第658話 最終決戦.5

高い声だ。

子供の声だと分かるのに、声に含まれた圧がただの子供ではないと告げる。


「…エルファラ」


王座に座っていた子供が立ち上がっていた。

エルファラだった。


いつオレの中から移動したのか分からないが、本来の体に戻ることができたのか。


『めっちゃ広くなった』


「今それ言っちゃダメだよ」


ネコがずるりと影から出てくる。


『あ、あ、』


隣にいるウローダスが震える。様子がおかしい。

エルファラを見て頭を振り、手を頬に宛がい信じられないといった風に膝から崩れ落ちた。


『エ…ルファラさま?エルファラ様、エルファラ様が、い、生きて…』


嗚咽が混ざり、言葉にならない。ウローダスの瞳からは止めどなく涙が溢れ出た。


『…ぅ…エルファラ様、申し訳ありません、わたくし、は…』


ゲルダリウスが舌打ちをした。それで理解した。

ずっと洗脳化にあったウローダスが正気に戻ったのだ。


ウローダスのずっと不安定だった魔力と気配が安定し始める。天使の気配は薄まり、ウローダス本来の魔力が表に出てくる。


足音が近付いてくる。

すぐそばを駆け抜けて、双子がウローダスの元へと急ぐ。


「師匠!!」

「お師匠さん!!」


双子の声にウローダスは気付き、視線を向ける。


『ウコヨ、サコネ…。…ああ、ああ!わたくしは何て事を!』


双子がウローダスに抱き付いても、ウローダスは振り払うことなく抱き締めた。


地面の揺れが更に激しさを増し、天井のひび割れた所から瓦礫が落ちてくる。周囲に魔力の渦ができそうな気配を感じる。魔力が波打ち、空間がもう限界だと訴えているようだ。


「ウロさん!!お願いです!!転移を止めてください!!」


今ならばと訴えた。だが、ウローダスは緩く首を横に振る。


『解除はもう、できません。多くても少なくても、あちらの世界がこちらに転移してくるのは、もうどうしようもない。それこそ、世界がひっくり返らない限り…。でも、せめて、もうこれ以上そこのゲルダリウスに私の力を悪用出来ないように致します!!!』


『待て!!ウローダス!!』


ゲルダリウスが焦りの声を上げた。なんだ?


「わ!」

「ええ!?」


双子の胸元が輝く。魔力が解き放たれる。

双子の心臓を中心にして巨大な魔法陣が広がった。


「まさか、この魔法陣が…」


一目見てわかった。これが世界転移の魔法陣なのだと。あらゆる箇所に見覚えのある魔法陣の特性が見られる。それらを見て、何故ウローダスが焦っているのかわかった。この魔法陣が発動するとき、双子が魔法陣に組み込まれて消滅する。


『お前はそれで良いのか?』


『はい。エルファラ様。これが私の罪滅ぼしだと思っております。発動した瞬間、魂ごと潰れて消えるでしょう。中に居るもう一人の存在の容認しています。これで全ての罪が消えると思っておりませんが…私のなかで最小限に留められるよう調整いたします!』


双子の中にある魔力がウロの方へと移動していく。


オレはエルファラの記憶を覗いていたから分かる。何故ウロが1人罪を背負わなくてはならない?確かにウロは許されない事をしてきた。だが、元を辿れば、ウロも被害者の一人だ!


なんとかならないのか?

だが、エルファラはオレのその考えが伝わったのか、こっちを見て口を動かした。


手を出すな、と。


『止めろと言っている!!!!』


ゲルダリウスが叫び、ゲルダリウスから放たれた魔力がウローダスへと流れ、まるで雷に打たれたかのように苦しみ始めた。


「ネコ」

『うん。多分できると思う』


ゲルダリウスはウロの事に集中してこっちに気付いていない。やるなら今だ。


斎主を構え、ゲルダリウスへと突き刺した。


『なっ!?』


「悪いけど、お前の持ってる繋がり、全部切らせてもらう」


『やめろ!!やめろ!!!!』


反転の呪いを発動する。

外に向かう力は内側に、強制力も、呪いも全て反転した。


ゲルダリウスからウロへと向かっていた忌々しい繋がり呪いは解け、この城に張られていた魔力の糸は全て切れた。


怒りにまみれたゲルダリウスの拳が奮われたが、殆どの力を無くしたこいつの動きはあまりにも遅い。必死にオレの事を捕まえようとしているが、もしや、こいつ、もう能力を使う魔力も無くなっているのか?


「失礼いたします。セキマ派元魔王補佐官、ウローダス様」


凛とした声が割り込む。


「我らはコウマ派の子孫です。ご安心ください。既にあなた様の張ったこの広大な転移魔法陣を解析し、出来る限りこの地上に影響のないよう下の方へと座標の変更作業を完了いたしました。どうぞ、心残りないよう最後の使命をお果たし下さい」


『ありがとうございます』


この人たちは、煌和の。振り替えると、壁のあちこちに転移魔法陣と対立するように細かい魔法陣が施されていた。


『うわああああああーーーーっ!!!!!ちくしょう!!!くそっくそっ!!!!ウロォォーダス!!!!』


「!!?」


ゲルダリウスが階段を駆け上がる。その姿はあまりにも憐れで滑稽なものになっていた。


『どけ!!!くそっ!!!こんなはずじゃなかった!!!!お前らがあまりにも屑で役立たずのせいだ!!!!』


双子を押し退け、双子に施されていた魔法陣を自信に移し変え完了したウローダスへと掴み掛かる。

それを止めようとジャンプの用意をしたとき、エルファラが手で制して止めた。

なんだ?


エルファラの顔に凶悪な笑みが浮かんでいる。

ちょうどゲルダリウスには見えていないみたいだが、エルファラは何かを企んでいた。


『やはり他人には任せておけん!!!俺が!!!俺ならば完璧にやり遂げられる!!!!』


ゲルダリウスの掌に魔力が集まり、ウローダスに触れる。

すると、ウローダスの中にあった魔法陣の気配がゲルダリウスの中に移動していた。


途端に更に揺れが激しくなり、立つのも難しい程になる。天井の崩れが激しくなり、ニックやシラギク、アーリゃ、ザラキが張った結界が展開される。


いつの間にか突き刺さっていた柱が消えており、そこから見える空にいくつもの建物が空気を透かした様に現れていた。

地球同士が衝突するような光景というタイトルで見せられた絵があった。

まさにそんな感じで、世界同士が隣り合い、接近し、衝突しようとしている。


『ははははははははははははは!!!!!!』


ゲルダリウスが高らかに笑う。


やはり!!!やはりだ!!!!!俺がやった方がうまくいく!!!!!さぁ!!!膝まづけ人間ども!!!!今まで以上に地獄を味合わせてや──』


体が白く白く変色し、細かくひび割れていく。それなのにゲルダリウスは気付いた様子もなく、融合しようとしているもう一つの世界を見上げながら楽しそうに話し、全てを言い終える前にボフンと砂になって弾けとんだ。


地上200メートルにまで接近していた半透明の世界はゲルダリウスの消滅と共に姿を消した。


ズズン!!!!


盛大な縦揺れ。

押し潰されそうな圧は消え、残ったのは城の残骸。


「転移の完了を確認。計画通り、なんとかノアが死ぬ前にいけましたね」


煌和の人達が撤収していく。


「終わったのか?」


誰かがそう呟き、「ああ、終わった」と誰かがそれに返答した。


転移は完了した。だが、今のところ何の影響もない。

あんまりにもあっさりとした幕引きに、夢だったのかと思わせるほどだ。


『……………』


「!」


何か聞こえる。


「ネコ、わかる?」


『うん。あっちから聞こえる』


後ろで戦争が終わったと歓声が上がるなか、オレはネコと共に声の居所を探した。とても小さい、隙間風ほどしかない声。


「…いた」


瓦礫の下にゲルダリウスの一部が転がっていた。


口などないのに、魔力に宿った思念だけが伝わってくる。

もっと、俺は高みにいけたのにと。


その一部に斎主で狙いをつけた。


「その野望を叶えるために、他人を踏み台にしていたのが間違いだったな。さようなら、ゲルダリウス」


ザフ。

砂に棒を突き立てたような音。

たったそれだけの攻撃で、残されたゲルダリウスの体は完全に消滅した。






「これで、終わった」







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