第361話 フリーダン ~赤い子と話す子~
一人の女が山を歩いている。
格好は旅人というよりは、魔法使いのフード付の長いマントを羽織っており、荷物はほとんど持っておらず、長い髪をたなびかせながら空を見詰めた。
彼女の名前はフリーダン、前の名前はリベルター。
寿命はなく、その気になれば永遠に生き続けられる事ができる古の魔法使いの一人だ。しかしその正体はこの世界を管理する神の目、観測者。
フリーダンは元は人間だ。師に拾われ、育てられ、世代交代の儀によってこの任についているが、不老長寿の観測者は死ぬこともある。例えば胴を切断されたり、失血もだ。その為、弟子として“遣い”を増やしているのだが。
まだ世界中を満遍なく巡るには足りない。
「嗚呼、魔力が乱れてる」
空を渦巻く魔力と大気。
南の空は特に強い。元々魔力が渦を巻きやすい所ではあるのだが、それを龍達が利用しているから大事にはならないのだけれど。
「……それとは、違うのよねぇ」
遠目の能力を使って見ようとしても遮断される。
これは相手側にも強力な力を持つものがいる証。大体想像はつくけど、安易な考えで行動してはいけない。
一応二組ほど“遣い”に連絡を取って西へ向かうよう伝えたが、それが吉と出るか凶と出るかもわからない。長く生きて力をつけても、予知だけは出来なかった。
「……神様ですらこうなる事態を予測できなかったんだから、元人間が出来ると思ったらダメなんだけどね」
精霊達を引き連れてリューセ山脈を渡る。まだ雪は少なく、冬の王も大人しく、精霊達が守っていれているからなんの心配もなくフリーダンは進む。
フリーダンの引き連れている精霊達は外れた精霊や悪魔だ。本来の体も役目すら無くし、自我すら消えかけていたのを使い魔にすることで仮の体と役目を与えている。自分とは何かを思い出せば離れるも良し、そのままでいるのも良し。
冬は悪魔が目覚める季節で、此の地で生まれた悪魔がこの季節になると離れていくはずだが、今回はベッタリついて離れない。
精霊からソワソワと浮き足立つような感情が流れてくる。
嵐が訪れる前はこれに近い事が起きるが、今回は何故だがそれに焦燥感も含まれる。
よくないことが起きる。
「その前に使える子は味方にしておかないと」
ふわふわと白い精霊がやって来てフリーダンのすぐ側を点滅しながら回る。
「そう、あの洞窟にいるの。間に合って良かった」
白い精霊に着いていくと、洞窟の中に大きな毛の塊と赤い髪の女の子が寄り添って眠っていた。首と手首に擦れた痣が残っており、長い間何かが嵌まっていたことが分かる。
毛の塊が身動ぎして垂れ耳を立て、ゆっくり目を開けた。栗色の瞳がフリーダンを見付ける。クリーム色の大きな犬であった。
「こんにちは、優しい子。私はフリーダン。敵意は無いわ」
拳を鼻先に近付け、犬は臭いを嗅いだ。
『こんにちは、神の子。そちらに敵意が無いのならこちらも敵意はない』
「あら、話すのね」
『よくわからない先祖返りだ。気にしないでくれ。所でなんの用で此処に?』
「赤い子を助けに来たのと、向こうにいる逃げるものと、下にいる迷い子を手助けする為に」
『なるほど。助かった。実はずっと熱が下がらなくて困っていたんだ。話せはするが、身体が犬だから舐めてやることしか出来なかった』
「何いってるの。この子をずっと温めてくれてるじゃない。ほら、診せて」
フリーダンは赤い子の前髪を上げて額を触り、頬に下がり、首を撫でた。そして手首を取って脈を測る。
「うん。此処まで治っていたら一回で済みそうね。
水よ、淀みなく巡り自浄しろ
この子の自己治癒を上げたから、明日には治るわ。そしてあなたにも。
夕焼けの色 優しく 時に悲しく 柔らかい髪を撫でる 愛でるように 慰めるように 君の瞳から溢れる真珠も綺麗だけど やっぱり笑顔が一番だ サラマンドラ 痛いところは何処?
見せてごらん 手をかざして共に唱えよう」
『「野を越え山を越え海の向こうまで、苦痛よ、燕となって飛びされ、傷は不死の鳥の羽で癒して」』
温かい光が満ちて、犬の体毛に隠れたいくつもの傷が治っていった。
『懐かしいおまじないだ。怪我をした人の子が母に言ってやるやつ。これが元だったのか』
「今じゃ形だけで、もっと短い
『ありがたいですが、今のワタシに対価が払えるか…』
「安心して、そんなに大したことじゃないわ。ちょっとだけ手伝いをしてくれればいいから」
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