第427話 前線予想地へと.9

「こちら第五守備隊のノロ!!!応答願う!!応答願う!!」


「 ──ザ、ザザ。こちら後方の第七守備隊。どうした?ー 」


辛うじて通じた、泣きそうになりなからノロは叫ぶようにして報告した。

背後からは黒い山が迫ってきており、一刻の猶予もない。ルキオを踏み潰した大ムカデが次々に仲間を葬っていった。現にノロも、つい先程ノロを除いて全員やられたばかりである。


左手はなく、まだ無事な右手で通信機を持ち、死に物狂いで脚を動かしているだけだ。


「第五守備隊全滅!!全滅!!第六・第十二・第十四も同じく全滅!!防衛ラインは突破された!!大ムカデが二匹、マゾンデからゾーロスへと進行中。魔法が効かない!!」


ならばせめて情報だけでも伝えなければ。


「戦闘中、指揮を執っている悪魔を確認した!!鷲の上半身に獅子の下半身を持つグリフォンと、燃える──」


ふいに頭上が明るくなり、ノロは上を見た。

そこには視界一杯の火の玉が迫っていた。


「──あ…」


ドン。その音だけを最後に通信が途絶えた。















空気穴から音が漏れている。か細い笛の音がヒュウヒュウと啜り泣くように木霊する。薄暗いこの牢にはピッタリだ。その音に合わせて鼻唄をしていると、誰かの足音が聞こえた。


吐きそうな程粗末な食事を持ってくる番人の足音ではない。

二つの足音が少しずつ近付いて来ていた。


廊下の向こうから灯りがやって来て目の前で止まった。


「おやおや、誰かと思えば。こんな所へようこそ、お二方」


灯りに照されたのは二人の女性だった。


「エデン卿、こんなところにいたんだね」

「探すの苦労したんですよ」


全く同じ声だが、一人で話している訳ではない。彼女らは双子だった。髪の色が違わなければ見分けがつかないほどにそっくりな顔がこちらを見詰めていた。


エデン卿と呼ばれた男がクツクツ笑う。

かつては国一番の美男と言われた男の顔は薄汚れ、無精髭に包まれている。粗末な衣を身に纏い、足には枷が付けられていた。


「卿ねぇ、もうそんなんじゃないでしょ?素直に裏切り者と呼べば如何です?」


笑みを浮かべつつエデンは言う。

裏切り者。その言葉が一番似合う言葉だ。現に彼は国を裏切ったのだ。それでもまだ処刑されてないのは体の使い道があるからなのだろう。


「じゃあエデン。私たちの質問に答えてください。返答次第では貴方をここから逃がしてあげることができます」


ウコヨが質問を始める。


「……ふぅん?なに?」


「ライハの件について」


エデンは少し眉を潜めた。それか。


「あの忌み子のことですか。何ですか?」


懐かしい。あの失敗でエデンは立場を追われたのだ。まさかあんなにも大事になるなんて流石に想定外だった。


「あの時、シンゴを使ってライハを逃がそうとしたでしょ。殺そうと思えばマトリ箱を使わずにそのまま切り殺す事も出来たのに。何でわざわざマトリ箱を使ったの?」


マトリ箱。ライハに使ったあれは特殊な奴だった。

代々うちの一族に伝わる箱で、中に恐ろしいものが封じられているのは知っていた。だが、体はなく、魂だけのもので、他のものを閉じ込めるとソレを喰って強くなっていっていた。

エデンには特殊な力があって、封じられたモノの正体が分かるものだった。


こんな箱が常に側にあったから開花したものなのか分からないが、箱を譲り受けたときにすぐさまエデンは思った。

このままではいずれは封印を解いてしまうかもしれないと。


人魔大戦に封じた亀裂が再び裂けたように、封印もそのうち解かれてしまう。ならばまだ弱いうちに封印を解いて支配できるようにしてしまおうと。だが、それには強力な器が必要だった。

強力な、それでいて混ざりやすく、操りやすい。


普通に生きていればそんな器を手に入れることなど不可能に近い。


なので、シクス・ガディエンの立場を手に入れれば楽に手に入るだろうと思い上り詰めた。だが、この国の中枢に近付き権力を手にしてとある事に気が付いた。

この国は正常でないことに。何故あんなものが人の顔して彷徨いている?何故城の奥にあんなものがいるのだ?


この城には一人の王子がいる。だが、王子は大変体が弱く姿を見せたことがない。


変だな、と思った。

一旦思ってしまえば変なことだらけなことに気が付いた。


何故ウロはあんなにも容易く、異世界から人間を召還出来るのか?禁術どころではない。そもそもそんなこと、人で出来る事ではないのだ。

何故この国は禁術が盛んなのか?


しかもメインは死体を動かすというものだ。


何故だ?


シクス・ガディエンの連中も競うように人を贄として神に捧げ、人形にして甦らせ、報告を上げる。エデンの仕事はもっぱら外交と封印術のみだったが、そういえばホールデンの者はあまり国から出ない。一度国から出てみたが体調が悪くなった。だから外交といっても、外から来たものをうちで持て成し情報交換をするのみだった。


何故だ?


疑問が募る。何故ホールデンの者は外に出ない?

何故国を閉じている?何故勇者を作り上げる?何故勇者は長く持たない?

勇者となった者は長くても三年で寿命が来て死ぬ。何故だか分からない。異世界の者は短命なのかと思ったが、一度昔の勇者と話してみたが、異世界の者は短命ではなかった。

何故三年しか持たないのか?

環境が合わないのか?


何故だ?


それなのに何故召還を続けるのか?勇者の遺体を保管している場所は一体何のためにあるのだ?


天井にまでびっしりと引き出しがある。その中には歴代の勇者の体が保存されている。一度だけ見たことがあるが、あれは異様な光景だった。


そんな疑問が積もり積もっている所に、ライハという勇者が現れた。アレは今までの勇者とは違う個体で、洗脳が効かず、隷属の首輪も効かない異例の個体だった。初めてだった。無理やり能力も上げられない役立たずの個体。

ほんの少し興味が湧いて見てみて驚いた。


魂が二つのあった。


一つはいつも通りの崩れかけのものだが、もう一つは歪ながらも強固な魂。すぐにわかった。あれは本当の勇者の魂だと。


こいつだ、と思った。混ざりやすく、だが魂二つとも受け入れられる程の器。立場的にも操りやすそう。

そう思ったところで、処刑の話が出た。


タイミングが良かった。これに乗じて箱の魂を移し、殺したと見せ掛けて手に入れる。シンゴを使ったのは実に使いやすかったからだ。


予想外だったのは、その力だったが、ルツァに匹敵する力。今は手懐けるのには無理な力だったが、一度国から追い出す事にして、すぐさま金で捕まえようと思っていた。だが、出来なかった。


シンゴの暴走と沸いてきた魔物のせいで国は大混乱になり、エデンは国を混乱に陥れた元凶として拘束された。

そしてそのままだ。


目の前のウコヨを見詰める。

鼻で笑う。この勘違いしている憐れな女は素敵なストーリーを望んでいる。そんなわけないじゃないか。


「私の為にです。奴はいい実験対象だったのに、残念です」


「………そう」


心底残念そうな顔だ。


「もういいでしょう。早く行ってください、目障りです」


「ダメだったか…、せっかくお師匠止める仲間を見付けたと思ったのに…」


「……は?」


何の話だ?思わず顔を向けると、双子は牢の鍵を開けた。


「?」


何をしているんだこいつらは。


「仲間じゃなくてもいいや。じゃあ、出してあげる交換条件に、ホールデンから逃げてライハに伝えて欲しい事がある」


「おい、私は良いといって──」


「『お師匠を、ウロ様を助けて』って、私たちは此処から出られないから、お願い!」

「お願いします!」


必死に頭を下げる双子の姿はあまりにも滑稽で、良いとも言ってないのに条件を叩き付けてくる双子に腹も立ったが、少し考えて全てどうでもよくなった。取り敢えずこの臭い部屋から出られるのなら、それくらい良いかと少し思った。


「会える保証はないが、まぁ良いだろう。私は伝えるだけだ。あとはなにもしない」


「ありがとう!恩に着るよ!」


「じゃあ、これ枷の鍵、門番は一晩眠らせるから安心して出ていって!」


サコネがエデンに鍵を手渡した。

そしてこの建物の構造と国の今の状況、ライハがいるだろう方向を説明されると、双子は一瞬のうちに消えた。


「さて、さっさとお使いを済ませますか」


枷を外し、外へと向かえば、すべての通路の鍵が開けられていた。門番は死んだように眠り、牢に入れられてる奴も寝ている。


「…………スイか」


そういえばこいつも一緒に果ての塔送りにされたんだったか。せっかくだからこいつも道連れにしてやろうと、門番の懐を探り牢を開けてスイを引っ張り出した。


思ったよりも重くて置いていこうと思ったが、朝になれば恩を着せて従者にしてやれると思えば頑張れた。

それでも腹が減っていては何も出来ないと、勝手に食べ物を漁って食べ、門番の部屋のシャワーを浴び、着替えを借りて金目のものを回収して出ていく。


流石は果ての塔。周りには何もない。


掌に魔力を巡らせると、鈍ってはいるが使えない事はない。


遠くで首都の光が、結界の壁に当たってキラキラと輝いていた。もう戻ることはないだろう。

さて、ライハは何処だろうか?双子は多分西にいるだろうと言っていたが、当てずっぽうじゃないだろうな。会えなかったらそれはそれで仕方がない。ちゃんとした方向を教えなかった奴が悪いのだ。


人気を避け、盗んだ剣を右手、眠りこけたスイの足首を左手で掴みエデンは人気を避けるように森へと入っていった。

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