第387話 隊長!.8

フィランダーは手にある合格通知を見て本気で目を擦った。ギリギリ全てをやり遂げられたが、まさか自分が受かるとはつゆほどにも思わなかった。


「受かった…」


地獄とはこういう所なのかと試験内容の辛さに何度も諦めようとしたが、それでも頑張れたのは、あの隊長の行動だった。


指定された時間内に三つ山を駆け抜ける試験の時だ。なんと危険ランクCの魔物、ラベルダーが現れて襲い掛かってきたのだ。


この山は人が安全に入れると指定されていたのにも関わらず出てきたラベルダーに驚いて逃げようとしたのだが、すぐ後ろを走っていた後輩が地面から盛り上がっていた根っこに足を取られ転倒してしまった。迫るラベルダー。フィランダーは咄嗟に後輩の前に出て腰に差してある筈の剣に手を伸ばし、気がついた。剣を寮に置いてきていた。


フィランダーは絶望した。ああ、歴史に名を残したいからと、新しい隊なら活躍できそうと軽い気持ちで応募したのが間違いだったのだ。


せめて苦しまずに一瞬で終わりたいと本気で願った瞬間、目の前を何かが横切った。


「隊長!?」


黒髪の青年は隊長しかいない。


隊長はフィランダーと三本足の熊型の魔物、ラベルダーの間に割って入り、“素手で”ラベルダーの頭を両腕で掴むと大きく踏み込み、なんとラベルダーを投げ飛ばしたのだ。そして更に体勢を立て直そうとしているラベルダーに駆け寄り、首に手刀を喰らわす。


するとラベルダーは白目を向いて転がり動かなくなった。


その一連の行動をフィランダー達は口を開けて見ているだけだった。


「怪我をした人は!?」


振り返るなりそう言う隊長は息切れ一つしていない。

後ろにいる後輩が足を捻ったと手をあげると、そのすぐ側に桃色の髪の青年が“誰もいなかった場所”から現れ、素早く魔法によって治療を施した。その間僅か三秒。


「治療オーケー!」


桃色の髪の青年が報告すると、隊長は。


「よし!時間はあまり無いぞ、急げ!!」


そう言うと走り出し、次の瞬間爆音と共に消えた。

桃色の髪の青年もだ。


後で知ったことだが、隊長達は試験場であるこの山を駆け回り、出てくる魔物を蹴散らし、全員無事に目的地まで辿り着けるようにしていた。

普通の人間がそんなことできるはずがない。


この事件でようやく、この隊長なら命を任せられると確信し、次の戦闘試験で隊長の使い魔と戦い、なんとか合格点を得た。


「っし!」


フィランダーは合格通知を握り締め、一人静かに喜んだ。





□□□






「……まさかあんなに魔物が出没するとか。完全予想外」


「やっぱり異常だよな」


試験が終わり、疲れてベッドで伸びている二人。部屋が四人部屋なのに、隊長だからとエドワードが気を使って二人だけにしてくれたから心置きなく伸びられる。


「な。エドワードさんに安全な山を手配してもらったのに、ホイホイあっちこっちで出てくるなんて。纏威使ってギリギリだったぞ。なんの修行だ。山を跨ぐもぐら叩きは勘弁してくれ……」


「もぐら叩き?」


「そんな遊びがあるんだよ」


「野蛮だな」


「後でエドワードさんに報告書提出しないと」


最早ラビの誤解を訂正するのも億劫なくらい疲れている。

この試験を始める前に万が一にとネコに飛んで偵察してもらい、ラビがオレの灰馬に乗って治療して回り、オレがネコの報告してきた場所に向かい、出てきた魔物を退治していった。合計9体くらいか。どのくらいのクラスか分からなかったが、安全認定されている山でこんなだ。他の山でも同じようになっている可能性はある。


『疲れたぁー』


「ネコもお疲れ。ありがとな」


『んー……』


ネコはグッタリとフードの中で丸まっていた。最後の戦闘試験で10人対ネコで15分間戦わせ、この試験で強い敵に対しどう動くのかを見極めた。

ネコには出来るだけ殺気を発しながら相手をしてもらった。ギリギリ死なせない感じで。


人間窮地に追い込まれると素が出やすい。


逃げる者。動けなくなる者。戦おうとする者。色々いたが、一番太刀が悪いのが他人を生け贄に差し出す者だ。これはいけない。逃げる奴よりいけない。


そんな感じで、明らかに隊に悪影響を及ぼすと判断した者を間引いていき、結果、20人が決まった。後は落とされた事に納得いかず抗議しに来た人達をリベンジとして違う内容の試験をさせる。


例えば、参考に出した図形を時間内に紙に正確に描き移すとか。言わずもがな、これは支援の為の魔方陣要員の為の試験だ。支援はいて損はない。支援部隊はラビの下に付け、しごきあげてもらう。戦うのが駄目でも、違うことが得意なら、それを生かすべきだ。


「すみません、ライハさんに会いたいという人達が…」


「わかりました」


そろそろ来るだろうと思った。


「じゃあちょっと行ってくる」


いつの間にか寝ていたネコをベッドに下ろし、オレは抗議を聞くために立ち上がった。

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