第279話 鞘の人達.2

「てっめえ!!ふざけんなよ!!!よりにもよって英雄が猫とか!!バカにするにもいい加減にしやがれ!!!」


「ーーお黙り…。今目の前の子と話しているんだよ。黙って聞けないなら出ていなさい」


シュンと怒鳴っていた男がユエ婆の言葉に青ざめた瞬間姿が消えた。


「!!」


それを見て周りの人が「あーあ」「また退場食らってるよ、馬鹿だな」と能天気に話している。退場ってことは、本当に消されて訳ではないんだな。試しに粒子モードにすると、そこにやっちまったという姿勢でうずくまる男性が見えた。透明人間化みたいなものか。


それを見て口封じ中のカリアとキリコが憐れみの目を向け、アウソは始めて見たのか吃驚している。


「えーと、何だったか。そうそう、猫が二代目という話しだったね。証拠はあるのかい?」


証拠か。

証拠は無い。いや、あるけど、勇者の印というか紋様は毛に埋まってるし、記憶もない。神と直に接触した話しも証拠は何処だと言われても無いからな。どうするべきか。


「……実は、こいつは記憶が無くなってて、二代目という話しも……信じられないかも知れませんが、神から言われて知った話しなんです」


「ほう、神が」


ユエ婆が怪しげな笑みを見せる。


「姿は見たかい?」


「一応、でもハッキリとは…。なんだか映像がちらついてましたし」


「神が言ったのか、そいつがテレンシオと」


「はい。猫は覚えてないので、否定したら悲しそうな顔をしてましたけど」


『だってネコはネコだし』


ふふふ、と、ユエ婆が笑う。


「なんだかんだで、お気に入りだったからね。この世界の勇者の記録は見せて貰ったかい?」


「はい、一応最近のものを除いてですが…………、って、え?」


なんでそんな事を知ってるんだ?


「そうかい、なら証拠はあるよ。ーー知ってるかい?二代目は庶民の生まれだったから文字は簡単なのしか読めなかったんだよ。それに共通語の普及もまだまだだったし、世界を巡りつつ戦うのはなかなか骨が折れる仕事でね、神は二代目に面白い能力を与えたんだよ」


ザワザワと周りがざわめき立った。

それこそカリアまで。


「それは言語を翻訳する能力。初めて目や耳にする言葉は初め、通訳するまで少し時間が掛かるが、一旦通訳されてしまえば意識的に外さない限りはどんな言語でも通訳される。大昔の消えてしまった言語も全てさ。例えば、これとか」


ユエ婆はペンを取り出すと、自らの腕に文字を書く。それはただのグネグネとしたミミズがのたくったようなものだったが、その文字は『空』と書かれていた。


「これとか」


次はカクカクと曲がった文字だったが、これは『海』。


「あとは、これなんかもきっと読めるだろう?」


四角と三角、そして丸の文字。これは『悪魔の文字』と書かれていた。


「読めたかい?なんて書いてあった?」


「これが、空。これは、海。こっちが悪魔の文字です」


指差すと頷いた。


「だが、これはどうかな?」


次に書かれたのはよく分からない線。

いくら目を凝らしても読めない。


『ライハ、これ適当な線だ』


「なるほど、だから文字は浮かばなかったと」


ニヤリと笑うユエ婆。


「正解だよ。なるほど、これも聞いた通りだね。能力が移行している途中、まだ二代目と協力してやらないと読むのに時間が掛かる感じかねーー」


布でインクを拭き取ると、ユエ婆はお茶を飲む。

それにしても周りの人達の顔が面白いことになっていた。それはカリア達も同様で、三人揃って頭の上に『!?』マークを浮かべていた。


「?」


「この他も、聞きたいことが山ほどあるけれど、まずはこれで君が勇者の可能性が大いにあるってことは証明されただろう。ああ、もう話して良いよ」


耳の臆で泡が弾けたような音が聞こえると、隣から「あー」と聞こえた。


「やっと声出た。辛かったよ」


「じゃないとあんた、この子庇うだろ?」


「まぁね」


先程のピリピリとした雰囲気は消え、柔らかな空気が戻ってきた。


ホッと息を吐くと、肩を叩かれた。


「なに?」


「あんたさっき何語話してたの?」


「え、普通に共通語じゃありませんでした?」


「全然違うわよ!長いこと世界回ってたけど聞いたこともない言葉だったわよ!」


キリコの隣でアウソがうんうんと頷く。

オレ変な言葉話してたかなと頭を捻ってると、ユエ婆が笑いながら助け船を出してきた。


「さっきのはもう無い言葉、初代の時に消えてしまった国で話されていた言葉だよ。あんたのその翻訳する機能は積み重ねが大きくて、初代から二代目へと聞いた言葉を解析して翻訳しているのさ。だけど言葉は常に変化するからね、色んな本を読んだりすれば翻訳出来る言葉も増えるよ。何せ初代も二代目も勉強は好きじゃなかったからね」


懐かしいような眼差しでユエ婆がネコを眺めた。だが、ネコはこそこそと移動し、オレのフードの中へと戻っていった。


「ユエ婆さん。貴女一体……」


「わたしかい?ちょっと物知りな普通の魔女だよ」

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