第541話 総力戦、開始.27
あの時の女悪魔!!
条件反射で構えた。だが、何故か体が重い。
『と、思ったけど私も先にやることあるから、後でね』
「!」
甘い匂いがチヴァヘナから漂ったと思ったら突然とてつもない睡魔に襲われた。これはまずい。ここで寝たら何もできずにやられる。
そう思った瞬間、暴食の主が発動したのか眠気が吹っ飛んだ。
忘れてたよ暴食の主。
アーノルドさんありがとう。
『あれ?』
不思議そうな顔のチヴァヘナ。
『ウローダスの話で神聖魔法は効くって聞いたんだけど。まさか耐性を付けてたとはねー。流石に簡単にはいかないか』
残念、と、チヴァヘナが手に隠し持っていた道具を放り投げた。悪魔が、人間の魔道具を使うとは思ってなかった。
『…あ……危なかった…、ネコ、一瞬夢見てたよ…』
「おいおい気を付けてくれよ」
お前が眠られて、また人質にでもされたらオレは本気で手も足も出なくなってしまう。
『仕方ないなぁ。じゃ、やっぱり──』
チヴァヘナが掌をこちらに向ける。
何かくる。
『こっちで!』
何かが見える前に、体は殆ど条件反射のようにチヴァヘナの掌から放たれた物が作用するであろう範囲から逃れていた。
耳元で空気を爆発させたような音が高速で遥か後方へと飛んでいく。
あれはもしや、前にオレをぶっ飛ばしたものだろうか。
『おお!』
歓喜の声。
『いくよ!ライハ!!』
「おう!!」
同時に魔力を解放し、発動。
放射線状に展開したネコビーム、その中心点にオレの雷が炸裂。
オレの雷に引かれ、ネコビームである電撃が不規則に折れ曲がりつつ合体し、まるで巨人の掌で押し潰そうとしているようにも見える。
時間的には三秒にも満たない。
だが。
「強くなられましたね、ライハ様。ですが」
信じられないことが起こった。
ウロもチヴァヘナも何もしていない。なのに、雷が全て曲がり、二人を避けたのだ。
コノンにはいかないように操作していたが、二人には間違いなく当たるように狙いを付けていた。
なのに、当たる直前、雷が円形状に屈折し、明後日の方向へと逸らされたのだ。
「まだまだ、です」
そして、明後日の方向へと飛んでいく雷が突然ある地点で姿を消し、オレの目の前に現れた。
「!!!?」
雷を纏わせた斎主でこちらへと向かってきた雷を全て引き寄せて無効化した。魔力に変化はない。オレの魔法に干渉してきた訳では無さそうだった。なら、何故当たらなかったのか。
『呆けてる暇はないわよー』
再びチヴァヘナの不可視の攻撃が大量に飛んでくる。それを回避しながら頭を巡らせるも何故曲がったのか分からない。チヴァヘナ特有の能力か?それとも。
『ライハ!!意味が分からないよ!なんで曲がったの!?』
「オレも今考えてるからちょっと待って──」
── 余所見するな!全部飛んでくるぞ!!
「──いっ!?」
突如飛んできたエルファラの忠告にどういうことかと疑問を飛ばす前に答えが寄越された。
全方向から、避けたはずのチヴァヘナの攻撃が、一斉に転移してきた。
剣を振るうほどの距離も、時間も与えてくれないほどの超至近距離。
一メートル程の距離、ならば、接触までの時間は一瞬。それが、避けたもの全て。まさに隙間もなく大砲の砲口に囲まれた状態。
その時、オレは理解した。
そうか、こんなにも移動魔法の使い手との連携攻撃はキツいものなのか、と。
あれはチヴァヘナの能力ではない。世界の膜を無視して、異世界から生き物を強制的に連れてこられる程の使い手である、ウロの能力か。
「─────っっ!!!」
全身に与えられた衝撃に意識が飛び掛けた。骨が粉々にされたかのような激痛が与えられ、即回復が始まる。
形状変化によって攻撃を逃れたネコが、オレのダメージを引き受けようとしたが、それを見抜かれたのか尻尾が到達する前にネコがまず吹っ飛ばされ、次いでオレも抵抗する暇も与えられず背後に転移してきたチヴァヘナによって地面へと叩き付けられた。
部が悪すぎる。防御を。
苦し紛れに発動した雷をまたしてもウロによって逸らされ、次の瞬間には四肢に重い衝撃。
一体何処から召喚したのか、剣が唾近くまでめり込んだ状態で四肢に突き刺さっており、文字通り地面に磔にされた。
移動魔法ってこういう使い方も出来るのな。
そういやアニメとかにあったか。失念してた。くそ。
背中に圧が掛かる。
踏まれているのかな、これ。
放電してみても、四肢にめり込む金属のせいでうまく操作できない。斎主はさっきの押し倒しで少し離れたところに転がっていた。
『ウローダス。張り付けるなら仰向けがよかったわ。失敗。せっかくだから貰っちゃおうかと思ったのに、仰向けに出来ない?』
「失礼しました。ですが、ライハ様は彼女の加護付きなので私の干渉が効きにくいのです。全て終わったあとにしていただけますか?」
『ふーん、あっそ。じゃあそうするわ。また後でね』
圧が消えた。
「…うぐぐぐ…」
何とか剣を抜こうとしているが、見事に刃の根元まで刺さってしまっているために上手く力が入れられない。完全にしてやられた。
足音が近付いてくる。
何かを引き摺りながら。
「ライハ様」
ウロがすぐ目の前でしゃがみ、こちらに声を掛けた。
何とか顔をあげると、無表情で攻撃をしてきていたとは信じられないほどに穏やかな顔をしたウロがいた。眉を下げ、困ったような表情だ。
「こうしておいてなんですが、一つ提案があるのですが、よろしいですか?」
「……すぐには殺さないんですね」
絶好の機会だろうに。
「出来ることならば、私もやりたくはないのですよ。ですが、貴方が現在敵の立場なので、仕方なく、です」
仕方なく。
本意ではないのか。だが、ウロの攻撃は無駄を一切省いた完璧なものだった。信用は出来ない。
「こちら側になりませんか?今ならまだ間に合います。そんな体で、この世界は生きにくかったでしょう?」
「…………」
「あと少しで、ここは魔族の世界になります。そうすれば貴方も我慢せずに自然に──」
「──ウロさん」
言葉を遮り、ウロを見詰める。
悲鳴が聞こえている。
確かに、呪われてる上に悪魔の混ざったこの体では、この世界は生きにくい。自然ではいられない。封じて、我慢して、耐えて過ごしていた。だけど、そんな事苦にならないほどに、素晴らしい出会いがいくつもあった。
この世界は苦しくも、素晴らしいものだった。だから──
「それでも、オレはこの世界の為に戦います」
「………」
沈黙が訪れる。
ウロの顔からは表情が抜け落ち、静かに立ち上がった。
「交渉、決裂ですね。仕方ありません。しかし、それでも私は、目的の為に君のその体が、魂が欲しいので、」
様子がおかしい。壊れかけの玩具のように途切れ途切れで言葉を紡いでいる。目は虚ろで、しかし、こちらを見詰めながら狙いをつけているように見える。
「やりたくは、無かったのですが、貴方の心臓を抜き取り、強制的に、従わせます」
「………え。」
脳裏に心臓をスポーンと抜かれるポップな映像が流れた。
待って待って待って!!それ間違えなく死んじゃうやつ!!!殺されるかもとは思ったけどそんな死に方嫌だ!!!
バタバタと暴れたいがそれは磔のせいで叶わない。
ウロの掌がこちらを向くと魔力が集まり始めた。
やばい!!抜かれる!!抜かれる!!
「!」
地面が激しく揺れ、突然地面が激しくひび割れ隆起した。ちょうどオレとウロの間に地面の壁のようなものが生えて二人を分離し、ウロが突然の攻撃で体勢を崩した瞬間、電撃が土の壁ごと破壊しウロへと直撃した。
これはネコビーム?
『生きてるー!?』
「あっぶねぇ!!何してるんだよお前!!」
「こっちはぎりっぎりセーフやな!?」
近くに足音が着地し、脚の剣を引き抜いた。
「いったあ!?」
抜き方乱暴!!
だが、結局はこうして抜かなければいけないのだから文句は言えないが。
全ての剣が抜かれ、よろつきつつ起き上がる。そこには、ボロボロであるが、レーニォとノルベルトがウロに向かって武器を構えていた。ノルベルトの頭からネコがこちらへと飛び降りて、すぐさま魔力を流し込まれる。
チヴァヘナの攻撃が効きすぎて辛かったから助かった。
「レーニォさん、ノルベルトさん。助かりました」
「…………」
「?」
「ライハ、良い情報と悪い冗談があるんやけど、どっちから聞きたい?」
レーニォが気まずそうに言う。
まさか。
「悪い情報から」
「……魔法が、発動してしまった」
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