第433話 悪夢.6

草原の向こう側に巨大な竜巻がいくつもの発生していた。

それは複雑に絡み付き大きく大きく膨張していく。


「…………ラ、ラビ副隊長、ラビ副隊長ー!」


「なんだ今忙しい!!手短に言え!!なんだ!?」


遊撃隊一魔方陣の描く速度も精度も高いラヴィーノが、前線に立ち、隊員の結界の張りの甘いところや解れているところ、間に合ってない箇所を高速で手直ししている。見るからに忙しいであろうラヴィーノにフィランダーが声を掛けたのは、フィランダーの見ている方向の竜巻がみるみる内に大きくなり、もはや竜巻なのか壁なのか分からないものになっていたからだ。


人間、恐怖には色々あるが、その中でも自然の猛威に対しての恐怖は本能的な死の恐怖だ。その恐怖があの竜巻からビンビンと感じる。


「あの、竜巻に対しての結界は、どうすればいいですか!?」


「あ?竜巻?──!!!?」


ラヴィーノが竜巻に気が付き一瞬固まった。

竜巻と共に発生した雷が一方向へと向かい、その雷が意思を持っていることがうかがえる。


そうしたことからとある事が推測できる。

あの人間離れした魔法を越えた技を扱いきれるかはともかくも繰り出すことができるのは、フィランダーが知っている限りでは隊長しかいない。


「あの馬鹿野郎!!!!!後先考えずに発生させやがったなぁあああああ!!!!!」


ラヴィーノの叫びに周りの隊員が肩を跳ねさせた。


ラヴィーノは見た目優男だ。実際女の人に対しては物凄く優しいし、ネコさんにも、部下にも丁寧に色々と教えてくれる。だが、訓練や隊長に対して物凄く鬼になるのだ。実際に隊長が副隊長に怒られてるのをよく見ている。最早どちらが上の立場か分からないほどだ。

現に今もラヴィーノの頭に角の幻影がフィランダーには見えていた。


しかし、ラヴィーノが激怒するのも理解できる。何故なら未だに竜巻は成長し、雲の壁が雷で発光しながら押し寄せてきているから。


「ラヴィーノ副隊長!!投石が止まりました!!」


ガスが叫ぶように言う。

投石が止まっていた。岩を放っていた相手が竜巻に気付き、こちらに攻撃をしている暇はないと悟ったらしい。


「くっそ!あいつやってることがプラスマイナスゼロだ!!!総員!!竜巻に備えて、結界と一緒に風の魔方陣札を発動させろ!!!直に受けるなよ!!風を使って竜巻の力を受け流せ!!!」


野に放たれた火を防ぐために火を使うように、竜巻の圧倒的な破壊力はあらかじめ風の流れを作っておくことによって少しばかりだが、防ぐことができる。


相手はライハの呼び掛けで風の精霊フーシアによって作り出された意思のある竜巻だ。


精霊の声を聞くことも見ることも出来ないが、融通を利かせてくれることを祈るしかない。


「竜巻ぶつかります!!!」


「衝撃に備えろ!!!」


バァンと衝撃波が結界にぶつかり一気に半分持っていかれた。ハッキリ言って岩よりも破壊力が大きい。これは後でライハに文句をいってやらねばとラヴィーノが思っているとき、フィランダーはラヴィーノの言う通りに風の道をあらかじめ作っていたことによって、竜巻の余波が軽減されているのに感動していた。


建物と竜巻の間に細かい渦が生まれているが、その渦で竜巻の建物に対しての威力が大きく削がれ、魔物と戦っているマルコフ隊長達所には被害が殆ど行っていない。


「ここは俺達第四班が請け負う!!残りのメンバーはマルコフ隊長の補佐に向かえ!!!」


「「「了解しました!!!」」」


こんな状態で岩が飛んできたとしてもここまで届くことはないと考え、ラヴィーノが指示を飛ばした。マルコフ隊長の部隊が押され始めていた。竜巻を押さえても魔物を押さえきれなければ意味がない。

ラヴィーノの指示に従い、フィランダー率いる第二班、ピノ率いる第三班が武器を切り替え魔物の群れへと突撃していった。







しばらくした頃だろうか?


ラヴィーノが竜巻の流れにブレを感じた瞬間、竜巻が突然消滅した。

自然消滅した訳ではない。突然竜巻だけが切り取られたかのように消えた。その為、風によって舞い上がられていた瓦礫が浮力を失い落下していく。その先にラヴィーノは黒い壁を見た。


地面に垂直に聳える壁は日の光を反射して、まるでオニキスでできた壁のようだ。


幅はそこまでない。だから壁というよりも板に近いのだが、そんなにも薄いのに地面に突き立ってびくともしない様は壁と形容しても間違いではない。


そのすぐ側で落下していくものを見付けた。


普通なら見えるはずもない距離だったが、ラヴィーノは間違いなくアレをライハなのだと認識した。ネコがいるにも関わらず体制を立て直せずに落下していくライハ。そのすぐ上に黒い染みが浮かび上がる。


「!!」


竜巻によってかき混ぜられた雲が散ってはいるが、青々とした空に突然浮かび上がった黒い染みは一瞬のうちに広がり、滝の様にライハへと襲い掛かった。


気が付いたときには巨大な壁が二つ聳え立っていた。


しばしの静寂の後、壁が薄く空に滲むようにして消えた。


背後で上がった歓声はラヴィーノの耳に入らない。

嫌な予感がする。


「ラヴィーノ副隊長?」


「駿馬を連れてこい。早く!!」


「は、はい!!!」


連れてこられた駿馬に跨がり、ラヴィーノは急いで壁の聳え立っていた所へと駿馬を走らせた。

風に抉り取られてできた大きな窪地に、一線の亀裂が二つ走っている。


その内の一つの亀裂の真ん中で横たわっているものを見付けた。


「ライハ!!!」


仰向けになって目をつぶるライハの胴の部分の服は一直線に消え、残された服はどこもかしこも赤く染まっていた。特に脇腹の出血は、普通ならばもう止まっている筈なのにドクドクと未だに血が流れ続けていた。


ラヴィーノの喉の奥が痙攣しそうになる。

それを大丈夫だと言い聞かせながら頭を働かせる。


ネコの姿がない。


先程の攻撃は魔法だ。暴食の主は発動しなかったのか!?


「ライハ!!ライハ!!」


駆け寄り呼吸を確かめている最中にラヴィーノは、割れた盾と千切れた暴食の主を見付けた。どちらも激しく損傷している。まさか競り負けたのか?


手に持ったライハの腕が冷えている。

呼吸がない。心音も止まりかけていた。

血の気が下がった。


……ライハが死ぬ?


そう思った瞬間、ラヴィーノの中に激しい怒りが込み上がる。


逝かせて堪るか!!!


「くそっ!!こんなところでくたばるんじゃねぇ!!!」


急いで心肺蘇生を施す。


「ラヴィーノ副隊長!!隊長は!?」


「医療パック出せ!!早く!!!」


魔力が殆ど無くなってる。

心臓マッサージを施しながら魔力を送り流す。だがライハの魔力は常人よりも多い。いくら送り込んでも体に巡っていかない。くそ!!俺も魔力がもうない!!


「魔力補給薬を俺に寄越せ!!全部直接体内に送り込む!!!」


部下が医療パックから魔力補給薬を取り出し差し出す。それを一気飲みして、体に魔力が行き渡るのを確認次第心臓マッサージを施しながら掌から体内に送り込んだ。意識がなければ薬を飲み込めない。かといってライハには神聖魔法は逆効果だ。ならば魔力を大量に送り込んで無理矢理治癒させるしかない。


だけどいくら送り込んでもザルに水を流しているように抜けていく。


「くそ!!くそぅ!!!」


出血も止まらない。

隊員が何とか出血を止めようと傷口をガーゼで押さえているが、焼け石に水だ。


目元に熱が籠る。泣くな!!まだ死んでいない!!!死なせない!!!


「私に任せて貰えんかな?」


「!!」


ラヴィーノの視界の端に誰かの靴が映る。

視線を上げると、ご老人が二人の護衛を携えてこちらを微笑みながら見下ろしていた。瞳は白く、見えているのかも分からないが、その視線は確実にこちらを見ていた。


「絶対に我らの剣を死なせはしない。剣を守るのも、我々スキャバードの役目でもあるのだから」

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