第591話 第三の門番.8

視界一面を白い靄が覆う。

ヒヤリとした湿度が肌を撫でながら流れていく。  


『なになに!?』


ネコが驚いてこちらへと走ってきていた。

良かった生きてた。


「せやっ!!」


右手を振りかざし、干渉する。

冷気が凄まじい勢いで水分を凍らせていく。


視界が一気に晴れると、急に圧迫間に包まれた。

原因は明白。視覚効果で広く感じさせていた鏡は残らず曇りガラスとなって白く濁っていた。


影の追撃が止み、残る影はニックによって全て霧散された。


無事、成功だ。


影が消えて皆の位置が確認できた。今のところ負傷者はいない。ニックが軽く息切れを起こしているが、それだけだ。


「た、たすかったぁー…」


べろんと双子が姿を表す。

心の底から安堵をしているらしく、二人揃って額の汗を拭う仕草をしていた。

本当に最後まで隠れているだけだったなこいつら。

まぁ、いいけどさ。


「ユイさん、ナイスです」


「突然で訳がわからなかったが、役に立って何よりだよ」


刀を軽く振って鞘に戻しながらユイが戻ってくる。

やっぱりチームプレイっていいな。


「水なら俺もできたのに」


後半一体ずつ倒すのがめんどくさくなったのか流れ作業のように複数の首を薙いでいたアウソが言う。


「いや、お前の海水霧まで細かくできないじゃん。それに干渉して凍らすのえらい魔力使うんだよ」


「ああ…そうなんか…。そうか…確かに霧状は出来ないさ…」


僅かに肩を落としたアウソ。

すまんな、適材適所というものだ。


「扉あったぞ!」


アレックスが嬉しそうに手を振っていた。

見てみれば確かにアレックスの後ろには凍り付いた扉が見えた。たが。


「本当に本物か?それ」


また鏡に写ったものではないのか?

一応鏡は全て潰したが、油断が出来ないのが悪魔である。


「絶対に本物だよ!ほら、ドアノブに触れる!」


心底嬉しそうな顔をしてアレックスが鏡から突き出たドアノブを掴んでガチャガチャと捻っていた。ああ、なるほど。そうやって判断していたのか。


「おい、お前の馬鹿力で壊すなよ」


いつもの皮肉をニックが言う。

少し笑いが漏れた。


「ふん!俺はどっかの誰かと違って力加減できるんだぞ。だいたい君だって──」


アレックスがニックの方を見て動きを止めた。


ぞろりとした音。なんだ?


『お前がいいな。お前の魔法は役に立ちそうだ。他のはいらない。良い素材だ、貰っていくぞ』


背中にヒヤリとしたものが駆け上がり、振り返る。


「ニック!!!」


アレックスが叫ぶ。


「…あ──」


ニックが床へと引き摺り込まれていた。

床の黒が蔦のようにニックへと絡み付き、凄い勢いで呑まれていく。


口は既に塞がれ詠唱を封じられていた。というよりも、振り返ったときにはもう胸から上しか確認できなかった。


杖を振り上げ魔法を発動しようとするもそんな時間さえ与えてはくれない。


「ニックさん!!」


近くにいたシラギクが何とか助けようと手を伸ばしていたが、無情にもシラギクの届いた指先は掠めただけで、ニックはあっという間に地面へと消えていった。


ガランと杖が転がった。


床の黒が薄くなり、元の色へと変わっていく。

ニックの気配も魔力も全く感じられない。

シラギクはその場に膝を着いて地面を見詰めていた。


──カチャン。


後ろの扉が開く。


ゆっくりと開いた扉の向こうには廊下が見えていた。

だが、誰一人としてその先へと向かおうとする者は居なかった。


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