第428話 悪夢.1

人間側が張ったマゾンデと、エネメラントとゾーロスの国境沿いの防衛ラインが壊滅したと報告を受けたのはつい先日の事。ノーブルの亀裂塞ぎ巡りをしていた遊撃隊に指令が飛んできたのはそれとほぼ同時だった。


「ホールデンに動きあり、か」


報告によると、変異体が多く集まってきており緊張状態が高まっているので、足の早い遊撃隊に様子見と、万が一の時の盾になってくれと言う。

盾というか、時間稼ぎかな。他の隊が来るまでの。


そうそう、ノーブルにようやく真っ向から戦えるだけの戦力が揃ってきたんだよ。


もし、ノーブルに侵攻してくるそぶりがあれば、一気に開戦だ。


(そういえば、開戦は初めて体験するかも。リオンスシャーレのは途中参加だったし)


と言うことで、急遽行き先を変更し、国境沿いへと向かった。ここまで来ると緊張感がヒシヒシと。一般人の姿はない。当たり前だよな、いつ戦場になるのか分からないのだから。


「ライハ、もしかしてあれじゃないか?」


「ん?」


ラビが指す方に頑丈そうな建物が見えてきた。あれはキャンプだ。ルキオやリオンスシャーレ、マゾンデの激戦を参考にして、ちょっとやそっとじゃ壊れないようにノーブルの研究班が開発した特殊コンクリートを作っていた。

本当はドーヴォのセート石が一番だが、ドーヴォはいつ激戦地になるかわかったもんじゃないので、リオンスシャーレのセート石の次に硬いコーゴー石を使って、更に煌和の結界術をフル活用している。


なんか知らんけど、煌和国から技術者をめちゃくちゃ派遣してきているらしい。ありがたい。武器も、煌和刀を湯水のようにばら蒔いている。

鍛冶屋の人が倒れないか心配。


「多分あれだ。すぐに着けて良かった」


すぐさま施設の説明と状況の確認だけ済ませると、ホールデンの様子を見に行った。


パッと見る限り、頭がトンカチに似た牛、バルージェと、シマシマのライオン、ライガローがメイン。初っぱなから突撃する気満々じゃないか。

みんなこっち見てグルグル言ってるが、綱で固定されている。開戦と同時に野に放つんだろうな、あれ。


その真っ正面で堂々と細工をしている人間側。


挑発も込めてだけど。一心不乱に穴掘ったり魔方陣仕掛けたり。あれだよ、多分じゃんけんで「おれチョキ出すからな!!」ってあらかじめ言っておくみたいなやつだ。

案の定、雑兵の何人かがこっちを警戒して見詰めているが、そんなすぐに何の魔方陣が見破れないようにフェイク入れたり、新しいタイプの魔方陣にしてたりしてる。


ちなみにここは平原で、ここら辺以外にもノーブルに入る手段はあるけれど、もちろんここ以外にも罠を仕掛けている。

でもそれはコソコソとだ。ここは陽動としてわざわざ目の前で設置している。


それにしても罠を設置している人、誰かが設置班とか仕掛人とか言ってたが、まぁ煽る煽る。顔だけでもむかつく顔を向けながら設置しているから、雑兵がイライラを圧し殺したような表情を見せている。

何だろうか、雑兵も煽られるのはやはりムカつくんだな。


「隊長!盾車も到着しました!」


「わかった。他の武器も届いたら点検しておいて」


「了解しました!」


隊員が階段を下がっていく。

頼んでおいた武器や防具が届いてくる。オレ達の訓練で性能駄々上がりしたやつだ。相手がまだどんな武器を隠し持っているか分からないからな、戦車とか出してきた最低最悪な想定もして頑張って訓練した。

なので、そう易々と突破はさせない自信はある。


『あのバルージェ、焼いたら美味いかなぁ?』


「変異体じゃなかったらなぁ」


『あー、確かに変異体だとなんでか食べる気失せるよね』


「喰うなよ」


『「食わないよ」』


ラビが真剣に返してきた。恐らく本当に食べるかもと思われたのだろうか。オレ達だって何でもかんでも食べようとはしてないだろ。少なくとも選ぶわ。


そこに、思いがけない人物がやって来た。

つるりと見事な頭。普通にしてても睨まれているみたいな顔がオレを見て、僅かに目を見開いた。


「…………、久しぶりだな」


「マルコフさん久しぶりです」


リオンスシャーレ最後の戦いでトビアスと共に突撃部隊にいたマルコフ隊長。作戦会議の時以外あまり話したことはないけど、それでも知っている顔がいるとホッとする。

つるりとした頭に太陽の光が反射して眩しい。あまりの眩しさに思わず目をそらしそうになる。顔が怖いからではないからな、眩しいからだ。


「…………」


「…………、えっとー」


あまり話したことはないのはこの人があまり喋らないからだ。話したと思えば基本的に業務連絡。寡黙っていうのかな、これ。


「トビアスは残念だった」


「!、はい」


「あまり話した記憶はないが、真面目な奴だった」


マルコフが結構話した事に驚いた。業務連絡以外でこんなに話したの初めてじゃないか?


「俺は仲間の仇を必ず取るつもりだから、お前はトビアスみたいに勝手に死ぬなよ。仇を取る数が増える」


「?、はい」


「では…」


それだけ言ってマルコフは行ってしまった。最後のよくわかんなかったな。


『あのツルピカなんて?』


ネコもよくわかんなくて質問してきたが、オレもよくわかんない。けど。


「オレのやること(仇を取る)増えるから勝手に死ぬな?って感じかな?多分」


『普通に言えばいいのに』


確かに。


「……普通に言うのが恥ずかしかったんじゃないか?」


「なるほど」


納得した。









じわじわと向こうの数が増えてきている気がする。

こっちの戦力も此処に続々と移動してきているが、間に合うかな?


エドワードに敵の様子を報告書に纏めている最中、ホールデンの方向からとんでもない魔力の塊が近付いてくるのに気が付いた。


『ライハなんか来るよ!!』


隊員達に遊ばれていたネコが慌てて部屋にやって来た。


「分かってる!!!」


着替える前で良かった!

盾と剣をひっ掴み外に飛び出ると、魔力を見る目が反応して、不可視の攻撃が来ることを感知、盾を掲げた。


ーードォオン!!


暴食の主の能力をコピーしているはずの盾がビリビリ震える。攻撃を消しきれなかったのか。












「よぉ、待ってたぜ」












「!」


聞き覚えのある声。

オレはゆっくりとその声が降ってきた方向を見上げた。


『シャアァァァァ……』


ネコが牙を剥き出し怒りの声を上げる。


癖毛は少し伸びたか、だが、オレをバカにしたような目は変わらず、むしろ更に凶悪になった気がする。マントを風にたなびかせて宙に浮いているソイツは、オレを見て「ハッ!」と鼻で笑った。


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