第537話 総力戦、開始.23
まさかあそこで反撃が来るとは思わなかった。
ポセイドーン、クスラは痺れた体を回復させながら、ふ、と
小さく笑った。
まぁ、良いか。
エノシガイオスの力は奪い取れるだけ奪い取った。
足りなかった能力が補完されただけでもよしとするか。
視線を下に向ければ、虫の息のエノシガイオスは地面へと横たわっていた。此処に戻るだけの力ももう無いだろうから、あのまま放っておいても泡になって消えるな。
そういえば小さいのが居た気がしたが、一緒に落ちて潰れたか。
水の外では更に小さい魔力生物が飛び交ってこちらを様子を見ているが、大した驚異ではないだろう。
その気になれば一気に消し飛ばせる。
『ん?』
何か違和感を覚えた。
一瞬だけ視界がぼやけるような、見間違いかと思えるような違和感だ。
完璧な勝利のはずだ。
あの己の半身かと思うほど決着のつかなかったエノシガイオスを圧倒した。他の幹部共は手こずっているが、それでも少しずつ戦力を削っていっている。
予定は狂いっぱなしだが、それでも最終目標へと進んでいっている。驚異と言われた勇者もメノウの結界に見事に閉じ込めた。あれは一旦閉じ込められると出られない。それに厄介なことに所有者にプラスになる効能がどんどん働く。
外からの助けも完全に遮断。
あとはサラドラが戻ったら生け贄を一ヶ所に集めて、発動をさせるだけ。
体の痺れもだいぶ取れた。
さて、エノシガイオスのトリアイナを回収して一つにするか。
そう思い、再びエノシガイオスの方に目を向けて、姿が無くなっているのに気がついた。
泡になったのか?いや、それとはまた違う。違和感、違和感、違和感だ。
そうだ。
エノシガイオスが消えたのに、エノシガイオスの気配がまだ残っているのだ。
「ーー!!!」
脳裏にエノシガイオスの幻影が見えた。
ゾワリとした感触が掛け上がり、反射で振り替える。
そこには、エノシガイオスと共に“潰れた筈の人間”が、サイズが縮んだトリアイナを構え、放ってきていた。
防御をと思った、だが、たかが人間の攻撃と侮りもあった。
それが間違いだったと後悔したのはそのすぐ後だった。
人魚は死ぬと泡になる。
詳しく言うならば、水と魔力とに分かれる。
本来残るであろう骨は長年の努力によって残らなくなった。それは、自分の力を残らず次の者へと残すためにそう変異した。
人魚は長寿だ。
だが、子孫を残す能力は乏しい。
種族のなかには性別を無くすものも居たが、まだまだそういうのは稀であった。
それはこの地に居着いてからはよりいっそう深刻になった。
故に、縄張り内で唯一、こちらと近付こうとした者の子孫を使い、契約を交わし、縁を深めていった。
産まれたときに水に浸けた瞬間、エノシガイオスは受け入れられると判断した者に印を付けた。人魚にしか分からぬ印をだ。
その印を付けられたものは人間でありながらも人間として終わることが出来ない運命を定められた者だ。
21の年齢になれば海の底へと連れていかれ、陸へと戻ることは出来ない。だからこそ、10になるまでに様々な陸の知識を教え込まれ、そこからは最後の陸の人生を謳歌するために自由の身となる。
ルキオで平和に暮らすもよし、城にいてさんざん遊ぶのもよし、だが、アウソはより多くの世界を見ることを選んだ。
ただ旅をするのではない。
自分の足で進み、獲物を仕留め、自分を守るために、人を守るために戦い、食べて、飲んで、笑って、怒って。
アケーシャだからと哀れみを持った目で見ないカリアを選んだ。実の姉のように容赦なく叱り、守ってくれたキリコを選んだ。
そしてライハと出会い、ネコと出会い、更にたくさんの人間と関わりをもって、守りたいと、強くなりたいと足掻いた。
「正直、渡り合えるだけの力は得られると思うが、そのあとどうなるかはわからん。何せ初めてのことだしな」
『だが、そうしなければいけない。私も初めてだが、こいつは今まで居た者でも特に繋がりが強かった。いけるだろう…』
一緒に落ちて来た銛を握り締める。呼吸が荒い。
「準備はいいか?」
ザラキが確認する。
「頼むさ」
声が震え掛けた。
怖くないわけがなかったが、そうしなければいけないのは十分理解していた。
そんなアウソの心を見透かしてか、エノシガイオスが微笑み掛ける。
『大丈夫だ、アウソ。腕が鈍った私よりも、お前なら、力を上手く使えるさ』
ザラキが銛を掴み、共に狙いを定める。
エノシガイオスの額に埋まる宝石のようなもの。これをこれからアウソの銛、ガエ・アイフェで破壊する。
自らの手で、これから仕える筈だった王を殺す。
縁を結んだ体や心が拒絶をしているが、やらなくてはならない。嫌だ嫌だと叫ぶだけだった時期は既に過ぎている。
アウソは一旦息を止めた。
荒立つ心を落ち着かせた。凪いだ心に訪ね掛ける。
今すべき事はなんだ?
「王、今までありがとうございました」
切っ先が石を砕いた。
途端に流れ込む力の濁流に喘いだ。呼吸が出来なくなるほどの痛みと、脳の処理が追い付かずに意識が飛びそうになる。次々に現れる走馬灯に似た景色が一瞬のうちに流れ去り、目の前でエノシガイオスが虹色の泡となって弾けとんだ。
あとを頼む。
エノシガイオスの口が最後にそう紡いだ。
「大丈夫か?アウソ」
ザラキの声に我に返った。
エノシガイオスの姿は消滅し、縁も感じられない。だが、体に満ちる感覚に目頭が熱くなった。
体が恐ろしいほど軽い。
体の形は人間だが、それがひどく異質なものだと感じている。だが、これなら、クスラを仕留められる。
手に持ったままの
ガエ・アイフェに衝撃が来たが、今のアウソには軽く揺れたと感じるものでしかない。
先端が三つに分かれている。
クスラに取り込まれずに済んだ力が流れてくる。
上を向き、狙いを定める。
「ザラキさん、行ってきます!」
脚に力を込め、一気にとんだ。
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