第318話 同じ穴の狢.2

腹に凄まじい痛みが走っている。原因は明白で、背中側から硬い物で貫かれていた。油断していた訳じゃないけど、久々に気絶しそうなくらい痛い。


しかし悪魔の女性はお構い無しに腹の異物を広げようと動かしてくる。止めてください気絶してしまいます。


「ライハ!!!!」


アレックスが叫び声を上げる。


『声を荒げるんじゃないよ。こいつはこんなんじゃ死なないよ、そうだろ?』


「よくご存じで…」


何で知ってんの。

そしていつまで首を掴んでるの。

胃の辺りをやられているからか、喉の奥から生暖かいものがせり上がってくる。多分血だ。


『あんたこっちで最近有名なんだよ。魔族の癖して人間を守る裏切り者ってね』


「裏切ってませんよ、元々人間ですから」


『まぁ!半分以上こっち側の体しているくせにね。ああ、そこの人間、隙を見て神聖属性の弾丸を撃とうなんて真似もしないことだね、この子も一緒に死んじゃうよ』


「そんな脅しに乗るわけ無いだろ」


ジャスティスの銃口がこっちを向いている。大方アレックスの計画ではオレごと神聖属性の弾丸で撃ち抜いて、オレを回復させつつ悪魔にダメージを負わせようという感じなんだろうが、そんなことしたら直接当たるオレが大ダメージだ。

今は後ろの悪魔よりも目の前のアレックスの銃口が怖い。


そういえばアレックスにオレの呪い言ってなかったっけと記憶を巡らせてみても言った記憶がない。やべえ、多少リスクがあっても言っておくべきだった。


『あれ?もしかして言ってないの?神聖属性が毒になるって』


後ろで悪魔が笑ってる。


「………アレックス、本当にごめん銃下ろして、オレの方が死ぬ」


「………、嘘だろ?」


「マジです…」


「…………」


本当にごめん。

ゆっくり下ろされる銃口を見ながら心のなかで全力で謝った。報連相ってやっぱり大事だよ。もし生き残れたらちゃんと全部説明しよう。


『君も腕に凄い魔力を溜めてるけど何するつもりなのかな?』


「オレごと全力で電撃ぶちかましてやろうかなって。オレは耐性あるし、ある程度なら回復できるけど、貴女はどうか分かんないから」


『君と同じく回復能力が高かったらどうする?』


「それはそんときに考えますよっ!」


溜め込んだ魔力を全て雷に変えた瞬間、お腹に激痛が走り口から血が溢れ出すが、それでも構わずに腕を後ろに向けて放出。耳をつんざく轟音が鳴り響き、異物が抜けたことによって傷の治癒を開始し始めた。膝は力が抜けそうになるし、回復による変な痛みで頭がくらくらする。


「…おっと」


倒れそうになるのを駆けてきたアレックスが支えてくれた。血で汚れるのに、ありがたや。

じゃなかった。


「えーと、その…ごめ」


「さっきの話は後でじっくりと聞かせてもらうぞ」


アレックスが怒っていた。


「………はい」


傷が徐々に治りながら、ようやく立てるようになって悪魔を見ると、着物に似た衣装を纏った美女だった。パッと見花魁かと思ったが、頭からは黒い腕のような角が生え、赤く染まった蜥蜴の尻尾の先が縦に割れて、中の鋭い歯を見せていた。


貫いてたの尻尾だったのか。


オレの放った電撃は避けられたようで、地面と木を数本、悪魔の着物の裾の一部を消し飛ばしていた。


『全く野蛮だね、女にモテないよ』


「悪魔の女性は数に入れてないので大丈夫です」


『まぁ可愛くない』


口元を裾で隠す。その仕草だけ見れば完全に人間なのに。気配は禍々しく血の香りが漂う。


「人間を食ったのはお前か!!」


『なんだい人間、だからどうした?お前も食ってやろうか?ん?』


「!!」


アレックスがジャスティスを構えて撃つ。だが、それよりも先に悪魔の姿がドロリと溶け、少し離れたところに新たな姿が現れた。それは黒い鹿の角を持つ馬の背丈ほどはある狸だった。だが、尾は爬虫類だし、体毛ではなく鱗で、形も狸と蜥蜴が混ざったものだ。


『遅い遅い、そんなんじゃお前、レエーラ・レエーロにも殺られてしまうぞ。というか、人間を食べて何がいけない?目障りだから殺して何がいけない?理由を言ってみろ。私は他の悪魔よりはきちんと人間の話を聞いてやることができるぞ』


なんだこの悪魔。

今までの悪魔と少し違う。


うまく言えないが、変わった悪魔だと思った。


「何がいけないだって?」


怒りを孕んだ声。


「同じ人間を殺され、怒らない方がおかしいだろう!!それに殺す前に悪魔は人間を残忍な方法で殺害するだろう!!!貴様らは人間の敵だ!!!悪だ!!!」


『ほう、なるほどなるほど。それがお前の悪魔を敵視する理由か。だけど私が納得するには物足りない。君たち人間だって獣を食うだろう?それはなんでだい?』


「生きるためだ!!!」


『そうかい、なら私たちも同じ理由だ。生きるためだ。縄張り内にいる獲物を生きるために殺して食べる。何が違う?』


「執拗になぶるのはどういう理由だ!!」


『その方が美味しくなるからさ。人間だって塩をかけたりするだろ?同じだ』


なんだ?この感じ。凄いモヤモヤする。

生きるため?いや、待て、神様からの情報では魔族は別のものも食べているはず、人間が主食って訳ではない。


「人間以外を普段は食べているでしょう?絶対に食べないといけない理由は無い筈」


「ライハ?」


『おや?ようやく口を開いたと思ったら。腹の傷を治すのに一生懸命だったのかい?』


「そうだろ?」


『確かに主食って訳じゃない。そうだね、例えるなら人間の…美酒みたいなものか?最高に美味い肉でもいいよ。それがたまたま人間で、ゆっくり引き裂きながら食べると更に美味しくて、なおかつ力もみなぎるし癖になる。狩るのも楽しいし、一石三鳥って感じだね。あの怯えた目を見ながら食べるのが快感でね、止まんなくなるんだよ』


フヒヒとその時を思い出したのか悪魔がまた人の姿に戻り、体を抱きながら頬を染めて舌なめずりをした。


『そういえば、さっき同族を食べてみたけどたいして美味くなかったね。鳥の翼があったから期待したけど、残念』


今、なんて?


「鳥の翼があったから?」


『黒い小動物よ、下から丸呑みにしたんだけど、腹が全然膨らまなくてね。あ、でもあんたは美味かったよ、さすがは人間が混ざってるだけあるわ』


胸の奥がスーっと冷たくなった。


「ライハ、ネコ、もしかして」


「ああ。あいつの腹裂いて救出すんぞ」


そして体が熱を持ち始めた。

黒剣の束に手を滑らせる。


それに気付いた悪魔がにたりと笑う。


『まぁ、私はその憎しみの目を恐怖に変えながら食べるのが好きだけど。来なさい、二人まとめて美味しく食べて上げるわ』

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