第269話 刺客

キリコは夜の内に、仕立て屋に素材を持ち込み、仕立て屋のおっさんに白旗を挙げさせたらしい。


「まさか本当に持ってくるとは……」


とおっさんから素敵な言葉を頂いたとどや顔のキリコから聞かされた。

キリコのサイズは事前に測っていたので、出来上がるのは明後日。早くないかと思ったが、魔法も防護してくれる服を作る仕立て屋は道具に特殊な魔法が掛けられた物を使うのが多いらしく、数時間での作業を数分に終らせる事が可能らしい。


「だから値段が高いのよ。でも今回は素材をアタシが持ってきたから、半額でしょ?って言ったら頭を抱えてたわ」


口から出た言葉は戻らないって言うしね。

こっちはパーティーランクが上がったし、魔物討伐出来たし稼げたし、良いことづくしだった。


今は宿屋で楽しい飲み会を開いている。


「明日はどうする?暇だけど」


「俺は宝玉の訓練してくるさ。なんかあと少しで操れそうな気配がするんだよ」


「また魔力欠乏で倒れないようにな」


「へへへへ」


アウソ、実はもう三度ほど魔力欠乏で倒れていたのだった。


「アタシはもう少し動きやすい服を見てくる。エルトゥフの服も可愛いけれど、何て言うか少し動きにくい」


と、キリコは今着ている服を引っ張る。


「そもそも戦うための服じゃないからね、それ」


それにカリアが冷静にツッコミ。


「まぁ、コッチもそろそろ服を買わないとと思ってたから、一緒に行くよ」


「ライハはどうするば?」


「うーん、特にないんだよな…」


買うものも特にないし、かといって1日宿の中って言うのも退屈だ。


「散歩かな」


それくらいしかない。


『じゃあネコも』


「食べ歩きでもしていよう」


そのうち何か面白いのがあればそこに行こう。









翌朝、予定通り宛もなくぶらぶらしていると、視界の端に一瞬何かが映った。

見た感じ、また例のあれだと思われる。


「ネコ~どんな感じ?」


『……、二人』


「二人か」


最近来なくなったのに、しばらくこの街に留まっていたので追い付かれたみたいだ。

何にって?刺客にだよ。


ーー パアンッッ!!


後方から乾いた音が鳴り響き、飛び退いた地面に矢が突き刺さる。鏃の近くには小さな札が巻き付けられていた。


「!」


ヤバイ、なんか広範囲攻撃が来る。


慌てて更に飛び退くと、矢から風の刃が渦状に飛び出し地面を深く抉った。


刺客ってこういう攻撃が多いのだが、なにかマニュアルでもあるのだろうか。


「っと!」


そう思いながら既に発動させていた雷の矢を屋根の影にいる人影に射つ。しかし。


「ーー黒壁よ、襲い来る物を遮ろ!《 障害物アブスタコゥ 》!」


「詠唱!?」


弓使いの人に真っ直ぐ飛んだ雷の矢が、届く前に突如出現した、表面に光沢のある黒い壁によって防がれた。その代わり、その黒い壁もバキンと一面にヒビが生じ、崩壊したけど。


ザラキから教えられた使い捨ての結界だ。一枚一枚はそれほど強度は無いが、消費魔力も少く、詠唱も短いので、少ししか結界が使えない魔術師が良く使う物だ。形式は多分リオンスシャーレ方面の物。だが、これは上位の魔術師でも柔道の足掛けみたいな感じでも使うので、油断はできない。


まさか携帯用簡易式魔方陣ではなく、ちゃんとした魔術師が出てくるとはな。

何処にいるんだ?


『弓使いの左隣の建物の影にいる』


ネコがナイスなタイミングで返答。


どのくらいの使い手なのかも分からないし、そもそもちゃんとした魔術師との対戦は初めてだから気を付けないといけない。それにしても。


「……めんどくせーなー……」


さっきの一発で終われば良かったが、相手の力量が分からない以上、このまま馬鹿正直に戦うのは良くない事だと分かっている。カリアにも言われたし。でもこのまま逃がしてくれるわけは無い。


どうにかならないかと掌一杯に雷を溜めながら空を見る。


「!」


すると、雲の中に見覚えのある物を見つけた。しかもその雲は頭上を通り掛かっている最中。丁度良い、ちょっと試してみるか。


その雲に向かって雷の矢を一発放つ。


「?」


次の矢をつがえている弓使いが何をしているんだと一瞬動きを止めた。


ははは、馬鹿め。それが貴様の運の尽きだ。


『何してるん?』


「説明は後、ネコは耳と目を塞いでおいてて」


『?』


良く分からないが、ネコは言われた通りにするのを確認すると、オレは刺客に笑みをつくって空を見上げた。


釣られて刺客も空を見上げると、ようやく何が起こったのか分かるだろう。


先程までは普通の雲だったものが、みるみる内にどす黒い雷雲へと変化しているのを。実は先程見付けたのは水精スーイ雷精ラーディア。この二つが協力すると、雷雲を作り上げるとクユーシーから聞いた。今回、オレはその雲の中に雷の矢に『面白いことしよう』と念じて射ったので、それに気付いた精霊が早速雷雲を作り上げていたのだ。


「さあ、逃げられるかな?」


雷の矢をつがえ、弓使いへと向ける。

電気は電気を呼ぶ。こんな精霊が生み出した雷雲の近くで電撃の魔法を使えば、雲から雷が電撃の魔法に合わさり、強力なものになる。

きっと黒の壁では防げないだろう。


「ーー拒絶、四方に戸を立て目も耳も強く塞ぎ、身も心も固く閉ざし、外敵から姿を隠せ!《 外壁ベリィ 》《 外壁ベリィ・ユゥ 》!」


オレの意図に気付いた魔術師が慌てて己と弓使いの周りに煉瓦の半透明の繋ぎ目模様入りの壁が出現する。


「どん!」


それでも構わずオレは弓を射った。約5m先に。


空から大きな雷が降ってきて、辺りを鼓膜が破れそうなほどの爆音と閃光が包んだ。

魔術師と弓使いは余りの威力に耳を塞いでしゃがみこむことしか出来ないでいた。


一方、オレは。


「ヨッシャアア!!!作戦成功!!!」


雷の音で聞こえないのを良いことに、大声を上げながらネコを抱えて既にその場から逃走していたのであった。













「くそ、やられた」


地面に残る黒い焦げ跡を擦りながら、魔術師は舌打ちした。


まさかあんな凄い魔法を足留めのために使うとは思ってなかったのである。


あねさん、どうします?」


獲物を逃がした悔しさで一杯な弓使いが後ろを振り返ると、今まで誰もいなかった所がグニャリと歪み、お下げの背の低い女性が現れた。

その姿はアーニャであった。


「いいです、逃げられてしまったものは仕方ありません。それよりいいデータが録れたので私は満足ですよ。ふふふ……、それにしても」


アーニャの姿が更にボヤけ、輪郭を変えていく。

背の低い女性は平均程の身長になり、中学生の様な体格は、引き締まった色気のあるものへ。

髪を束ねていた紐を解くと、サラリと腰まである髪がしなやかに揺れ、赤い唇から楽しそうに笑いが零れる。


輪郭がハッキリしてくると、その姿はもはやアーニャとは別の人の物となっていた。


「潜伏中の街に、ザラキの関係者が来るなんてね。今回取らさせて貰ったデータはありがたく使わせて貰いますよ」

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