第611話 目的は.9

だから、あの時の一騎討ちは見ものだった。

それに風のを完全体にするのに大切な揺さぶりだったし、奴の能力を把握するのにもってこいのものだった。


予想以上だった。


ある程度の報告は受けていたものの、聞くのと実際見るのとはやはり違う。


勇者の精霊の加護は凄まじいものだ。

通常、あんなにも精霊の力を上手く引き出すことなどアルヴの連中くらいなものだが、奴は何の苦もなく風の精霊フーシアに呼び掛け、竜巻を形成して見せた。


あれは、人間が精霊を使って発生させるレベルを越えている。もはや風龍クラスの竜巻だ。


興奮した。

中にある魂のみ価値のある人間だと思ったが、とんでもない。

風の精霊フーシアの加護。奴の体はいつの間にかゲルダリウスが食べる価値があると判断するほどに成長していた。


ああ、人間というのは、こんなにも急成長するものなのか。

窮地に立たされれば立たされれるだけ、どんどん強くなっていく。


どうせ喰らうなら、極限まで価値を上げてからが良い。

最後はしっかり絶望を刻み付けて。


人間は面白い食料だ。

その時の状態によって味が全然変わってくる。

死体を食っても特に美味くはないが、散々痛め付けた肉を生きたまま喰らうと絶品だ。

魔力も死んだ後だと殆ど残らないが、生きているときに喰えば大量に接種できる。


きっと、今まで感じたことのないほどの魔力と、味わいを楽しめるだろう。


だから、一応殺すなと命じていたのだが。


あのバカは、退魔の剣で奴の心臓を狙っていた。


風のは感情の激流に飲まれて、完全覚醒したが、覚醒した途端に死なれるのも困る。奴も俺が殺さなければ意味がない。


ふと、少し離れたところに凄まじい魔力を持つ魔術師の気配を捕らえた。それはまっすぐこちらへと向かっている。

目的は何か?

まぁ、いい。

それならちょっと味見をしても死にはしないだろう。

瀕死になっても何とかなるだろうし、それに魔力を限界まで無くしてやれば更に魔力量が上がる。


一石二鳥だ。


二人の間に割って入り、風のを回収し、精霊の力を喰った。

相当な数が集まっていたが、ゲルダリウスの気配を察知した瞬間に消えた。逃げ足の早い。


目の前で、奴が落下していく。


驚きの表情で見上げてくるその姿はあまりにも滑稽で、あの時の神の表情と重なった。


暴食の能力を奴の体に浴びせた。

一思いに喰うのは楽しくない。じわりじわりと追い詰めていくのが実に良い。

奴の体に能力の雨が突き刺さる度に、その魔力を味わった。

洗練された味だ。今まで食べた中で一番美味いのではないか?


もっと、もっと寄越せ!


チビチビと喰らうのがだんだんもどかしくなり、一気に喰らおうと剣を抜いた。

魔力をスポイトの様に一気に引き抜ける自慢の牙だ。それを心臓に突き立てて全て吸い取ってやる。


もはや当初の目的など忘れ、襲い掛かった。


後で食うのも今食うのも同じだ。

もう途中で止めるのは出来ない。


が、そこで更に喜ばしい事が起きた。


逃げようとしている気配を感じて、剣で貫き動きを封じた。

あの剣は物体を切ることは出来ないが、魔力のみに直接干渉できる。

だからだろうか?


『ゲルダリウス!!!』


突然顔つきが変わった奴は、まだ出会ってもいない筈の俺の名前を呼んだのだ。憎しみを込めて。

覚えのあるその気配に体が震えた。


なんということだ!!

奴の体の中に『エルファラ』までも眠っていたとは誰が想像できようか!!

そして同時に納得もした。

どうしてウローダスが奴を他の勇者よりも甘く接し、あまつさえ、使い魔が後で罰を受けると知りながら、逃げる手助けまでしたのか!!


無意識に『エルファラ』の気配を感じとり、元のウローダスが生かそうとしたのだ。

笑うしかない。


この勇者はまさに、ゲルダリウスの為に用意されたのではないかと思うほど、求めていた全てが揃えられていたといっても過言じゃないだろう。

今こそ貴様に感謝しよう。神とやら。

俺のために素敵な贈り物をしてくれたな!


結局あの後昂りすぎて本当に殺す気で魔力を吸い取ったのに、体を回収する前に、突然張られた魔術師の結界に阻まれて断念したが、実に肝を冷やしたもんだ。


そこからは冷静に、冷静に。奴を強化する方へと手を回した。仲間を全滅させたりとかな。絶望を与えれば、奴は分かりやすく足掻いて強くなっていくから。


そうして、見事この城に潜り込ませ、一人になるように仲間を削っていく。万が一というものがある。削れる戦力は削っておかねば。






失敗は、しない。






『まぁ、まさかコウマの連中が人間側についたのは驚きだったが』


城の外に集まるコウマの連中が、人間と行動を共にしているのを見て、憐れだと馬鹿にした目を向ける。

魔族でありながら、人間との共存を望み、角を折って魔族を捨てた奴ら。


『くく、でも丁度いいか…』


魔界の転移の魔法は既に発動している。いくらノアが止めているといっても、時間を先延ばしにしているだけだ。

解除は出来ない。


連中には、俺が神になる瞬間をしっかりと目に焼き付けて貰おう。

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