第229話 イヴァンはみた.3

付いていった先は洞窟に似た場所で、天井は大きめな穴が開いておりそこから月明かりが優しく降り注いでいる。もっとも、その下の沼みたいなものがもっと透き通った綺麗な泉だった場合、だが。


なんだここ。


異様な臭いがする。沼もドブみたいに濁りきっているし。

胸くそ悪い。


その中をエルトゥフの男達が駆け回っては池の沼を掬い、中にナマコモドキを入れている。


ああ、これが村の泉ね。

元付けた方がいいか。


まだ足がふらつくので近くの大きな石に腰掛け、胸元からタバコを取り出した。一服して落ち着いてから仕事するか。


マッチで火を付けようとした時。


「おんどりゃああああ!!!!」


という怒声と共にマッチが手の中から吹き飛んだ。


は?


見上げると眉をつり上げたおっさんエルトゥフが目の前に立っていた。


「火を使うな!!!森を吹き飛ばしたいのか!!!?」


「はあ?  あー、そういやそうだった」


店長に火種蟲の沸いてるところで火を使えば死ぬぞと、ここに来る前に念押しされたのを忘れてた。あーもうめんどくさいなぁ。


「次冗談でも火を使う素振りをしてみろ!!すぐさまお前をゴーレムを使って森の外へ全力投球を──」

「クアブさん、め!!」

「どうどうどう、落ち着いてください」


そこへライハと、若いエルトゥフの男が割って入っておっさんエルトゥフを連行していった。


なんなんだ一体。


タバコを吸う気も失せ、ポケットへとしまう。

視界の向こう側でライハとレディー・キリコがエルトゥフのおっさんと爺。そして背の高いオッパイの大変大きな湖の底のような麗しい紺色の髪を持つ美女と、肌が褐色の青年へ何かを話している。


怒鳴り散らすおっさんエルトゥフと何とか説得しようとしているライハ。その間に入る青年エルトゥフ。


しばらくこちらに視線を寄越しながら話し合いをしているのを、俺はボーッと待っている。

なんか既に疲れたんだけど。賃金は普通でいいから帰りたい。


「どうぞ」


突然、コップを手渡された。手渡してきたのは先程から近くにいるエルトゥフの女性だ。


「今村の水が全て使えなくなってしまっていて、果実水でごめんなさいね」


「いいえ、お気にならさず。ところで、村の水が全て使えないというのはやっぱりあの、例のアレのせいで?」


「例のアレ?」


キョトンとする女性。

ああ、耳さえ長くなければ充分可愛いのに勿体ない。


「火種蟲ですよ」


火種蟲の名を出した瞬間、泣き出しそうになる女性。それを見て俺は慌てた。


「えーと、その、情報が分かれば的確な手助けが出来ますし!」


「いえ、すみません。実は昨日終わったことなのですが、つい最近までエルトゥフは悪魔との争いがありました」


ああ、ライハが言ってた話のね。悪魔との争いがあったってのは本当の事だったのか。


「その魔物や悪魔は火を使うものが多く、初めは森を焼き尽くすためかと思ったのですが。……今朝このウンディーネの泉で見付かった火種蟲の話を聞いて、悪魔は、どさくさに紛れて私たちをこの森ごと吹き飛ばすつもりだったのではないかと考えてしまって……怖くて……」


「………………」


無意識にタバコを握り潰した。

女性の手が小さく震えているのを見て、ようやく本当に火種蟲が出たのだという話を信じた。


これはいけない。

レディーを怖がらせる蟲は、この俺が残らず殲滅してやろう。


「おい!そこの人間!!何を大事な娘を泣かしている!!」


先程のおっさんエルトゥフがこっちを見て喚いているのをエルトゥフの爺が止めている。さっきから煩いな。


ていうか、娘?


「あ、申し遅れました。私、エルトゥフ長老補佐のクアブの娘、グルエルと言います」


天使の微笑みを浮かべるグルエル。

なるほど。


「イヴァンです」


ハードルを上げていくスタンスか。

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