第52話 チクセ村事件

「は?駿馬を売れない?」


村へと入り真っ先に馬屋へと辿り着いたオレ達は、さあ馬を買おうとしたところで駿馬を売れないと言われてしまった。


「なんでよ、今の時期そこまで駿馬が不足しているわけじゃないでしょ?」


「そんなことを言われても売れんもんは売れへんねん。悪いが出直して来てくれんか?」


「………」


店から出てため息を吐いたカリア。


「参ったね。まさか駿馬を売ってくれないとなると、サグラマに着くのが予定よりも遅くなる」


「今年は何か駿馬の発育が悪いとかは聞いてなかったのにね。一体何なのかしら」


「どうするさ?素材売って、必要物資買ったらそのまま出発する?」


俺はそれでもいいけどと言うアウソにカリアが待ったを掛けた。


「や、この時期でやっぱり売れないって言うのはおかしい。ちょっと探ってみるよ」


「聞き込みとかですか?」


「そうね。とりあえず先に宿を確保してから各々調べてみよう。もしかしたら“ゾク”が出たのかもしれないし」


村の中でハンター用の宿を取るとそれぞれ聞き込みをするために分かれた。もちろんオレはアウソにくっついての行動だが。


「いつもはこの時期駿馬は確保出来るもの?」


「まぁ、まだ余裕はあるはずなんだけど…。ここの村は中継地(ちゅうけいち)ではないんさ。強いて言えば補充するためにあった方が良い村って感じで、うり、市は道具屋や研屋(とぎや)が多いだろ?」


指差す方を見れば確かにシルカと比べて道具屋や研屋の数が多い。


「シルカやミルカとかの国境ギリギリの辺境に行くときなんかはどうしてもかなりの日数歩かんといけんばーて。だからああやって足りなさそうなもんを補充出来るように店がある。中継地だと海側の方にも道が伸びて物資の集まりが違うからまた違う感じに栄えてるけど。だからこの補充地点に着くまでにマヌムンや“ゾク”にやられて足が駄目んなった奴の為に駿馬とかの馬を“普通”揃えているはずなんさ。けど…」


言い淀むアウソ。


ここ、チクセ村は何となく暗い。


(ウズルマみたいだ)


村人が変にピリピリとして村全体が活気がない。

しかも心なしこちらを観察するような視線や警戒するような視線が多い気がした。


「まぁ、何はともあれ聞いてみんと始まらんさ」


「誰に聞く?あ、ギルドとかに情報がいってるとか」


「それは無理さ」


「なんで」


「ここ、チクセにはギルドが無い」


「まじか」


ギルドが無い村とかもあるのか。


詳しく訊いてみれば、ギルドというのは全ての村に存在するわけではなく、ある条件を満たした所にしか作られないんだそうだ。


例えば村の規模。

村周辺の危険度。

そして人の往来にもよるという。


「シルカにギルドがあったのは、国境近くであったがマクツの森があったので自警団が無かった事、それに引き換えマクツの森があったからハンターが集まりやすかった。というわけ」


「そうか。じゃあ地道に聞き込みしていかないとな」


「いや、そこまで気張らんくていいさ。どうせそこらの警戒してる人捕まえて訊いてもろくなことにならん」


「?、じゃあどうすんだ?」


「まぁ見てろ。後ついでに買い物するから出来るだけ喋らんで付いてこい」


そう言うと、アウソはそこらにある店の一つに入っていった。


中に入ると武具屋(ぶぐや)だった。

そこらの棚や机、壁なんかにも剣や盾、槍なんかが飾られている。


(リアルなRPGの武器屋だな)


「らっしゃい」


店の奥、そこまで大きくない机に頬杖をつくスキンヘッドのおっさんがいた。


「何をお探しで?」


「短剣と、棒を一つ」


「短剣はあっち。棒はどのくらいの?」


「二メルナ程のを」


「じゃああっち。纏めとる」


「グルァシアス、おっちゃん」


指差された方へ行くと色んな種類の短剣が棚に並べられている。


「…あれ?聞き込みは?」


小声で聞くと大丈夫と返される。


「…ついでにお前の短剣買ってやるよ。お金は貰ってるし、借りもんだとやりずらいだろ?」


「………ありがたいです」


現在借りてるキリコの短剣は癖が強すぎて扱いが大変であった。


アウソも適当な棒を手に取り確かめながら、少し大袈裟な感じで溜め息を吐いた。


「なんやお客さん。どうかしたか?」


スキンのおっちゃんが立ち上がりのっそりとした動きでこちらへとやって来る。この人でかいし筋骨隆々なんですけど。スキンもあいまって凄く怖いんですけど。


一人でアワアワしているオレをよそにアウソが疲れた感じでおっちゃんを見上げた。


「なんかいつもより品揃え悪いんとちゃう?ええの無いんやけど」


「!!?」


(何いってんのアウソさーーん!!!)


いつもとは違う、完全なマテラ語でそう言うとおっちゃんの片眉がピクリと上がった。


「ほー、どういう意味や?」


少し低めな声で言うおっちゃん。それだけで結構な迫力でヤクザかってくらい怖いのに、アウソは更にずばずばと言う。


「意味もなにも、パッと見荒鉄(アラテツ)の剣ばっかりやんか。棒も棒やで。なんやこの棒、こんなんでマヌムンに遭遇したらすぐポッキリいってまうわ。しかも前と比べて武器の数も少ないし、よくこの状態をガロの爺さんが許すな。それともあれか?ガロの爺さんもこの3ヶ月の間にポックリ逝ってもうたんか?」


(あ、死んだなこれ)


オレがそう思うのは何もおかしい事はなかっただろう。現にスキンさんは笑顔であるが頭には筋が浮かび上がっており、何やら背後にはどす黒いオーラが見えている。


そのスキンさんから手が伸ばされた時、オレはアウソの頭がまるでリンゴのように鷲掴みされ、砕く勢いで砕かれる所まで想像が出来てしまい思わずアウソの服を掴み逃げようと引っ張ったのだが、アウソはオレに抵抗して動くものかと踏ん張る。


(ちょっと!何やってんの!!なんで踏ん張るの!?)


グギギギギと密かに全力で服で綱引きをしているオレ達二人を他所にスキンの手はずんずん近付いてくる。

そして、アウソの頭に置かれた。


(終わった)


本気でそう思った。…のだが。


「全く、見る目を持つ奴には分かっちまうんやなぁー…」


「…え?」


何やら様子がおかしい。

アウソの頭をグリグリ力強く撫でるというよりは揺らしながらスキンは「あーあ」と言った。


「兄ちゃんの言う通りや。ちっ、バレへんよーに見た目の良いもん揃えたのになー」


「いやいや、逆に装飾ゴテゴテなん多く飾ってるから不信がれるんやで、ガロ爺さんにも言われた事無かったんか?」


「あー、言われた。そーか、そーいう意味か」


「?」


「ちょぉ、待っとれ」


アウソから手を離しスキンはカウンターの奥へと入っていき、しばらくすると短剣三本と二メートル程の棒をもって戻ってきた。


「出し惜しみして悪かったなぁ、ガロ爺さんがしばらくは見る目あるやつだけにちゃんとしたのを売れ言うから…」


「それって、出し惜しみじゃなくて詐ーー」


「しっ!」


詐欺じゃねと言おうとしたらアウソに止められた。


「ほれ、これが狩り用、護身用、両用の短剣や。んで、わりーが棒はこれしか手に入らんかった。短剣はどれが良い?つってもこれやろ?」


スキンに両用の短剣を手渡された。


先ほど言っていた荒鉄とこの手元の短剣の何が違うのかを観察すると、なるほど、何と無くだが密度が違う。並んでいるのは装飾が派手であるが安っぽく、持っているのは装飾は控え目だが表面が滑らかで高級品感があるように思う。


何と無くだが、違いを覚えていよう。


「で、そのガロ爺さんだけど、ほんとにポックリ逝ってしまったば?」


突如口調をもとに戻したアウソがスキンへ問い掛けるとスキンは首を横に振った。


「いんや、十日前程に店にやって来たがらの悪い輩をハルバート振り回して追い返したら、気が抜けた瞬間ぎっくり腰。てかお前ルキオ訛り…もしかしてお前らアオーニのか?」


「せいかーい。てかぎっくり腰だったんか、はよ治せって言っといて」


「どーりで威圧しても効かんはずや。そっちは?新入りか?」


スキンがこちらを見やる。


「はい、つい最近弟子入りをさせていただきました」


「そーか、よろしゅーな」


「よろしくお願いします」


握手をして挨拶完了。

また癖で頭を下げ掛けて、ギリギリで堪えた。


「スキンの兄ちゃん、もしかしてガロ爺さんの」


「ああ、息子のリーオだ」


「そか、リーオさんちょっと聞きたいことあるんすけど」


自然な流れでアウソが聞き込みを開始した。

リーオは立ったままでは疲れるだろうと椅子を持ってきてくれたので、オレとアウソはそれぞれ座る。


「なんや?」


「最近村でなんかあったんすか?前来た時と違って暗いし、品揃えもこんなだし。ちょっと心配で」


「駿馬を買いに来たんですけど、売れないと言われてしまって」


「ああ、その事か…」


リーオが机に両肘を付き、顔を覆った。

そして盛大な溜め息。


「兄ちゃんら、西端商団(せいたんしょうだん)知ってるか?」


「知ってます」


「何となくですが、聞きました」


西端商団(せいたんしょうだん)。ここマテラ国内で国の西側で活動する商人の一団だ。本部は首都にあり、そこからいくつもの大きめな縄張りを東西南北、そしてそこから更に南東やら北西など細かく分かれ国隅々にまで物資を届けている。総称、バルコーハ国栄商団(こくえいしょうだん)は国が支援する超有名で巨大な組織なのだ。


「その商団がどうしたんですか?」


「一月半ほど前に襲撃されてな…」


「襲撃!!?」


「いや、国お抱えだから勿論護衛やハンターは付いていたんだが、ファミリアでもできていたのか何十ものマヌムンに襲われてな!一応撃退したらしいんだが、こちらへと向かうと連絡を受けたっきり音信不通や!それも一月も!」


笑い事ではないがもう笑うしかないのだろう。

スキンのおっさんがなんとも複雑な顔をして笑い始めた。


もしかして、そのせいで駿馬も届かなかったとか?


「早馬は出したんすか?ユラユならギルドあるし、それで駄目ならシルカとか」


「ユラユには出したらしいんやが…帰ってきーひんのや。多分、ゾクかマヌムンにやられたと思うべきなんやが、三人行って帰らんのは…流石に、もう気力が…。あとシルカにも出したんだが、あっちはルツァ被害が残ってるっちゅーて駄目やったわ。ギルド長は申し訳ない言うとったらしいが、しかも馬屋も襲われるしでもうどうしたら…」


「………なんか、すみませんそんな大変な時にお邪魔しちゃって…」


おまけに煽るような事言っちゃって…。

アウソも同じことを思っているのがすまなさそうな顔をしていた。








短剣と棒の代金を支払い、店を出た。


「リーオさん、情報グルァシアス!」


「あり…あ、グルァシアス」


思わずありがとう言い掛けた。

危ない危ない。


「おー、兄ちゃんらも気ぃ付けてな」


リーオにお礼を言い、先ほどの情報をカリアに報告するために一旦宿に戻ることにした。


新しくなった短剣を見る。


至って普通の短剣だが借り物ではなく自分の物だと思えば途端に愛着が湧く。


(大切にしよう)


短剣を腰の短剣用のベルトに差す。


その時、フードの中で丸まりながら景色を眺めていた猫が急に立ち上がり警戒の声を出した。


「なに?どうした?」


「マヌムンか!?」


アウソも猫が警戒音を出す、イコールよろしくないものが来るという方程式が成り立ち始めているらしく身構えたのだが、オレはいつもとは何処か違うように感じた。


猫はしきりに耳を動かし何かを探しているような様子を見せ、とある方向を向いて固まった。


「フシャアーーーッ!!」


「あ!!」


「ちょっ!!」


そしてそのままフードから飛び出し、視線を向けていた方向へ駆けていってしまう。突然の事に動揺したが、見失ってしまっては大変だ。


急いで追い掛けたが、やはり猫。

物凄く早くて見失いそうだ。


「ごめん!先行く!」


「おう!わかった!」


急いで身体強化を施すと、アウソを置いて猫を追いかけた。

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