第134話 ホールデンの勇者達①

鬱蒼と繁った森の中で、湯井は刀を振るった。勇者の剣ではない。日ノ本から一緒にこの世界へと来た本来の愛刀である。






あの事件のあと、勇者達は各々の力を磨くために努力した。




コノンは土石属性の他に神聖属性、氷結属性を修得し、回復系魔法を増やしていった。

はきはきと話し、笑顔を絶やさない。常に周りを見て、異変がないかを探ってくれる。コノンは今やホールデンで聖女という称号が付くようになった。その成長は目覚ましく、勇者としてではなく、一人のレディとして求婚を迫られる程だ。


「まだ私にはやらなければならない事が残っているから」


しかし、コノンは決して首を縦には振らない。


やらなければならない事が残っているから、と、必ずその言葉を紡いで、ごめんなさいと寂しそうに微笑まれたら相手も引き下がらざるを得ない。


天使のような笑みを浮かべながらも、すぐに壊れてしまいそうな儚い空気を纏ったコノンは、たくさんの書物を持ってまた知識を深めるために努力をする。







ノノハラは一人修練の洞窟に籠っていた。


傍らには犬、ピンと耳を立て尾は太く、四肢が逞しい。しかしまだ仔犬だった。


ノノハラはあの時の事を考えた。

アイツが憎かったわけではない。確かに顔があちらにいる糞野郎に似ていたとしても、アイツはあの糞野郎ではない。

訓練に出ず何をしているのか全く分からない奴だったが、それでも勇者としての仲間であった。


しかもユイから聞いた話だと、私とコノンはアイツに助けられたらしい。


ジャラルの兵士は誇り高く、けして恩を仇で返すような真似はしてはならないと幼少時から教わる。今回、知らなかったと言えど、私は助けられたにも関わらず、アイツを見殺しにした。仇で返したといってもよい。


奥歯を強く噛む。


ずっと一人で戦ってきた。

誰かと協力するなんてここに来て初めてだった。誰かの為に何かをするなんて、考えたこともなかった。


コノンを保護対象だと決め付け、また一人で突っ走った。そして、また犠牲者を出してしまった。


人の心を読む必要はないと、そう決め付けて人を理解しようとしなかったからアイツは死に、シンゴも再起不能に陥った。


私に足りないものは、他人を思いやり協力する考えだ。それを兵を纏める隊長の元に相談しにいくと、翌日、この犬を連れてきた。


「こいつと修練の洞窟にしばらく籠って中で魔物を退治していろ。そうすれば何となくやり方がわかる。人でトラウマを持っているならば、はじめはケモノと心を向き合わせてやれば良い。ケモノは鏡だ。恩には恩を、仇には仇を返す。特に犬は分かりやすい。まずはこいつと一緒に洞窟を看破してみろ」


そう言われ、はじめはケモノと敵ではなく仲間として向きなうなど初めてで恐る恐るだったが、大分接し方が分かってきた。

なるほど、お互いを思いやり協力するのは悪い気分じゃない。はやくこの洞窟を看破してコノンやスイ、そしてシンゴとやり直したい。そして、あの森にいってキチンと頭を下げたい。


見殺しにしてすまなかったと。


「コマ、行くよ」


「わんっ!」


そうしてノノハラと仔犬は洞窟の奥へと進んでいった。










もちろんそれは湯井も例外ではない。

腕が治り次第クローズの森被害を少しでも無くそうと休み無く刀を振るった。


お前達が引き起こした事態だと言う人もいれば、倒れてしまうぞと心配をする人もいた。


「これは俺の自己満足だ」


力が足りなかった。二人にもっと注意を払ってやれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。しかし悔やんでいても時は戻らない。ならば、少しでも力をつけて“次”を無くす努力をしなければならない。


「!!、しまった」


しかし、流石にルツァには及ばないが強い魔物と不眠不休で戦い続ければ体はガタが出てくる。湯井は頑張らねばという思いから心と体が悲鳴をあげているのを無視して戦い続けていた。それが、今、限界を越えた。


がくりと足から力が抜け膝をつく。


目の前には瀕死だが、それでも反撃を狙う熊型の魔物。


それが湯井の様子を見て好機と悟った熊が巨大な爪を振るう。無傷で受けるのは無理かもしれない。そんな覚悟で刀を構えて受ける準備をしていた湯井の頭上を風が通り過ぎた。


熊の頭がぶっ飛んで茂みの向こうへと落下した。


「よお!死に損ない!!気分はどうだい?」


倒れた熊を踏みつけ、一人の人物がこちらを向いた。


湯井は目を疑った。そいつは両手を無くし、今は城の奥に隔離されていたはずだ。だが、間違いなく奴はそこにいた。


「なぁなぁ、見ろよ!!僕こんな凄い力を貰っちゃったんだぜ!!」


そう言ってシンゴは笑った。

かざした血塗れのそれは、黒く禍々しい形をした異形の手だった。

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