第434話 悪夢.8

そのご老人はユエと名乗った。スキャバードという組織を纏める長で、残り少ない本当の魔法使いなのだという。

魔術師と魔法使いの違いなんぞ分かるわけもないが、スキャバードという組織の名前は前にライハが話した事に出てきたので、ああこの人が、と、すぐさまラヴィーノは納得した。


「ラヴィーノ副隊長…」


だが、それを知らない部下は警戒をしている。


「大丈夫だ。ライハはこの人達と縁がある」


そう言って下がらせると、護衛の一人が膝を着く。


「代わろう」


「お願いします」


心臓マッサージを交代する。


「君は自分の魔力を回復させておいた方がいい。顔が真っ青だ」


言われてラヴィーノは手が細かく震えているのに気が付いた。頭も酷く痛い。魔力欠乏状態だ。部下に魔力補給薬を貰い飲み干す。なんとか手の震えが止まった。


「どれ。モントルド、黒い剣を探してきなさい」


「黒い剣ですか?」


「どっかに突き刺さってるはずだ。テッドの体力が持つまでに探しておいで」


「わかりました!!」


勢いよく駆けていくモントルド。その足の早いこと早いこと。


「さて、様子を診てみよう」


ユエがライハに手を翳す。ふわりと甘い花の香りが漂ってきて、ライハの体からキラキラと煌めく靄が立ち上っていった。手を横に振り、靄が霧散する。


「一応これで回復を阻害する魔法と、魔力を受け付けなくする魔法は取り払った。これで魔力を流し込めば問題なく入っていくはずだ。全く、人を治す魔法を殺しに使うなんて、許されないことだ」


ユエが靄を取り払った瞬間、ライハが軽く咳をして呼吸をはじめた。心音もまだ弱いが安定を始めた。


その事だけで、ラヴィーノは喜びで泣きそうになった。まだ恩を返し切れていない。危うく後悔をするところだった。何故あの時指示に従い一人で行かせたのか、と。


「後は、この子の魔力だね。フリーダンに魔宝石でストックを作ってたと言っていたが、何処に嵌めていたか分かるかい?」


「確か、腕とネックレスをしてたと思うんですが、多分それです」


割れた盾を退けると、腕につけていた腕輪は割れていないが、魔力が全て無くなり、灰色に変色していた。ネックレスの方はなんとか無事で、魔力が満タン状態で残されていた。


「ああ、なんとか体の中の魔力がほんのちょっと、息を吹き返すだけの量が残されていたのはこれのお陰だね。腕輪が身代わりになってくれていた。ピアスの子も動けないがなんとか無事だ。これを使って治癒をしよう」


ユエがネックレスに触れ、次いで体に触れると、ネックレスがボヤけて光輝き、中の光がスルスルとライハの体の中に流れ込んでいく。


その光景をラヴィーノ達は黙って見ていた。

魔法は覚えた。魔方陣も今ではそこらにいる魔術師達よりもはるかに多く、早く作り上げることができる。それなのに自らの隊長を助ける術が無かったことを深く悔やんだ。

ルツァを倒す術もある。神聖魔法も扱える。それでもまだ足りない。


ラヴィーノは強く拳を握り締めた。


まだ足りないものだらけだ。


「ユエ婆様!!!見付けました!!!」


よく響く声が遥か遠くから飛んできた。その方向に目をやれば、モントルドがライハの黒剣を持って走ってきていた。


「良かった。アッチも無事だったね。テッド、頼めるかい?」


「ええ、大丈夫です」


モントルドが持ってきた黒剣をユエが受けとる。


「こっちも中々の量だ。これまで入れれば回復力が戻るだろう。さてと、そこの桃色の髪の子」


「ラヴィーノです」


「そう、ラヴィーノくん。貴方の隊長にこれから無理矢理魔力を入れるけど、ネックレスの比ではない量だから、魔力を入れる時に少し恐ろしい光景になるかもだけど、そこの子達を押さえておけるかい?」


どんなことになろうと、ライハに魔力が戻るならば。そう思い頷く。すぐに待機指示を出す。どんな光景でも動じずに、後で来た仲間も押さえること。

これが守れなければライハに魔力が戻らない。


「じゃあはじめるよ」


「俺は?」


「モントルドはそこで待機」


モントルドの役目は終わったらしく、シュンとした顔で待機した。


テッドが黒剣を握り、切っ先をライハに向けた。

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