第278話 鞘の人達.1

イリオナ。

ここを周辺の国はこう呼ぶ。

楽園の国、または、癒しの国、と。


「うわぁ、すごい」


「いつ見ても感動するさ」


イリオナは大きなカルデラがあり、窪んだ所には湖、そしてその真ん中には浮き島があって、王都ヴィーナスがある。その周囲にも小さな湖と、それらを繋ぐ川が多数に枝分かれし、地下熱を利用した温泉街が無数にある。

温泉を使って体を癒す人が多く訪れるので、治療系の医者や薬師、治療や解呪専門の魔法使いも数多く集まっているのだ。


ただ、弱った心を救うという目的で宗教系も多く、様々な教会が視線を走らすだけでも二三個見付かった。


(あっちが神言書教ゴディアス、こっちが白魔法聖教オスペダーマジーア、そっちはなんだ?げっ、人間至高会!?なんだそれ!?)


「今視線向けてるやつな、人間一番主義だから、差別ヤバイから気を付けろよ」


「だいたい胸にススキのペンダント着けてるから、そんなのが居たらできるだけ前から避けなさい。気付かれたら付いてきてチョッカイ出してくるし、仲間を呼んで包囲してくるわ」


「……楽園とは?」


「なーに、関わらなければ天国よ」


駿馬を引きながら隣の区へ行くためのゴンドラへと乗り込む。カリアの所属するスキャバードへはここから二つ先のアンブラ区にある。組織といっても教会のような感じではなく、とある建物を改造したものらしい。


駿馬を引きながら大通りから裏通りへと進み、そこから更に入り組んだ路地裏へ。辺りは薄暗く、景色は何だか良くないものに変わっていく。


そして、通路は突然断たれ、ガラの悪い男二人が壁に寄りかかりタバコをふかしているのを見付けた。長い間タバコを吸っているのか、地面にたくさんの煤が落ちていた。


「おい、此処は行き止まりだぞ」


「大通りに行くなら戻って左の通路だ」


睨み付けるように言う彼らに、カリアは涼しい顔で返答した。


「どこが行き止まりだって?壁は乗り越えるものだろう?」


「?」


カリアが訛りを取った口調で話し始めた。


「成る程な、その考えは嫌いじゃない。それで?得物はなんだ?」


「双剣さ。今回は新しい得物も手に入れたから。なんなら試し切りでもされるかい?」


「そいつは楽しみだ。だが、まずは壁を乗り越えて見せてからだ」


男達が道を開ける。そこには相変わらず煉瓦の壁だが、カリアは構わず進んだ。


「行くよ。臆せば道は閉じる、これは壁であって壁ではない」


何かの呪文のように唱え、カリアが壁に向かって大きく一歩踏み出すと、姿が消えた。だが、オレの目には壁の向こうへ歩くカリアの姿が見えていた。


「じゃあアタシらも行きましょうかね」


アクビでもしそうなほど何でもないように言いながらキリコが続き、アウソ、そしてオレも続いて通っていった。


壁の中はゾロリとした変な感覚で、一瞬四方八方から視線と殺気を感じたが、襲い掛かってくる類いのモノではないので無視して通り過ぎた。すると、目の前が明るくなり、目の前には古い洋館が建っていた。二階建ての、古いが品のある建物。上空は蔦に覆われ、柔らかな日光が隙間から差し込んでいる。


建物の窓からこちらを見る人たちがいる。

警戒よりも好奇心が強い視線だ。


建物の扉が開き、中からお婆さんが出てきた。

腰の曲がったお婆さんはカリアを見てにこりと笑う。


「二年ぶりだね、カリア。弟子が増えたね」


「ユエ婆も変わらず」


「最近、『遣い』の連中が接触してきてね、情報を置いていったよ」


ユエ婆の視線がこちらを向いた。そしてどきりとした。この人の目は白く濁っていて、黒目が消えていた。目が見えていないのか?


「そこの子が、次の本当の勇者だね」


「本当に情報が早いこと」


カリアが苦笑をする。


まさかニックが既に報告してたとはな、仕事が早過ぎるだろ。


「詳しくは中で聞くから。誰か駿馬を預かってくれんね?」


ユエ婆が手を打ち鳴らすと、建物から人が出て、駿馬を連れていった。ただ今回は男だったから咬まれかけてたけど、大丈夫かな?















ようこそスキャバードへ。そう言ってユエ婆はお茶を出してきた。


そして机の向かいに腰掛けると、こちらを見る。その目は鋭く、見透かそうとしているような目だ。


「さて、あんたが勇者といわれ、容姿も特徴もカリアの弟子という情報も当たっていた。しかし、少し気になる点があってね」


何だろうか。

次の言葉を待っていると、チリッとした物が体を一瞬駆け抜けた。なんだ?


「あんたは悪魔ではないのかね?」


ザワリと周りがざわめく。


周りの人には知らされていない情報だったのか。

微かに武器に手を伸ばすような気配も感じる。下手を言えば首飛ぶんじゃないか?


「ああ、今はカリア、仲間にも口封じの魔法を掛けている。口出しは出来ないよ」


「!?」


そんなものいつ掛けたんだ!?


「ほんとはあんたにも自白の魔法を掛けたんだが、弾かれてしまってね。それは遣いにそういう呪いが掛かってるって聞いたから試したんだが、それは間違っていないようだね」


ぞわりとした。何このばーさん怖い!


「あとそこの呪いから生まれた子。貴方も話して良いよ」


視線がフードの中を指す。ネコは怪訝な顔のままのそりと起き上がり、机の上に座るとユエ婆を見る。しかし怖いのか尻尾はオレの腕に巻き付いてるが。


正直に言うしかないか。


「オレは、元人間です。今は呪いの装備やら色々な事があって、悪魔と融合してしまっているので純粋な人間とは違ってきてますが……、悪魔ではありません」


チリチリとまた体を何かが伝う。これも何かの魔法を使われているのか。


しばらくユエ婆はこちらを無言で見詰める。それをオレは黙って見つめ返した。


「……なるほど。で、なんで勇者に?聞くところによると、君も二代目勇者の関係者というじゃないか」


関係者、確かに関係者ではあるが。これは、この婆さんは聞いてるのか?どこまで知っているのか分からないからどこからどう話せば良いか分からない。


「…………、関係者というか」


ちらりとネコを見る。


「こいつがーー」


手を伸ばし、ネコの頭に手を乗せた。


「元二代目勇者のテレンシオ・ローリング・ヴァガバンドです」

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