遭遇

座学の授業が終わって、席を立つ。

……ここ最近訓練に熱を入れているせいか、正直眠かった。


少し訓練の時間を減らすか、訓練の中身を減らそうかな……。

そんなことを考えつつ、学内を歩く。

頭の中では考え事をしつつも、面倒ごとに遭遇しないように周囲に気を配ることは止めない。

おかげで、気配探知は上手くなったと思う。

理由がそれというのは、何となく侘しい気もするけれども。


ロッカーに荷物を置いて、外に出た。

実技の時間だ。


授業にはテストで単位習得が認められるものと、そうでないものがある。

要するに、単位取得認定のテストに受かろうが何だろうが期間を受けなければ単位を得ることはできない……仮に私が目立つことを恐れずにドンドン認定テストを受けようが、入ってすぐに卒業することはできないということだ。


……正直、さっさとこんな厄介なところから離れたいと思っているけれども、結局のところ目立ちたくないと思いが勝って、その制度が無かったとしても、テストによる早期単位取得はしなかっただろう。


「……お前は良いよなー。これといった婚約者がいないんだから」


「まあな。おかげで楽しい学園生活を送れてるよ」


道すがら聞き覚えのある声に、思わず身体が固まった。

まさか、と思いつつそちらに目を向けてみれば……。

茶色の髪に、整った顔立ちの見覚えのある男。

……やっぱり、私の元婚約者様だ。

いや、一つ違いだからどこかで会うとは思っていたけれども……まさか、こんなに早く見かけるとは。


「お前みたいに婚約したら遊べないだろうからな。せいぜい楽しんでおくよ」


「ムカつくな。で、ちなみにお前はどんな婚約者が良いんだよ?」


「そうだな……可愛らしくて、五月蠅くなくて、それなりに資産あるところの令嬢が良いけどな」


……婚約してても、別の女に目移りしていたけれどもね。

それでも一応、婚約者を気遣おうとは思っていたのか。

と内心毒を吐きつつも、深く息を吐いた。


やり直してからは、一度……婚約前の顔合わせの時にしか会っていない。

けれども、彼のことは家族と同じぐらい、今この時も瞼の裏に鮮明に思い出すことができる。

それだけ前の生の時、彼に固執していたということだ。

そして、それ故に積み上げたエピソードもあるということだ。


それはともかく、今世では会ったのは一度きりでそれも随分前の話。

つまり、今この場ですれ違っても彼が私のことを分かる訳がない筈だ。


出会い頭は思ったよりも動揺してしまったけれども、その必要はないのだと自分に言い聞かせつつ私は一歩踏み出した。

……案の定、元婚約者様は私のことなど気にも止めない。

そうして、私は無事そこを通過したのだった。


次の授業は、一定期間授業を受けることが必須のそれ。

というわけで、訓練所には同じ時期に入学した生徒が集まっていた。

元婚約者様の一件で遅くなってしまったせいで、訓練所にはほぼ生徒が集まっている状態だ。

彼らは皆、仲の良いメンバーでそれぞれ集まって、話に花を咲かせていた。


周りを観察している間にチャイムが鳴って、授業が始まる。


「よーし、次の者。放て!」


訓練の内容は、まだまだ基礎の範疇。

小さな火球を作り出して、遠くの的に当たる。ただ、それだけ。


でも、私にとっては難しくて為になる。

なにせ大きな威力の魔法ほど発動するのが楽だと感じる私は、逆に小さな魔法を発動させるのが苦手なのだ。

ボナパルト様が言うには、それは魔力の密度を高め続けた故のことだとか。

例を挙げるとするならば、燃料の質が良いせいで超高温の炎しか出せない台所で肉を焦げないように焼かなければいけないようなものだ。

いくら燃料の供給を調節したとしても、燃料の質が良くて結局炎が中々弱まらず、その状態で肉を焼き続けなければないという訳だ。


「……火球」


魔法を発動させて、的に向けて放つ。

けれども私の魔法は、ヘナヘナと弱々しい動きで宙を飛び、やがて途中でポンと情けない音と共に消えた。


「……ダサい」


「初級魔法で躓くなんて、落ちこぼれだな」


そんな声が、クスクスという笑い声と共に聞こえてきた。

まあ確かにそうだよな……と内心同意してしまって、自分で思わず笑う。


「どうした、クラール。こんなの、基本中の基本だぞ!もう一度、やってみろ」


教師の言葉に頷き、私は再度魔法を飛ばした。

やっぱりヘナヘナと頼りない動きをして、けれども何とか的には当たる。

……相変わらず、ポンと鳴っていたけれども。


「……まあ、着弾したか。だが、良いか?!あれは、できたとは言わない。次の時までにできるようになっておけ」


教師の叱咤に、クラスの面々の笑い声は益々大きなそれになっていた。


「皆、集まれ!今日の授業は終わりにする!」


いつの間にか時間は過ぎて、そうしてその日の授業は終わった。


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