第602話 第三の門番.19

声が聞こえる。あまりにも小さくて、初めソレが声なのかも解らなかった程だ。

ピエロの気配は既に1つの個体というよりは、いくつもの生命体が集合したみたいになっていた。


ニックの張った結界に、ペタペタと子供の手のようなものがたくさん貼り付いていく。


『   ドウシて ドウシて ドウシて ドウシて   』


子供が囁く。

なのに、悲しいという感情が直に叩き付けられてくる。

置いていかないで、と、


「ライハ。それはただの記憶の残りカスだ。聴くな」


解ってはいるが、どうしても頭に直接響いてくる。

頼む行ってくれるなと。


ぐわんぐわんと目が回るような声に意識を持っていかれそうになるのを耐えていると、目の前に光の糸が揺れながら靡いていた。

それは真っ暗闇の空間の遥か先に続いている。


これは──


「!」


更に強い気配を感じて振り替えると、人影らしきものが追ってきていた。もう仮面すらヒビ割れている。


オレ達の勝ちだ。






── パンッ!







音を立てて景色が切り替わった。







「いてっ!?」


「あいたっ!!」


突然の重力の変化でネコが落下し、同時に全員が地面へと勢いよく転がった。

急いで身を起こして数える。よし!全員いる!

そして前方には開き掛けの扉を発見した。少し転移場所がずれてしまったが、戻ってこれた。


「皆はやく出るぞ!!」


声を掛けると、皆が慌てて立ち上がり、それぞれ力尽きた奴を引っ張り起こして扉へと走った。


完全に疲れきった、という様子のネコが遅れて落ちてきたのをキャッチし、オレもすぐにその場から離れた。次の瞬間。


『 ォォオオオオオオオオオオオオーーッッッッ!!!!!! 』


床が盛り上がり、破裂した。


現れたのはバラバラになった仮面の欠片をくっつけた根っこの集団。

だが、皆すでに扉から脱出している。なら、あとは相手にせずに逃げ切ればオレ達の完全勝利。


「ん!?」


なのだが。


「……あー、くそ。こいつは厄介だな…」


突然ニックが立ち止まった。


「ニック何してんの!早く!!」


「そんなところで立ち止まってたら追い付かれるんだぞ!!」


オレとアレックスが声を上げても、それでもニックは立ち止まったまま。それどころか化け物となったピエロと相対するようにこちらに背を向けた。


「すまんな。俺が手助けしてやれんのもここまでだ」


「何言って──」


そこまで言って、気が付いた。

ニックの右目から流れる魔力があの化け物と繋がっていた。


そうか、そういうことなのか。


ニックはあそこから動かないんじゃない。“動けないんだ”。


魔力の繋がりは強力で、絶対だ。

オレとネコの魔力融合も、二つの個体が一つの個体になるのと同等な程。

魔力の流れは鎖そのものにもなる。隷属の首輪の様に。



いま、ニックはあの化け物の一定距離以上に離れることができない。


魔力(オレ)がダメなら能力(ニック)に狙いを付けてきたのか。

してやられた。最後の足掻きか。あの状態になれば、能力の元の持ち主であるあの化け物を倒すしかニックを解放する術がない。


地面に爪立て、ゆっくりゆっくりとニックを目指して化け物が這ってくる。


魔力解放状態が解けてきたシラギクが、消えてしまった藤白刀の代わりに普通の刀を持ち直し、仕方なしと微笑んだ。

そしてこちらに申し訳なさそうに頭を下げた。


「ライハさん、私もここに残ります。私の我儘に付き合わせたのにもかかわらず、更にご迷惑を──」


「シラギクさん」


シラギクの肩に手を置き、言葉を止めた。


「オレ達は大丈夫です。それに、迷惑だなんて思ってませんよ」


ニックを見る。本当に間に合って良かった。

一緒に来ることは叶わないけれど、命があればなんとやらだ。


「オレもニックを助けたかったので」

『うんうん』


ネコも頷く。


「私達もよ。何だっけアレ。アウソ。ぬち、何とか」


命こそ宝ヌチドゥータカラな。それに今回は今までと違うし悲観はしないさ」


「出てるしね」

「そうよ」


そうだ。何て言っても今回は皆扉から脱出できている。


「そーそー。要はソイツを早く片付ければ済むって話だろ?」


アレックスが溜め息を吐き、頭の後ろで手を組んでニックとシラギクの元へと向かう。


「パパッと終わらせてすぐ向かうんだぞ。この二人は足が遅いから俺が担がないとね」


「「遅く(ありません!!/ねーよ!!)」」


二人がハモる。


三人のコントじみたやり取りに苦笑するユイ。


「三人とも、ご武運を」


「お前らもな」


早く行けと手を振るニックの後ろには、もう人の形さえもなくなったモノが押し寄せていた。


「ニック!またな!」


声を掛けた。


「ああ、またな」


その言葉だけを交わし、すぐに追い付いてくれることを信じてオレ達は三人に背を向け、先へと足を前に出した。

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