第34話 勇者シンゴ



「君にいいことを教えよう」





そう言われて振り返った池谷慎吾の目の前にはすらりとした長身の男性が立っていた。左胸には変わった姿の竜の紋様。なかなかに豪華な服に身を包んでいた。


しかし、慎吾はこの男性を見たことはなかった。


誰?


そう慎吾は思った。


「なに?誰お前」


思ったことはするりと口から飛び出し、その男性の周りにいるフード姿の奴等が凍り付いたように固まる。


しかし慎吾はそんな事気にもとめない。


そこでようやく男性が小さく「ああ…」と声を漏らした。


「そういえば勇者は訓練と遠征ばかりだったかな。なら私のことを知らないのも仕方がない」


そう言って目配せすると、すぐ男性の近くにいるフードが慎吾の側へと行く。


「このお方は、この国の六大貴族の一人、エデン卿であらせられる」


「ふーん。で?なに?」


さらっと受け流した慎吾の対応にフードの額に小さく血管が浮かぶが、それよりも先に男性、もとい、エデン卿が言った。


「君の力を見込んで、君にとってとても良い情報を渡そうと思ってね」


アマツ・ライハの秘密の情報だよ、と続ければ慎吾の瞳が輝く。


「え!?なんだよそれ!やっぱりあいつ皆に隠し事していたのか!」


「ええ、それはそれはとても恐ろしい秘密を…ね」


「その秘密ってなに!?」


今にもエデン卿につかみかかる程の勢いで迫る慎吾をエデン卿は静かに笑う。


「その秘密とは………」


と、そこまでいってエデン卿が辺りを見回すと口を閉ざした。


「ここでは人の目が多いですね。ここで言っては混乱が大きくなるので場所を変えましょうか」


「ええー!」


「これは極秘なことなのです」


「うー、わかった」


極秘と言われればさすがの慎吾も頷かないわけにはいかない。

主人公であるからには与えられる情報は大切にしたい。そう思い、案内されるままにエデン卿の後を付いていった。


着いたのは城の裏側だった。


そこから見えるのは壁と、城の高い塔くらいだ。といってもその塔からもかなり距離があり肉眼でこちらが認識できるような感じでもない。


「なぁ、まだなのか!?」


もう誰も居ないんだから良いだろうと声を上げるとエデン卿は笑みを浮かべて手招きをする。


手招きされるまま近付いて行くと、ようやくエデン卿は口を開いた。


「君は“魔ノ者”を知ってますか?」


「マノモノ?なにソレ」


「魔ノ者。それは悪の塊で、人に取り憑いて堕落させる者達の事です。ゆえに、悪魔などとも呼ばれてますね」


「悪魔!つまり魔王とかの手下の事だよな!」


「ええ、君の言う魔王も魔ノ者の一部です。全部合わせて魔族と呼んでいるのですが、私たちはそれをあちら…」


エデン卿は地面を指差した。


「地の底の混沌から来た者という意味で深淵ノ者とも呼んでます」


「…つまり…コントン…というのは魔界って事?」


「君達の世界で言うならばそうですね」


それならば分かりやすいと慎吾は納得する。そして、一つの疑問が生まれた。


「それで、そのマノモノとかシンエンがあいつとどう関係があんだよ」


「関係があるんですよ」


そう言うとエデン卿は先程とは違うフードに目配せした。

するとフードは袂から小さな籠を取り出した。中には小さな生き物が二匹入れられている。


一匹は普通の雀のようだが、もう一匹は真っ黒で、一見すると小鳥とネズミを混ぜたような姿をしている。


「この黒いのは、弱いですがチュラットという魔物です。魔ノ者よりも動物に近く、魔獣にも分類されてますね。さて、この雀とチュラットにある実験をしてみましょう」


フードが次は白い箱と杖を取り出した。


「我々人と魔ノ者は決定的な違いがあります。人は神聖魔法で回復しますけれど、魔ノ者達は神聖魔法で回復しません」


見ててくださいとエデン卿が言うと、フードが箱を左手、杖を右手に持ち詠唱を始めた。


「……偽りの衣を脱ぎ捨て、真の姿を取り戻せ!《リヴァイブ》」



その瞬間、その二匹に変化が始まった。

普通の雀は疲れが取れたように生き生きと翼をはためかせたのに対し、チュラットは全身を激しく痙攣させ、のたうち回った後に動かなくなった。


「……え、こいつ死んだの?」


「ええ。魔ノ者に神聖魔法は毒ですからね。さて、ここから本題ですが、君の仲間に同じような症状が出ている人はいませんか?そう、例えば…祝福の儀で具合が悪そうにしている…とか」


脳裏にとある光景が浮かぶ。


ここに来てすぐ、神聖な光が差し、まさに神に祝福されているような空間で、たった一人だけ倒れて搬送された奴がいる。後で魔力中毒だとか知らされたが、よくよく思い返してみると顔色は真っ青で呼吸も苦しそうだった。


そう、まさにこの籠の中のチュラットのように…。


「………いた。アイツだ…」


そうだ。


他にもおかしな事はいくつもあった。


あれ以来アイツの姿は一切なく、場内では戦えないただ飯食らい。勇者の癖に魔法が使えない木偶。足手まとい等という噂が飛び交っていた。

しかし、だからといって追放されるようなこともなく、しかも神官とよくいるという話を聞いた。


もしかしたらとんでもない我儘な奴で、訓練を拒否してるのかと思ったから、会ったときに更正してやろうとしたら屈辱を味わされた。


フツフツと沸き上がってきた怒りともにピースが嵌まっていく感覚を覚える。


なんでアイツはあの時苦しんでいた?


神聖魔法が毒になっていたからだとしたら?


毒になるのは魔ノ者だけというのにどういうことだ?


「ちなみに深淵ノ者は特別な能力を持っていて、その中には人を魅了し従わせるのもあるようですよ…」


「…魅了…」


なんでアイツは勇者の癖に訓練に参加しない?


あれだけの噂がありながら何故追放されない?


何故?


簡単なことだ。




魔ノ者は…


深淵ノ者は人を魅了し従わせる能力を持っている。





カチリと、最後のピースが嵌まった。


「…あいつは魔ノ者か」





にこりとエデン卿が笑う。


「わかっていただけましたか」


「うん。ようやく色んなモヤモヤが解消された気分だよ」


そしてアイツに会うたびに沸き上がってきた意味のわからない苛立ちも、多分ソレのせいなのだろう。


「で、なんでオレに教えてくれたのさ。これを教えたってことは何かあるんだろ?」


慎吾は腕を組みエデン卿を見る。


こんな情報をくれると言うことは、何かしらのクエストをしてほしいと言うことだろう。きっとそうだ。そうに決まっている。


期待に目を煌めかせて見上げる慎吾を見てエデン卿は内心ほくそ笑んだ。



やはりコイツを選んで正解だった。


哀れなほどに真っ直ぐで素直で、正義感たっぷりなこの勇者は、自らの定めた勇者像そのままに行動しようとする。

それはもう面白いほどに。


そして、他の勇者にはない力の持ち主。


せっかく授かった力は有効活動させないと宝の持ち腐れだ。

強大な力を持つ無知な暴れ馬の手綱を持ち、正しい道へと導いてやるのは賢い大人の義務だ。




「本当に、君を選んで正解だった。おっしゃる通り、君に頼みたい重大な任務があるのですよ」


それは…と、エデン卿が言葉を紡ぐ。


「勇者ライハ・アマツの暗殺」


ピリリとした空気が周囲に満ちた。


「暗殺…」


「ああ、そんなに難しく考えなくても大丈夫。君は彼を誘い出して、チュラットの時のように箱を翳して詠唱すれば良いだけ。詠唱は書いたものを一緒に入れておきますよ」


先程よりも少し大きめの、黒いビー玉が嵌め込まれた白い箱をフードが取り出す。


それと一緒に何やらカードのような物も一緒に布にくるむ。あのカードに詠唱が書いてあるのか?


「心配しなくても、君はただ悪魔を始末するだけ。これは神の意思でもあるから、胸を張って任務を遂行なさい」


丁寧に布が巻かれた箱がフードから手渡される。


慎吾はそれを眺めてエデン卿に向かってしっかりと頷いた。

これは勇者としての最初の試練だ。

つまずくことは出来ない。


「…ん?」


何かに気が付いたフードが塔を見上げる。


「どうした?」


「今、何か視線が…」


「………感付かれたかな?」


「え?」


何にと訊ねる前にフードの一人が黒い何かを塔へ放った。


ウネウネとのたうつ黒いもやは塔に辿り着いた瞬間蒸発するようにきえた。

それを見てフードが小さく舌打ちをする。


「結界が張られているようです」


「………、まぁいいさ。これも想定内だ。じゃあ頼んだよ…、勇者シンゴ」


エデン卿がフード達を引き連れて去っていく後ろ姿を、慎吾は黙って見送った。


「!」


その時突然背中に鳥肌を感じて振り返る。ねっとりとした気持ち悪い視線に感じたが、振り返った先には何もいなかった。


「………もどるか」


手の中にある物をしっかり抱え込むと慎吾はその場を後にした。











暗殺と一言でいっても、簡単ではない。


何せアイツは避けているのかなかなか慎吾の前に現れないし、やるにしても城の中では人目がある。


どうしたもんかと悩んでいると、勇者の緊急集令が出された。


中ボス的な魔物が出たのかとワクワクしていたら、魔物は雑魚のラオラ。

しかもアイツに経験を積ませる為に集めたらしい。


腹が立つ。


今まで訓練出てなくて遅れていた奴の協力なんてふざけんなって感じだ。

しかもアイツは何故か兵士の格好で現れた。勇者舐めているのが一目で分かる。

ユイも改造しているが、それは許してやる。だが、勇者の装備何一つ持ってないアイツは許さん。


しかし、まて。

アイツを暗殺すればこの苛立ちは消えるのだから我慢しようと深呼吸した。


が、道中、村についてもアイツから与えられる苛立ちは膨らむばかり。

今すぐ詠唱したい。いや、ボコボコにしたい!


しかし、このラオラ任務にはスイ訓練長が付いてきていた。


スイ訓練長は恐ろしく強い。

化け物かってくらい強い。


そのスイ訓練長はアイツとの喧嘩にいちいち介入してくるウザい。

村長の時もだし、何よりアイツに甘いのが許せん。


これもあれか、魔族の魅了の効果か!


イライラは募る。募りまくる。

元々我慢が嫌いな慎吾にしてみればこの今すぐ詠唱したいのを我慢しているのは一種の拷問のようなものであった。


一瞬ラオラの任務にルツァが混ざっているのを聞いてストレス解消にしてやろうと舞い上がっていたら、よりにもよってノノハラとアイツに取られた。


アイツ、魔法使えないって言ってなかったか?嘘か?嘘だったのか!?

魔族は呼吸するように嘘つくのか!!?


「………」


今すぐ詠唱したいのを黒焦げルツァを後ろに剣の手入れで心を落ち着かせていると、耳元で名前を呼ばれた。


「?」


振り返るが誰もこちらを見ていない。

スイ訓練長、ユイ、アイツはルツァの素材を剥ぎ取るのに忙しく、コノンはノノハラの治療に当たっている。


気のせいかと思ったところへ再び名前を呼ばれた。

しかも今度はカードという単語が入っていた。


カード?


「!」


急いでポーチからカードを取り出すとカードの表面に文字が浮かび上がっていた。


“これからスイ訓練長とユイを引き離しますので、残りの勇者からライハ・アマツを引き連れて矢印の向かうところへ来てください”


読み終えると文字が消え、代わりに詠唱の文字と矢印が浮かび上がる。

円の中に現れた矢印はコンパスの針のように一定方向を常に指していた。


時はきた。


バレてはいけない。

けれど確実に。


カードの文字の通り、消し残しがあるということでスイ訓練長とユイが消え、不自然な感じではあったが何とかアイツを誘き出すことに成功した。


矢印の指すままに進み、とある広場で矢印が消える。カードに残ったのは詠唱の文字のみ。





ここで始末する。




高鳴る鼓動、沸き上がる興奮に今まで溜めてきた苛立ちを言葉の一つ一つに込めて唱えた。




「偽りの衣を脱ぎ捨て、真の姿を取り戻せ!《リヴァイブ》!!」




その瞬間、アイツに変化が起きた。


呼吸が出来ないように苦しげに呻き地面に倒れる。全身を痙攣させて、地面にいくつもの爪のあとを残していく。


その光景を冷静に眺めながら慎吾は納得した。


「やっぱりお前、魔族だったんじゃねーか」


勇者の装備一つ、隠し武器の大剣を奴に向ける。

後は、いつものように魔物を狩るように始末するだけだ。


大剣を振り上げる。


「じゃあな!魔族!」


勢いをつけて大剣をアイツの背中目掛けて降り下ろした。

剣先から伝わる肉を切り裂く感触と共に深い安堵感が広がった。


ああ、これで安心して次のステージへと行ける。




「?」




その時腕に違和感が走る。


手首が燃えるように熱かった。


なんで?


視線を手首にやると、そこにはあるはずの手がなかった。


「え?」


視線を上げる。


いまだに束を握り締める両手が見えた。

剣はアイツではなく地面に突き刺さっている。しかし刃のところには確りと赤いものが付いていた。


更に視線を上げると、そこには…。




「……え?」









化け物が、いた。

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