第583話 滑り込み準備

てきぱきと作業をする煌和の人達を眺めながら、フリーダンはホッと息を吐いていた。


なんとか間に合った。


ノアも名前を取り戻し、魔力の制限が解放された為に即死せずに済んだ。といっても、ジワジワと魔力が削られている為に安心できているわけではないが。

今煌和の人達がやっているのは結界の書き換えだ。


つまり発動してもそのまま魔界が転移してくる訳ではなく、多少影響が残っても転移箇所をずらす為の措置だ。


だからといってノアの負担が減るわけではないので、ギリスの魔術師が交代で魔力の塊を手渡してなんとか持たせているのだが。


(その代わり、体の負担は増えていく。魔族だから、この急激な魔力移動の負荷に耐えられているけど、人族だったら酷い後遺症が残りそうね)


直接供給は魔力の道が出来るために、余程の技術を持っている人でなければ危なくて出来ない。

フリーダンさえ、集中しなければ危ないのだ。


「フリーダン」


名前を呼ばれて振り替えると、ノノハラがナナハチとコマを引き連れて走ってきた。


「貴女の言う通り、あちこちから魔物が此処を目指してやって来ている。やっぱり、私達はここで応戦した方が良いのではないのでしょうか…」


戦いに備えて編み込んで固定した髪の毛をさらりと流しながら、ノノハラが訊ねてくる。それをフリーダンは優しく微笑んだ。


出会ってまだ一年も経ってはないけど、随分丸くなった。

そんなノノハラの肩に手を置き、ノノハラ、と呼び掛ける。


「ありがとう。でも、貴女が一番救いたいと願う人は、あの中に居るのでしょう?」


城を指し示すと、瞳を揺らせながら頷いた。

ノノハラはずっと後悔していた。

妹のように自らを頼ってくれていたコノンをあの城に置いていってしまった事を。


魔物の住み処となったあの城で、どんなにコノンは怖かったのだろう。想像することしか出来ないが、兵士から聞いた土の化け物は間違いなくコノンの魔法だと確信していた。


旅をして居る最中、何度も土の化け物の話を聞いた。そしてそのどれもが、少女と共に現れていたということを。

私が置いていきさえしなければと、何度も何度も悔やんだ。

きっと恨んでいるのだろう。


自己満足かもしれない。許される筈もない。

だけど、一言謝りたかった。


「…はい」


「なら、こっちは気にしないで。魔物だけならなんとかなるから」


「そうそう」


ぽん、と。突然ノノハラの肩に手が置かれた。


「ノノハラはばか力(馬鹿火力)なんで、使いどころを考えないと豚に真珠どころか豚にダイヤモンドです」


ナナハチの訳の分からない例えに、ノノハラが真顔で「は?」と返した。


「何度も大地を焼き畑にされては困りますって意味ですよ」


「ちょっと本当に焼くわよあんた」


「いひゃひゃひゃ、ほうりょうはんはーい」


ノノハラがナナハチの頬をつねって引っ張る。その二人を見てコマが遊んでいると勘違いして吠えながらじゃれついていた。


『ただいま戻りました』


「何してるの?」


そうこうしているうちに赤い髪を持つ少女、グロレと、大きな絹の毛を持つ犬、リジョレが戻ってきた。


「ふふ。なんでもないわ。それより何かあった?」


「あっちに同類の匂い付けた女の人介抱されてる。不思議な匂い、人と精霊の匂いさせている。その人、わたし見てキリコって、まだ終わってないって言ってる」


頭の中に、サグラマで出会った女性の記憶が甦る。

初めてあったときから不思議な気配の人だと思ってたけど、なにやら願い事があるらしい。


「わかったわ」


グロレに頷くと、フリーダンは手を叩いた。


「さ、集まって。これから、敵本拠地に飛ばす準備をするわよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る