第369話 フリーダン ~ 混沌を進む ~
あの後、男が目を覚まし色々聞いてみたが、なんというか本人もなんでこんなことをしたのか分かってなかった。ただ、城での仕事を何も考えずに命令通りに行っていた男は、この迷宮に迷い込んで初めて命の危機に晒され、自分の意思で動くことを始めたらしい。
そうすると、何も考えなくても体が動き、たまたま視界に足を捻って動けなくなっているノノハラを魔物が襲い掛かろうとしているのに遭遇し、気が付いたら魔物との間に入っていた、という。
「名前は?」
「ニノサンキュウナナハチ」
「それ名前?」
「コード、ですね。呼びにくかったらナナハチでも結構です」
「ううーん。コード以外の名前とかは」
「そんなのありませんよ。必要がないでしょう」
しれっと言う男性。ナナハチがフリーダンの用意したお茶を啜っている。
ホールデンの魔術師達は謎が多い。禁術にも盛んに手を出し、ホムンクルスを作っているという噂もある。名前がある魔術師が居ないのかと訊ねると、それはコードをもじった人に近い音にして名乗っているだけだという。例えばナナハチだと、ニノミク・ナハとか。
「……普通にナナハチって呼ぶわ」
困惑した表情でノノハラが妥協した。
名前が無いという事が信じられないようだった。
「その方がありがたいです。それにしてもフリーダン様の治癒魔法は凄いですね。まさか半日でここまで塞がるとは思っていませんでした」
抉られた箇所が既に塞がり色が濃い皮膚が盛り上がっているところを撫でている。
フリーダンは笑いながらも心のなかで訂正する。
フリーダンがほどこしたのは魔力の乱れを正して巡回させたのと、自己治癒力を上げただけだ。
何故なら男の傷は診た時点で血が止まっていたからだ。
(体に施された魔方陣は、動かない体を動かす為のもの。これは禁術だ。いや、呪いと言っても良い。人を記憶を対価に動く死体にする、体の半分が残されていれば動くことはできる。血は流れても血は必要とせず、飲み食いしなくとも魔力があれば動ける。ただし、負傷すればその部分を補うために記憶を削るので意思が無くなっていき、やがて指示されなければ何もできないただの人形になる)
もう無くなった術かと思っていたのに、まだ残っていたとは。
本来は、戦争で死んでも戦い続けられるようにと生み出された狂気の魔方陣。平和になって、正気に戻った人達が人として生きて死ぬ権利を奪っているという理由で廃止された。
(それに、この人は、人の形をした“物”だ)
骨も肉も血もあるが、それらすべてに魔法の臭いがする。
(人は時として悪魔よりも悪魔になる)
ナナハチはその証拠品だ。
それが、幸か不幸か意思を手に入れた。
「リューセ山脈は、確かに混沌の地だね。私の魔法が凄いんじゃない。君が生かされたのはリューセの気紛れよ、感謝しなさい」
「ええ、とても感謝しています。大いなる地ホールデンに。力を恵むリューセ山脈に、そして我らが神スティータ様に」
ナナハチは手を組み祈る。
それをフリーダンとノノハラは黙って見ていた。
迷宮を進む。
途中魔物に襲われるもノノハラとコマが倒してくれるので大変な旅ではなかった。ノノハラにホールデンには戻らないのですか?と訊ねたナナハチだったが、ノノハラは、今戻ってもまた繰り返すだけだ。もう少し周りを見て強くなってから帰りたいと言った。
ナナハチは命令があったらしいが、今となってはその命令とやらも怪我のせいで記憶が曖昧で何だったのか分からなくなっていたので、とりあえずノノハラに着いていく事に決めたらしい。
本人いわく。
「ノノハラ様をなんとかかんとかしろって言われたんですけど、重要なところ思い出せないんですよねぇ。多分流れ的に補助してくれって感じだったんじゃないですかね? ノノハラ様ってたまに情緒不安定だしハハハ」
とのこと。
それに対してのノノハラは何も返せずにいたけど。
そこからはなんも問題もなく、目についた亀裂も塞いでいき、ノーブル国へと辿り着いたのだった。
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