精霊たちを封じることにした。

けれども封じられることを嫌がった精霊たちは、抵抗した。

我を忘れ悪意に満ちた彼らの力は強大で、女神も簡単に封じることができなかった。


『よく聞きなさい、子らよ。私はこの子たちと眠りにつきます。荒ぶるこの子たちが元の優しい姿に戻るまで。私が眠っている間、この世界のことを頼みましたよ』


そこで女神様は自らを楔として精霊を抑えつけ、共に眠りについたのだった。


神々は眠りについた女神様を守りつつ、女神様の願いを叶えるためにより良い世界を作ろうとした。

けれども眠りにつく女神様を守るため、そして万が一精霊が逃げ出した時のために彼らは女神様の側から離れることを嫌がった。


そこで彼らは、自らの力を人々に分け与えた。

これが、魔法の始まりだ。


魔法は、祈りだ。

より良い世界になるように、と。


「……というわけで皆も魔法が使えるようになったら、悪いことに使わず良いことをしましょうね」


最後にこの物語の教訓を言い聞かせる。


「「はあい!」」


「ねえねえ、お姉ちゃん。聖女様は何でライア様のお力を使えるの?だって、ライア様は眠っているのでしょう?」


「この本には載っていませんが、ライア様は眠りにつく前に、ご自身のお力を一部、神々に託したそうです。ライア様が眠ることで、世界のバランスが崩れないようにと。聖女様はそのライア様のお力をお預かりし、その身に宿すことができる稀有な方なのですよ」


「へえ……」


「すごいなあ、聖女様。いつか私、聖女様になりたい!」


「まあ……。聖女様が凄い方というのは否定しませんが、聖女様になりたいと思うのはどうかと思いますよ」


「どうして?クラールお姉ちゃん」


「聖女様はそのお力故に、家族から離れて、聖堂で護られながら生きていくのが常です。なのであなたも、聖女になってしまったら皆と離れなければならなくなりますよ」


……そもそも聖女は貴族の家系の女性しか選ばれないので、この子が聖女に選ばれることはないが。


「……そっか。じゃあ、聖女様にはなりたくない。皆と一緒にいたいもん」


「そうですね」


そう言った子の頭を撫でつつ、頭の中で俄かに疑問が沸いた。

……何故、聖女は貴族の家からしか輩出されないのだろうか、と。


今まで当たり前のこと過ぎて、疑問にすら思わなかった。

……貴族がこの国で確固たる地位を築いている、理由の一端であるそれを。


もう少しで、今の代の聖女は亡くなる。

そして、新たな聖女の選出が始まるのだ。


どのような基準で選ばれるのかは、分からない。

けれども聖女を輩出した家は、他家に対して強い発言力を有するようになるため、どの家も必死になってアピールをするのだろう。

私の生家も、勿論そうだ。

義妹の他家に対する確固たる地位を築くのにはもってこいのイベントだし、何より上を目指す父にとって、娘が聖女に選ばれることほど益なものはない。


そう考えると、神聖なはずの儀式が一番の欲望渦巻く場となるということか。

……滑稽に思えて、思わず笑った。


それはともかく、聖女選定の儀が始まる。


私の破滅への足音が、またコツリコツリと近づいてくるのを感じながら、私は子ども達の頭を撫で続けた。






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